緊急承認に便乗して緊急(でもないけど)投稿してみた。
本当は変なのを投稿するつもりでしたが、珍しく流行りに乗ってみました。
「須加! 須加ー!」
帰宅早々、まだ玄関のドアを閉めるよりも先に、橋本が僕の名前をハイテンションで連呼した。
近所迷惑である。
「……橋本、うるさいよ。もっと静かに帰ってきて」
しかし僕が文句を言っても、橋本はまったく聞いていない。
「須加! ゾコーパ緊急承認だって! うち全然コロナ来ないから超ノーマークだったんだけど!
なにあれ? 8日が7日に症状短縮って。馬鹿にしてんの? 必要ねえじゃん! なんであんなの承認されたん?」
そんなこと僕に聞かれたって困る。僕が承認したわけじゃない。
でもまあ、橋本の気持ちはわかる。
「問題点はそこじゃないんだよ橋本。あの薬、併用禁忌が多すぎて、うちの患者さんたちなんかほとんど使えないからね」
「は? そんなに禁忌あんの?」
僕も今日、薬局で検索してみて驚いた。このすごさはぜひ添付文書を見た方がいいだろう。クラリスもびっくりだ。
僕はパソコンでゾコーパの添付文書を検索し、併用禁忌の箇所へスクロールして橋本に見せてあげた。
「ああ? なんだこれ? こんなん基礎疾患あるやつほぼ禁忌じゃん!」
橋本が驚くのも無理はない。
セララ、ハルシオン、ベルソムラ、リポバス、オルメテック、ベプリコール、イグザレルト、テグレトール、アレビアチン……まだまだあるけど、併用注意まで含めたら、こんなもんじゃない。
ただでさえバタバタしている通常外来の合間に、感染者の対応をするのだって大変なのに、そのうえ併用禁忌に該当する薬がないかどうかについて、かなり神経質に聞き取らなければいけないのだ。
考えるだけで、ぞっとする。
そして自分の服用している薬品名を正確にそらんじることができる患者は、残念ながら多くはない。
さらに駆け込みで受診するにも関わらず(駆け込みだからなのかもしれないが)、みんなお薬手帳を持ってきてくれない。
今までだったら『血圧の薬を飲んでます』『あ、それなら大丈夫ですよー』のやりとりで済んでたものが、『それ名前なんですか? セララですか? オルメテックもしくはオルメサルタンですか? カルブロックもしくはアゼルニジピンですか? ……以下略』を延々やらなければいけなくなる。
そしてそれだけの労力をかけて処方しても、メリットは症状のたった24時間程度の短縮だ。
『8日続く症状が7日で済んだぜ、ひゃっほう!』なんて喜ぶ患者はどれくらいいるんだろう。
だって7日は症状が続いてるわけだ。せめて3日で治るくらいのインパクトがほしい。
そして別にゾコーパを飲まなくても3日で治ってる患者もいる。
さらに腎機能・肝機能低下患者への安全性は未確認だし、催奇形性も認められているので妊婦も禁忌だ。そして服用してから一定期間の避妊が必要とあるが、一定期間がいったいどの程度なのかは不明だ。怖すぎる。
まさにハイリスク・ローリターン。
まあ、うちのところで処方されることはたぶん確実にないとは思うけど。
「なあ、これ……マスゴミがどんなふうに取り扱ってるかはよく分かんねえけどさ、下手に騒いだせいで、年末年始に『ゾコーバ出せ』とか考えもなしに急患センターに駆け込む輩とか出てくんじゃねえの? そんで処方してもらえなくてキレる超迷惑なやつとか出てこないといいな。
一昔前の『イベルメクチン処方しろ』とか盛り上がってたやつらみたいな、自分の考えは間違ってないんだみたいな妄信者たちな。迷惑以外の何者でもねえから」
あ、しまった。橋本の地雷原に踏み込んでしまったかもしれない。
エキサイトする前に話題を変えなくちゃ。
「まともな医師だったら、かかりつけでもない駆け込み患者に対して、処方はしないと思いたいけどね。
ものすごく健康体な若者くらいにしか処方できないと思うけど、そういう人たちに出す必要性は、正直微妙だよね。医療費の無駄遣いって言われそう。
それにどんな副作用出るかはまだ分かんないし。僕なら飲まないなあ……というか飲みたくない」
「わりい、須加。インタビューフォーム見して」
僕はインタビューフォームを開いて、橋本にカーソル移動の主導権を譲る。
ディスプレイを見つめる橋本の顔は完全に真剣モードだ。
「……やっぱ対象が少ないな」
「緊急承認だからね。……禁忌の解説が読んでてちょっと怖かったな。うちの店舗で在庫することはなさそうだけど、備蓄することになる薬局はちょっと気の毒だなって思うよ。
本当に必要な人に処方するってことであれば、ラゲブリオの方が安心して出せるよ」
橋本はひと通りインタビューフォームをスクロールすると、満足したようでパソコンから離れた。
「なんかインタビューフォーム見てたら中華が食べたくなったな。なんか青椒肉絲食いたい気分」
橋本が意味不明な言葉を発した。
「え? ゾコーバのどこから青椒肉絲?」
「薬品名のスペル」
橋本に言われて、僕はインタビューフォームを上までスクロールする。
ゾコーバのスペルは……XOCOVA……。
……えーと。
……まさか。
「……橋本、XOはノックアウトって意味だよ、XO醤じゃないよ……」
「お! すげえ須加、以心伝心! やっぱ俺たち夫婦だな!」
「夫婦じゃないってば」
僕は即座に否定したが、橋本は全然聞いてくれない。
「このへんで中華おいしい店ってあったっけか? 須加、今日の夕飯、中華でいい?」
「いいけどさ。橋本、薬局で僕のこと『奥さん』だとか言ってないよね? 僕たちは夫婦じゃなくてただ同居し……」
「あ! いい店思い出した! 駅の近くに小さいけどうまい中華屋があった! そこ行こそこ! 俺超腹減った!」
橋本は僕の言葉をさえぎると、有無を言わせず僕の腕をつかんで立たせた。
中華か……。
あまり外食に興味のない僕と比べて、橋本はうまい店をよく知っている。
たぶん営業職もしているせいだろう。
少しだけ今日の夕食への期待が高まる。
明日は休みだし、たまには酒でも飲もうかな。
紹興酒飲むの、何年ぶりだろう。
追記
すいません、パキロビッドパックもゾコーパと同じくらい併用禁忌がありました。
そしてラゲブリオも妊婦禁忌、パキロビッドパックは妊婦OKなんですね。
ラゲブリオしか扱ってないので勉強不足でした。
奥が深いコロナ治療薬……もっとちゃんと勉強しよ……。




