第35話『寝取られ男は阻止したい』
「はっ、はっ、はっ」
村へと急いで走る。
紙を握りしめて。
今日は8月4日。
そして8月5日が精霊祭の行われる日だ。
同時に鎮魂祭も行われる。
いくら辺境伯の私兵が来ると言ってもまだまとまった人数は村に来ていない!精霊祭の日も少ない数しか来ないはずだ。なら、このままじゃ危ない!
森を急いで抜けて、走っていく。
時刻は夕方、太陽が沈み双子の月が昇る時間が訪れつつあった。
精霊祭は明日の夜に始まる。
もう村の人達は準備している頃合いだろう。
しかも緊急時であれば素早く知らせが早馬で来るはず。それもないということは、辺境伯はまだ把握していない!
何が原因だ。
何が原因で、山賊が村を襲おうとしてるんだ!
四年後のはずだった、四年後には確実に守れるはずだったのに!
「ゲホッ、ゲホッ、はぁ、はぁ」
足がもつれる。
そして、顔から地面に突っ込む形で転けた。
立ち上がる。
たらりと鼻血が垂れている。でも、そんな場合じゃない。
このままじゃ、村の人達が死んでしまうかもしれない!
「はぁ、はぁ」
明るい光が灯されている。
村の人達が木材を組んで精霊祭の準備を行う風景が見える。
「うん?おい、お前ステイメンさんとこのせがれじゃねぇか!どうしたんだ!」
見張りをしていた衛兵の人が、俺を見つけてそう声をかけてくれる。
疲弊感に奥歯を噛み耐えながらなんとか紙を衛兵の人に渡す。
「こ、これを……村長に」
「ん?これは―――なんだ?」
「はや、く!早くしてください!」
俺の剣幕に気圧されたのか、衛兵の人は急いで村長の家へと向かう。
村長が信じるかはわからない。だけど、ヴィクトリアが聞いたことは村長の耳にも辺境伯から入っているはずだ。おそらく、なんらかの対処はしてくれるはず。
そう思っていた。
その時までは。
「と、おせない?」
「あぁ。村長はこれを信じるに値しない文書だと判断した。君の言っている推理もね」
静かに衛兵の人からそう告げられる。
嘘だろ?こんなことって。
「さて、そんなことはいいから早く寝なさい。明日は精霊祭だ……楽しくなるぞ!」
そういって衛兵の人から背中を叩かれる。
そんな場合じゃない、そんな場合じゃないんだよ!
だけど、俺が言ったところで信じてくれるとは思えない。
そりゃそうだ。山賊が襲ってくるなんてこと、村長は夢にも思わないはずだ。
万一のときは辺境伯の兵士が来てくれるから大丈夫。
そう考えているのかもしれない。
ふざけるな。
もう俺は前世のようにはしたくないんだ。
……どうする?このまま大切な人たちだけを連れて村を出るか?
いや、家族は俺が外出して修道院跡にまで行ったと聞いたら話を聞く前に家へ閉じ込めるはずだ。それじゃ、まずい。
俺は、誰を信じたらいいんだ。
俺は……誰を。
「やぁ、ジョン。気分が悪そうだね?」
声が、聞こえた。
ふと振り向くと、そこには。
俺の親友、ボーグがいつもの顔で立っていた。
いつもみたいに、脇に本を挟んで。
「ボ、ボーグ。お、俺」
「言わなくても大丈夫さ。全部わかってる―――その上で、僕たちは対処しなければならない。そうだろう?」
ボーグは、白い歯を輝かせてゆっくりと俺の言葉へとそう返す。
それが俺にとっては、本当に頼もしかった。




