第6話『助けることのできる者』
「っ―――まだ、答えは出せません」
「……そう」
少しばかり俯きそう返したヴィクトリアに対して、エリーゼは紅茶を飲みながらそう返事を行う。
シャンデリアに取り付けられたロウソクが揺らめく。
「拒否はしないのね」
「はい」
エリーゼは瞼を閉じ。
そしてニッコリと微笑んだ。
(あーあ、すごく面倒ね。でも、万一のときは略奪愛も悪くないかしら?)
「……それで、先生が死にそう、というのについては」
「その話は簡単よ。ジョンは今、村を襲ってくる山賊に対して戦おうとしてるの。今現在進行形で、そうなりつつあるわ」
「でも村からそんな報告は」
「大人よりジョンたちが早く気づいた。ただそれだけ……私はジョンとボーグくんがそれについて話していることを聞いたの、それとも信用に値しない情報と思う?」
常識的に考えれば、信じるにはあり得ぬことである。
だが、ことさらヴィクトリアは別であった。
ジョンは聡明な人物であるがそれ以上に嘘をついたことはない。
信じるに値すべき人物。
ゆえにヴィクトリアは唇を開こうとする。
「お嬢様、まさかその情報に従うおつもりで?」
ピエール。
シャムロック辺境伯の懐刀がそれを遮る。
「……信じるに値しないと?ピエール」
「ただの平民の子供の情報と正式な村の情報。どちらを信じるかは一目瞭然かと」
ヴィクトリアはちらりとエリーゼを見る。
拒否されたら自分の故郷ごと失うというのに、まるで動揺していない。人の心でもない、冷血な獣のように。
「エリーゼさんは動揺されないのですか?」
「ここで切られる覚悟で来たわ。それくらい想定内……まぁ、村が焼かれてもジョンが死んでいたら私も死ぬだけ。動揺する意味などないわ」
そこで、ヴィクトリアはやっと気づく。
この女は、エリーゼは村の危機を救いに来たのではない。
『ジョン』の命を救うためにここまで来たのだと。
愛、そう呼ぶものもいるだろう。
だが、ヴィクトリアはどこか薄ら寒い感覚に襲われていた。まるで、それは愛とは呼べない―――歪んだナニカであるという感覚に。
ただ同時に自身もそうなりつつあるのは理解していないのは、やはりヴィクトリアが恋心を知らないということもあるだろう。
だが。
「ピエール」
「なんでしょう、お嬢様」
「兵を出してください。クローバー村に行きます」
するといつも物静かで仏頂面であったピエールが珍しく表情を変え、ヴィクトリアに詰め寄る。
「お嬢様、正気ですか!」
「この件は私にお父様から任されているんです。それともあなたは領民を見捨てろと言うのですか?」
「ですからこの情報は信用に値しないとッ!」
ヴィクトリアは自らの数倍もある身の丈の男の剣幕に驚きもせず、ただ冷たい目で睨む。
そしてピエールは思わず物怖じてしまう。それは自身の主の目に似ていたからだ。
「お父様に任されているという私に出過ぎたことをすることはつまり主君に逆らうということ。あなたはいつからそこまで偉くなったのでしょうか?」
「お、お嬢様……っ?」
「二度は言いません。兵を出しなさい、いますぐ……騎兵で」
そしてその言葉の後に、ピエールはまるで逃げ出すかのように部屋から出ていった。あとには、ヴィクトリアとエリーゼだけが残された。
「すっかりと、紅茶が冷えてしまいましたね」
「そうね」
エリーゼがすっかりと冷えた紅茶を喉奥へと流し込む。
そして、ヴィクトリアを一瞥。
「5年後、楽しみにしてるわ」
「奇遇ですね。私もです」
 




