第16話『寝取られ男と野盗』
「騎士気取りのクソガキかァ?」
「盗賊に謂われる筋合いはないな」
師の馬に備えられてあった長剣を抜いたジョンと野盗男のナタの鍔迫り合いがギチギチとせめぎ合う。
まるで時が止まったかのように、しかし強い力同士がぶつかり合っている。
(瞬間的な圧力じゃ大鉈のが上だが、鍔迫り合いは向いてねぇ。それがわかってるような剣捌き―――このガキ、ただの騎士気取りじゃねぇな)
男は一旦後ろへと跳び退く。
それに応じる形で馬の嘶きと共に、ジョンも馬の鼻先を転換させた。
「俺の名前はベルゴ・バルティエ。テメェの名前はなんだ、クソガキ」
「ジョン。ジョン・ステイメンだ」
男……ベルゴはその名前に対して僅かに眉を動かす。
"ステイメン"。その名前は、"あの戦役"では希望でもあり悪夢を称するものなのだから。
「おい、クソガキ。テメェの親族に、アルバートってのはいるか」
「アルバート?」
ジョンは突然、殺意がむき出しの男からそう言われたことに困惑を見せる。当然だ、アルバートとはジョンの祖父のことなのだから。
だが、答えてやる義理もない。
ジョンはそう自己完結すれば、剣を構え馬をベルゴに向かい走らせる。
「ハッ、騎兵突撃なんて舐めた真似しやがって!!」
騎兵突撃。
馬の突撃力と加速力によって威力が倍増した武器で、歩兵を殺傷する古代から使われてきた"必殺技"である。
1トンの重量。
現代で言えば軽自動車並みの質量を誇る馬、そして鉄の塊である剣が組み合わさって時速30km/hほどの速さで襲いかかるのだ。並の人間では対応すらできず、殺される。
そしてこの大陸において、騎兵突撃に対する対策は3つ。
魔術での迎撃、槍衾や銃撃による待ち伏せての迎撃、馬防柵などを使っての事前防衛だ。
そして、ベルゴが取った手段は2つ目。
自身は姿勢を低くしゃがみ込み、馬の足に対して水平に当たる角度で斜めに大鉈を構えたのだ。
(あの速度なら確実に殺れる。馬ごと落ちたらトドメ刺してやらぁ!!)
それに対し、ジョンは手綱を緩めることはない。
ただ一点。それだけを狙い――――――
「あの世でなァ!騎士気取りのクソガキィ!」
刹那。
ジョンの乗っていた馬が『跳ねた』
「なッ!?」
それと同時に、ジョンはあぶみから足を外して鞍に乗り上がり跳躍。大道芸とも言える技。
「ぐっ!?」
槍ならば、跳躍した馬の腹を突き刺すことは可能である。だが、ベルゴが使うのは大鉈……刃先の尖ってない、質量と切れ味での切断に特化した武装だ。
更に大鉈をギリギリで回避できる高さで跳躍した馬。
そしてその馬から瞬時に飛び降りる形で空中から剣を垂直に向け、ベルゴへ襲いかかるジョン。
(クソッ、こいつ――――やっぱりあのステイメンの!?)
ベルゴは声を上げて大鉈を振りかぶろうとする。
だが、一度固定した体勢をもう一度変えるにはあまりにも"遅すぎる"
「ガひゅ」
ひげむくじゃらの胸板に突き刺さる刃。
空気の抜けるような音を立てて……野盗の男、ベルゴ・バルティエはあっさりと息絶えた。




