第19話『寝取られ男と竜神の戦い/前編』
刹那、鮮血が舞い散る。
だが、師匠のものじゃない。
「ッ!!」
油断。
師匠の強さに憔悴した竜神は俺にまで意識を回しきれていなかった。
それが強みになった。
奴を止める、唯一の強みに。
「ジョン!?」
師匠の驚く声が耳に届く。
後で怒られるかもしれないけど……もう誰も死なせたくはない。
「矮小な、人間の童風情が……私の腕を、斬るという意味をわかっているの?」
両断する勢いでいったけど、骨にすら達せていない。それどころか、先程斬りつけた傷も治っている。それどころか師匠に開けられた傷穴も、今は完全にふさがりつつあるようだ。
「竜神に再生能力があるかどうかはわからない。だけど、少なくとも今のお前はまだ人形だ。そうじゃないと、俺の一撃をわざわざ見逃すことなんてないだろ?」
刀を向け、挑発するように俺は笑みを浮かべた。
竜神の顔色は……変わっていない。だけど、その目はひどく冷たく、殺気に満ちていた。
「師匠、逃げてくれ」
「ジョン―――本当に戦うのか?」
顔を振り向いて、師匠と目を合わせることができない。 それでも、不思議とした覚悟のようなものが俺の心のなかに渦巻いていた。
「あぁ、戦う。だけど師匠、もし俺が戻ってこなかったときは……そのときは、村のことを頼めないかな?」
竜神は力を集わせている。
最後の会話すら満足に許してくれる気配はなさそうだ。
だけど、最後まで話す。
それが俺にできる最後の責任だ。
「……奴の力は凄まじい。それでも行くのか?」
「怖いし、逃げたいけどね。だけど、今ここで奴を止められないほうが俺にとってはつらいんだ」
「……あいわかった。お前の願いは聞き入れよう。だがな、ジョン」
名を呼ぶ声。
反射的に、師匠に目線を向けてしまう。
そこには確かな意思で俺を見つめる師匠の双眸があった。
「死ぬなよ。必ず生きて帰れ」
「……うん」
保証はどこにもないけれど。
だが、俺は……今、漸く話を終わらせることができた。
師匠が去っていく足音が響く。
眼の前には赤々とした血の塊を彷彿とさせる剣のようなものを持った竜神。
「それは?」
「剣よ。お前の首を切り裂くのにぴったりでしょう? 竜奏術ではお前達剣士に対策されると案じたの。ですからこれは、最も最適で、最も労力を消費しない術なの」
「ハッ、随分と舐められたもんだ」
随分と下に見られてるな。
だけどそれは怒りなんかより、ありがたいのほうが強い。
「だけど、わざわざ土俵に合わせて戦ってくれなんて竜神様々だな」
「その腹の立つ笑み。いつ血にまみれ崩れ落ちるのかしら?」




