第29話『寝取られ男とホブゴブリン』
「ぉらぁ!」
ガギンッ!
鈍い音が響き、黒曜石の穂先と鞘に覆われた錆び剣がかち合う。
摺り削るような音を立てながら無理やりこちらから鍔迫り合いに持ち込む。
「キサマッ」
「槍が鍔迫り合いに弱いくらい常識なんだよ。ゴブリンには難しかったか?」
「ナニヲォッ!」
流石の筋力だ。俺の筋力では抑えきれずに剣を跳ね上げられる。
だが素早く冷静に、矢継ぎ早に繰り出された穂先をかかとで押さえつける。
槍は長い。そのぶん突いた際の貫通力が出やすい。
だが、柄を踏みしめられたら一気に扱うのが難しくなる。
そして剣を上段に構えて、ホブゴブリンの頭蓋を砕こうと振り下ろす。
が、刹那に俺の額へ冷たい汗が流れる。
まずいっ、そう思って咄嗟に横へと転がった。
「ホウ、ナカナカヤルナ」
ホブゴブリンの方を見てみると、奴は槍を持つ方とは別の片手に獣の牙を刃にした手製のナイフを握っていた。
そういえば、双槍を持っていたな。
槍を片手で握る筋力があるなら、ナイフと組み合わせるくらいなら簡単か。
だが、こちらが次の一手を考える日まもなくホブゴブリンは攻勢を仕掛けてきた。
目、首、心臓、腕、足。
ありとあらゆる場所へと槍とナイフによる攻撃が訪れる。
しかし、それを俺は錆び剣で同じ程の力をぶつけることで無理やり跳ね返す。これに刃があれば槍の柄を切ることも攻撃の候補に入れられるんだが、いかんせん錆びついて鞘から出せない剣だ。鈍器として使うしかない。
「ヌゥッ!」
「やらせるか!」
するとホブゴブリンは槍を引っ込めたかと思えば、バネが跳ねたかの如き突進力でナイフを前に構え突っ込んできた。
剣で対応しようとすれば組み付かれる。だとすれば先にこちらから仕掛けるしかない!
剣を地面に投げ捨て、両手何もない状態になって突進を横に避けて回し蹴りをホブゴブリンの背中へと繰り出す。
そして反応する前に背中へと抱きつくようにして掴みかかる。
「グッ!?」
「武器持ってりゃ強いってわけじゃないんだよ!」
暴れるホブゴブリンを足で押さえつけ、振り回されるナイフに当たらないように頭を屈める。
その次に首元に両腕を回し、クロスさせた。
ホブゴブリンが悲鳴を上げる。
「ゴ、ゲッ」
まるで暴れ馬のように至るところへ跳ねてはぶつかるホブゴブリン。
俺を跳ね除けようとしているんだろう。しかし悪いが俺だってプライドはある。これくらいの痛みじゃ離れるわけにはいかないぞ。
「ギッ、ハナ、セッ!」
だが、その言葉と反比例させるように俺も力を思い切り込めていく。
なかなか筋肉の鎧のせいで骨や気道を折ることができない。それでもやり続けたらいつかは折ることができるはずだ。
「グ、ァァァァァァ!」
――――激痛が走る。
チカチカする視界で痛みの起点を見てみれば、骨製のナイフが俺の右肩へと見事にぶっ刺さっていた。
だが、俺の両腕は泥で固められたかのように動かない。
否、動かさない。動かすわけには行かない。
「ぁぁあああ!がっ、うぅぅぁぁぁぁ!」
叫び、痛みを紛らわす。
獣みたいな叫びだ。我ながら、尊敬に値する。
……傷が痛くないわけがない。
でも、毒煙が来るまでは。なんとしても耐えなければいけない。
「うおぉぉぉぉぉぉぁぁぁ!」
「ギュゥォォォァァァ!!」
慟哭の重なる時。
ポキリッと呆気ない空気を割ったような音が響く。
途端、ホブゴブリンが糸の切れたマリオネットのように倒れる。
叫びもなく、ただ一瞬の痙攣とともに……ホブゴブリンの生気が消え失せたのを感じる。
「ハハ……」
どちゃっ、と倒れる。
だけど、まだ終わりじゃない。
右肩に深く刺さっていたナイフを歯を食いしばりながら引き抜く。
血が骨刃を伝っていた。肩肉がまるで熱病みたいなナニカに侵されたような感覚がする。
ふらふら、立ち上がる。
意識は朦朧だ。肩には刺し傷、体中に捻挫や殴打。正直、すぐにでも意識を手放したい。
だけど、俺はまだ終われない。
敵意をむき出しにして今にも襲いかかろうとする十数匹のゴブリン共を見下ろす。
錆び剣と骨ナイフを両手に握り、ニッと笑ってみせる。
ゴブリン共が、それを見てまるで狂気に触れられたみたいに青ざめた顔でじりっと一歩後ずさりした。
「おい、なにビビってやがる」
ホブゴブリンの死体の頭を足で思い切り踏み潰す。
頬に、ホブゴブリンの脳漿と血肉がへばりつく。
「かかってこい。糞ども……全員俺がぶっ殺してやる」
あぁ、願わくば。
毒煙が来るまでに時間稼ぎができることを祈ろう。




