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切ったり斬ったり揃ったり着ったり伐ったりで生じるかもしれないゲシュタルト崩壊



「……ま」


 ただいまと言ったつもりが、声が出なかった。


「あ! 須加おかえりちゃーん……って顔死んでない?」


「頭痛くて。ごめん寝る」


 橋本と会話するのもしんどくて、僕はすぐにベッドに横になった。





 電話が鳴ってる。


 ……この音は転送電話だ。患者さんが薬局に電話をかけてきたらしい。


 ヤバい。電話でなくちゃ……。


「はい。お待たせしました。××薬局○○店、薬剤師の橋本が承ります」


 橋本の声が聞こえる。

 あ、なんだ。橋本の店舗の電話か。

 着信音、同じで紛らわしいな。


 ……ん? いま○○店って言った? ……それ僕の店舗の方じゃない?


 体を起こそうとしたら頭が割れそうに痛かった。結局起きるのは断念する。

 枕元にはいつの間にかミネラルウォーターやスポーツドリンク、ゼリー飲料が並べられている。


 橋本が買ってきてくれたものらしい。鎮痛剤の箱もある。

 結構な時間、寝てたみたいだ。


 ありがたくゼリー飲料を頂戴した。脱水気味だったのか水分が体に浸透していくのが分かる。


 一気に飲み干して痛み止めを飲んだ。


 橋本は僕に気を使ってか、離れたところで電話をしてくれている。


「ああ、須加ですか? 申し訳ありません。所用で電話に対応できないので私が代わりに承ります。お薬のご相談ですか?」


 こういうとき同業者がいてくれると、めちゃくちゃ心強い。

 ありがたく橋本に甘えて、電話を任せ、もう一度横になった。


「え? ああ、はいそうです。須加と住んでる者です。ええ、……え? 彼氏? いやー、それを言うなら夫です」


 ……ん? 頭が痛すぎて幻聴が聞こえるなあ。

 あれ? もしかしてこれ夢なのかなあ?


「うちの妻がお世話になってます。え? 妻との出会いですか? やだなあ、恥ずかしいじゃないですか。そんなことお話しできないですよ」


「は……はしもとー? 誰と話してるの? 患者さん?」


 背を向けて電話をしている橋本に向かって、おそるおそる声をかけた。


「え? ああはい、須加はいますよ。

 ちょっと無理がたたったみたいで今休んでるところで……は? えっち? え? なにがですか?」


「橋本! ストップ! それ僕の患者さん!? ……あったたたた……」


 大きい声を出して起きた途端、頭が割れそうに痛む。痛み止め、早く効いてくれ。そろそろTmaxだろ。


 橋本があきれた顔でこっちに近づいてくる。


「ああもうほら、無理しないで寝てろって。おれが代わりに対応しとくからさ」


「変われ。おかしな話してるだろ」


 僕は橋本から薬局のスマホを奪い返す。

 もういろんな意味で頭が痛い。


「申し訳ありませんでした。お電話変わりました須加です。お名前とご用件をうかがってもよろしいですか?」


『あ、須加さん! 私です! 急に切りたくなって電話したんですけど、今日は旦那さんと話ができたんでもう大丈夫です! 旦那さんイケボですね! 明日が日曜だからってイチャイチャしすぎはダメですよ! 今日もごちそうさまでした!』


 言うだけ言って電話は切れた。


 僕は通話の終わったスマホの画面を見つめて、いったい何事が起きたのか、割れそうな頭をフル回転して推測する。


「あれ? 切れちったの? 結局あれって患者? それともなんかのイタズラ?」


 橋本もよく分からないまま対応していたらしい。


「前に話したリストカットする女の人だよ。よく分かんないけど今日も気が済んだみたい」


「すっげえ楽しそうな声だったけどな。自傷癖あるっぽい感じじゃなさそうだったけど。

 うちんとこにくる患者の方がもっと鬱々してる」


「最近切らなくなったって言ってたから。ちょっとずつ回復してるといいけどね」


「おれ的には須加の回復の方が最重要。

 抗原検査キットも買ってきたけど、まず熱測るのが先か」


 熱はなさそうだけど、一応測っておく。

 抗原検査キットは、今調べても早すぎて陰性になりそうだからまだ使うのはやめておこう。


 熱は36.5℃。平熱だ。

 ちょっと疲れただけだと思う。


「須加、夕飯食えそう?」


「もちろん。冷蔵庫の中、なに入ってたっけ?」


「あ! じゃあはいはーい! おれカレーなら作れるー! カレーでいい人、手ー上げてー♪」


 僕は笑いながら手をあげる。

 ようやく痛み止めが効いてきたみたいだ。


「おれのカレーは超豪華だぜー。牛と鶏と豚が全部入ってんのー」


「うわ。すごいね。

 すぐに元気になりそう」


 珍しく料理をする気満々の橋本の背中を見ながら、僕は思った。


 もともと男同士の僕たちが夫婦だなんだとふざけて同居したのは、コロナ禍で家族以外の人間との接触を会社から禁じられたからだった。


 そんなコロナも、今はもう5類感染症だ。


 感染防止対策は、自己の判断に委ねられた。


 勤務先から接触する人間を制限されるだなんて馬鹿なルールは、嵐が過ぎ去った後でなら、いくらなんでも極端だったと言える。


 今までの抑圧の反動なのか、コロナ感染が疑われる患者の中に、医療機関で問題を起こすケースが出てきているらしい。


 コロナで大変だったのは分かる。


 けれど、あなたがまき散らしたウィルスで苦しむ人がいるかもしれないということを、心の何処か片隅には留めておいてほしいと思う。


 あなただけが患者ではないのだ。


 相手に望まない感染をさせるという行為が、傷害行為だという認識を、もっとみんなが持てたらいいのになって思う。


 梅毒やサル痘も増加してる。


 目に見えない外敵から身を守るには、みんなで協力するしかないのに。


 多様性を重視するあまり、どんどん孤立化が進行しているように感じる。


 多様性が認められることと、わがままが通ることとは別問題だ。



 なんだか急に、バベルの塔みたいだなって思った。

 

 でもそんなに詳しく話は知らない。


 


 あいかわらず感染者は出ているし、発熱外来ではぐったりした人や、ハイリスクの患者さんが不安を抱えながら受診している。


 薬局で勤務する僕の状況は、何も変わっていない。



 でもきっと、このふざけた夫婦ごっこは、もうすぐ終わる。


 感染防止対策は、各自の判断に委ねられた。


 食事をする相手が、家族かどうかなんて、いちいち気にしなくても良くなった。


 旅行だって、気兼ねせずに行けるようになった。


 僕たちがただの同僚に戻る日も近いだろう。



 でも。


 もう少しだけ。



 このにぎやかでふざけた日常が、もう少しだけ終わらないでほしいと思う僕がいた。


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