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第21話『寝取られ男は村に戻る』

精霊暦790年7月25日


 あれから一ヶ月と少し。

すっかり夏の最中といったところだが、あの金髪兄の襲撃以来俺は罰せられることもなく。更に言えば金髪兄は余程応えたのか全くの反応を見せることがなくなった。


 であればやることは限られてくる。

勉強と鍛錬と授業くらいのものなのだ。

  

 とはいえ、ある程度体も最近は鍛えられたおかげでそこそこ武器は振るえるようになった。まだ岩は壊すことはできないが……。


 という感じで今日もそんな感じに考えながら朝食を食べて中庭で鍛錬をしていると、俺を村に迎えに来たあのゴツめの人が来た。なんだろう?


「閣下のお達しで、二週間程度休みを出すとのことだ。クローバー村へ戻るための馬車を用意しておいた……準備をして来い」

 村? 

そういえば俺、4ヶ月近くこの城にいたのか……。感覚麻痺してたけど、流石に村に戻らないとだよな。親にも寂しい思いさせてるだろうし、なにより俺も少しは知識を蓄えたからボーグとも魔術関係で話せるはずだ。


 ただ、懸念といえばクソビッチ。

城にいるときは全く遭遇しなかったのでいいが、村にいるときはあいつの対策をしなければならないのが厄介なのだ。それに、あいつの顔を見ると寝取られ発覚したときの記憶を思い出すので出来れば会いたくない。


「先生!」

「お、ヴィクトリア。今日は早いんだな」

 とりあえずあとちょっとは鍛錬できるかな、と思って剣を振っていたら背後から声が響いた。

俺のたった一人の生徒で辺境伯のご令嬢、ヴィクトリアだ。

多分年齢的には俺と同い年くらいだと思うのだが、ヴィクトリアは俺に懐いてくれている。俺は一人っ子だったので一人妹ができたと思ったら悪い気はしない。


「おはようございます!先生、今日はどんな授業をするんですか?」

「あー、それについてなんだが……ヴィクトリア。俺はちょっと村に休暇で戻ろうと思っていてね。しばらくは授業はできないんだ」

「えっ……あ……そ、そうですよね。先生、もう数ヶ月もここにいるんですよね。あの、城には戻ってきます、よね?」

 寂しがってもらえて何よりだ。

まぁ辞表も受け取ってないし、単なる休暇なのでそんな大したことではない。そう思いヴィクトリアの頭をポンポンと撫でる。


「大丈夫大丈夫、必ず戻ってくるから。でもちゃんと予習はしておくようにな?」

「―――はい!」

 OK。

それじゃあそろそろ時間だし、馬車に行くか。







「道の風景も久しぶりだなぁ」

 4ヶ月前に見てからまったく見ていなかったひたすら遠くまで続いているであろう丘陵地帯のような草原の地平線を見ながら、思わずそんな独り言が出てしまう。


 青々しい夏草が風に乗って揺れていて、野花も一面咲き誇っている。

ちょろちょろと流れる小川も非常に風流を感じさせる。


 さて、俺は4ヶ月間授業のあいまを縫って魔術勉強なんかをしてたんだが、残念ながら無属性の俺にはどの魔術も使えなかった。


調べた限りでは無属性魔術とかいうのもあるらしいんだが、需要が圧倒的に少ないから魔術本がバカみたいに高いらしいのだ。まぁ他の属性みたいに適性もへったくれもない無属性に魔術がある時点で驚きだった。無属性=全適性無しなもんだと思いこんでたからな。


 カラカラカラと馬車の車輪が動く音に耳を傾けながら、俺はゆっくりと温かい眠気に襲われる。


 まぁ、ちょっとくらい寝ても……。

大丈夫だろう。













 うん?

あれ、ここ……宿屋?


 目をこすりながら起きる。

カレンダーは精霊暦805年を記している。

あれ、じゃあ俺が子供にリセットしたっていうのは……夢だったのか?


「ジョン、あんた寝過ぎよ。もう昼回ってるわ」

 声が、響く。

ふとそこに顔を向ければ、色あせた金髪のようにも見える優しげな亜麻色のポニーテールに瑠璃色の目に綺麗なスタイルの……俺の幼馴染であるエリーゼが、珍しく魔導用のローブではなくあけ色の鮮やかなフレアスカートに白いブラウスを着て不機嫌そうに仰向けで寝ていた俺を椅子に座って見ていた。


「ご、ごめん。エリーゼ」

「はぁ……まぁいいわよ。別にデートの時間には間に合いそうだし」

 デート?

あぁ、そうだ。確か俺……王都でエリーゼととデートするって。


「ほら、早く服着なさいよ」

「わ、わかった」

 寝ぼけた頭でとりあえず寝間着を脱ごうとする。

が、エリーゼが俺をガン見している。あのー、エリーゼさん?


「ちょっと、見られると恥ずかしいんだけど……」

「別にジョンと私は恋人でしょう?なにか恥ずかしがることあるの?」

 恋人。

恋人……そうだ、俺とエリーゼは、恋人…………。





「フィール。今夜も可愛がってくれるのよね?」


「ぎゃーぎゃーうるさいのよ!私は昔からあんたのそーいう女々しいところが大ッ嫌いだったの!」


「たしかに一年前は受け入れたわ。でもあんたは夜誘っても私に付き合ってはくれないし、それにフィールのほうがかっこいいの!あんたみたいな芋臭いのとは違うのよ!」



 なんだ、この記憶は。

違う、俺はこんなコト……エリーゼも、こんなこと……。


 エリーゼの方を見る。

エリーゼが、俺を見ている。


 いや、違う。

あの目は、俺を見ていない。俺は、写ってない。


 俺じゃない。

あの瞳に写ってるのは……俺じゃなくて。


 フィールが写っていた。

俺は、見られても、愛されてもない。


 世界が歪む。

ぐにゃぐにゃと粘土を折り曲げるみたいに、世界が、エリーゼが、俺が、全部が歪んでいく。


「あ、ああああ」


「ぁ、あぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!」








「ぁぁぁぁぁ!ハッ!?」

「おいおい。先生さん、どうしたんですかい。さっきからうなされてたみたいでしたぜ」

 汗が、肌着を濡らしていた。

俺は、俺は。


「あ、あの。いまは何年、ですか?」

「今ァ?今は精霊暦790年でさぁ。熱病にでもかかったんですかい?」

「いや……ちょ、ちょっと疲れすぎてたのかもしれない」

 ここは現実。

そうだ、俺にとってはここが現実なんだ。


 あれは、夢。

やけに生々しい、夢だった……。


「まぁ先生ってのは忙しそうですからなぁ。それよりほら、着きましたぜ」

 そう言われて窓を見てみると、素朴な風車や古い水車に一面の小麦畑、そして家々がポツポツと並んでいた。


 クローバー村。

俺の故郷で、始まりの場所がそこに広がっている。

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