第5話『運命の出会い』
「……客人?」
クローバー村近くの丘にある、小さいながらも壮麗な見た目のクローヴィア城。
かつてはシャムロック辺境伯家と対立していたが、後に門下へと下ったクローヴィア子爵家の居城として使われ、今では辺境伯家の避暑地やクローバー村を含むクローヴィア地域の役所として使われている伝統ある城である。
もっとも避暑地といえど、城自体の主は現クローヴィア当主が務めており、今では対立も過去のものとなっている。
そんな白色のレンガと漆喰で美しく彩られ、自然に溶け込んだ美城ともいえるクローヴィア城の一角に彼女はいた。
流れるような金色の髪、深海のように青い瞳。
今日は自身の"先生"が目覚めたと聞き見舞いをした後、ここに数日の期限をつけて滞在しているのだ。
もっとも、私情だけでここにいるわけではない。
シャムロック城からクローバー村までは早馬で6時間、馬車で行けば半日近くかかる。
馬車でも1時間と少しでクローバー村へとたどり着けるクローヴィア城は彼女……ヴィクトリアが"仕事"をするにあたって適切な立地なのだ。
先生を見舞ってから翌日の夕方。
あらかたは、ここ一週間近くで兄様が関与していたことについて情報を掴むことができました。
兄様が馬鹿なのか、それとも単に取引相手の質が悪いのか。
クローバー村周辺を辺境伯の使いで探らせるだけで簡単に情報がうじゃうじゃと出てきて、調べる側としてはあまり苦労したことはありません。
今日は調査日誌でも付けて寝よう。そう思っていた矢先。
ピエールから客人が来たとの報告が上がったのです。
「客人……こんな夕方に?」
「はい、どうやらジョン・ステイメン殿のご友人らしく。至急伝えたいことがあり来たとのことです」
先生の友人。
調査はある程度できてはいます。先生には主に二人の友人がいるとのことは『副次的な調査』で簡単に掴むことが出来ました。
クローバー村1の神童、ボーグ・アボットくん。
蒸気体系と呼ばれる少々変わった魔導研究を行っている方。どちらかというと先生の悪友……に近いのがしれません。
そしてもうひとりがクローバー村村長の一人娘、エリーゼ・ダリアさん。
彼女については正直なところ、あまり深くはわかりませんでした。
特に優秀なところも見られなければ、特別おかしなところは見られない。
最近は先生と同じく勉強をしているらしいですが、影響されたと考えれば特におかしい点ではありません。
「先生のご友人?その方のお名前は?」
「エリーゼ・ダリアと。クローバー村村長を務めるダリア家の娘のようです」
「……まずはお座りになられてください。それと、よければお茶はいかがですか?」
「そうね。わざわざお城に入れもらえたんだもの……いただくわ」
部屋の角にピエールが立っている中で、ガラス製のクリスタルテーブルを挟み、二人の少女が顔を向け合う。
亜麻色の髪に琥珀色の瞳をした、まるで風に運ばれる純粋で美しい野花のような少女エリーゼ。
黄金を一つずつ編んで作ったかのような透き通った金の髪にアクアマリンのように透き通った深海のような瞳をした、城の中庭に咲き誇る薔薇のような少女ヴィクトリア。
本来、ある男が動かなければ人生で出会うことなど一度もなかった二人が静かに微笑んでいる。
「さて、お茶も来たところですし。少しばかり世間話でも致しませんか?」
「そうね。でも、悪いけれど今はそんな暇はないの……本題に入ってもいいかしら?」
「まぁ、せっかちなんですね……喜んで。どんなお話ですか?」
ヴィクトリアは太陽のような微笑みを見せる。
それに対してエリーゼも微笑み、静かにその唇で音を紡ぎ上げる。
「あなたが動かなければ、いますぐジョンが死ぬという話よ」
ティーカップの割れる音が響く。
琥珀色の茶が、磨き上げられた石床の上で弾け飛ぶ。
「どういう、ことですか」
「あら、やけに驚いているのね。ジョンがお嬢様の家庭教師をしていたと聞いていたけれど―――ただの平民の教師の安否にそこまで動揺するものかしら」
(……敵意も隠そうとせずに、よく言いますね。あなたは先生の何なんですか?)
ヴィクトリアは心にそう言葉を浮かべながら、震える手をもう片方の手で静かに抑える。
「正直に言うわ。お嬢様、あなたはジョンのことが好きなの?」
「―――それは私が先生に恋慕を抱いていると?」
「誇り高きシャムロックのご令嬢が平民にそんなこと抱くとは思ってもいないわ。でも……万一、ということがあるでしょう?」
四民平等。
王族、貴族、平民、亜人は等しく平等である。ブロッサミア王国の本髄ともいえるものだ。
この王国では貴族が平民と結婚しても罪には問われない。
そういうルールなのだ。貴賤結婚というのは帝国の悪習であり、それは好まれない。ゆえに、ヴィクトリアが例えジョンを生涯の人としたとしても何ら問題はない。
だが、あくまでそれはルールである。
一般の慣習として貴族は貴族と結婚し、より両家の繁栄と栄光のために尽くす。その慣習ゆえに、ヴィクトリアは軽々しく恋慕を抱いているなど言うわけにはいかない。
まだ、自身は父の所有物のようなもの。
それゆえにその点を突かれるのはヴィクトリアにとって盲点であり、弱点である。
「……私が、貴族という立場であることをご存知でそのことをお尋ねに?」
「あら?なにか問題でもあるのかしら」
だが、ここで下手な判断をすれば。
(先生は……確実にこの方に取られる)
(早く拒否しなさいよ。そうじゃないと……面倒なの)
細い細い、危険な糸を通るような会話。
ヴィクトリアは、果たしてそれを通ることができるのだろうか?




