第15話『寝取られ男、またもや出会う』
「りゅ、竜教会が蜂起した……!?」
「あぁ。領主様から私も突然言われたものでな。聞くところによると、各地で蜂起を起こし―――しかも、北方などの砦が次々と陥落しつつある」
師匠によると、竜教会は各地で蜂起。
未だ雪深い北方を中心に拡張を続けているらしい。
だが、正直なところ俺の内情としては茫然自失だ。
まだ余裕はあったはず。なのにいつもより早いのはなんでだ?
山賊のときもそうだ。
いつもより早く襲撃が起きた。今回の竜教会も凄まじい速さ……俺の行動で、明らかに未来が変わっている。
「師匠。竜教会はここにはまだ来ていないんですか?」
「幸いまだ来ていない。北方を主に進撃しながら中央に多少いる程度……だが、この進撃速度ではいずれはこの辺境伯領まで浸透されるだろう」
師匠が俺を見る。
その目ははっきりと真っ直ぐに俺を捉えていた。
「ジョン。お前はどうしたい?」
「え?」
「一旦村に戻るのもいい、辺境伯軍は防衛用に配置されるだろう。もしくは―――――お前も戦うか、だ。私はお前を見込んでいる、その上でお前に選択してほしい」
…………。
俺は今年12歳になったばかりのガキだ。だが、師匠が俺のことをここまで買い被ってくれている……それは非常に嬉しい。
だけど、村のみんなの命は最優先だ。
近くでなるべく守りたい。母さんに父さん、ボーグだっている。シャムロック軍が守ってくれるとしても、心配は残る。
「……一旦、村に戻っても構いませんか?」
俺のその言葉に師匠は失望の表情などを見せることもなく……「あぁ」とだけ言う。
「なら、私の馬に乗っていけ」
……見抜かれてんなぁ。
空に浮かぶ太陽は、やけに輝いて見えた。
馬上、定期的に訪れる振動で体を揺らしながら村へと向かっていく。
流れるように去っては訪れる風景。
冬ということもあって青々しかった草原は茶色に枯れて、川も冷たげな透明色にすっかりと変わってしまっていた。
冬風が頬をくすぐる。
その風のせいで、顔の表面はすっかりと冷え切っているのがわかった。
「〜〜〜!!!」
「ん?」
ふと、騒ぐ声が耳に聞こえる。
なんだ?ここらへんに行商人は通らなかったはずだけど。
「へへ、頑張ってるみてぇだがお仲間は死んじまってるぜ、お嬢ちゃん。もう諦めな」
「はぁ……はぁ……私は、諦めない」
「ヒヒヒ、もう手足震えてるじゃねぇか!!強がってんじゃねぇよ!」
馬の逃げた馬車。
軽装鎧を纏った男たちは頭、心臓、腹……さまざまな部位に損傷を受け、死体となって倒れている。
「しっかし、運がいいぜぇ。まさかこんなチンケな護衛でお貴族が道歩いてるなんてよぉ!!ま、何人か死んじまったが……」
野盗らしき醜男はひげむくじゃらの腕で大鉈を肩に当てて、嘲笑の声を響かせる。
どうやら男の仲間もいくつか死んでいるようで、確かに貧相な服装をした者たちが他の死体と同じく倒れ死んでいる。
残ったのは男だけなのだろう。
だが明らかに消耗しているのは、馬車を背に男に銀剣を向けた少女だった。
髪色は色素の抜けた銀髪。
後ろ髪はシニヨンで束ねており、服装はスカートの裾を破いた普段用のドレス。
しかし両の瞳は紫色と紅色のいわゆるオッドアイで、隠せぬ狼のごとき気高さが垣間見える。町中で見かければ、恐らく10人の内10人が少女を麗人と称えるだろう。
だが、その美貌とは裏腹に少女の華奢な体に握られているのは血まみれに染まる銀色の長剣だ。細かな茨の装飾が施されており、べっとりと付着した血が溝に沿って地面へと垂れ落ちている。
「それじゃあ、せいぜい死なねぇように手足ちょん切ってから可愛がってやるよ!!!オラァ!!!」
野盗の男が唸り声を上げて、ナタを振り下ろす。
狙いは長剣を持つ腕だ。
少女はそれを防ごうとするも、消耗からなのか体がうまく言うことを聞いてはくれない。
(父上、母上、申し訳ありません。私は、ここで……)
狼の如き瞳は途切れぬものの、少女の心中は諦めを悟る。剣を持つ手にも緩みが出た。
訪れる死の恐怖。
それに対し、少女は瞼を閉じ―――――――――。
死が訪れない。
瞳を開ける少女。そしてそこに映ったのは……。
馬上から鉄肌の見える無骨な長剣を抜き下ろし、大鉈を防ぐ少年の姿であった。




