第17話『師匠と竜神/前編』
「ヌォォォォォオオオオオッ!!」
祭壇に向かって、刀を構えながら走るフローレンス。
だが、眼の前に悠々と佇む竜神は一度も動くことはない。
「桜流太刀術"樹華"!!!」
霞に構えた刃が恐ろしいほどの速度で繰り出される。 それはまさに音が置き去りになるほどであり、常人ならばまず反応することすらままならない。
「竜奏術一章"斎戒之曙光"」
そして白虹の如き光輪が竜神の前方に広がる。
そこに集う魔力の奔流は、明らかに次元が違っていた。
「ッ!!」
一瞬音が掻き消えた刹那、地面がえぐられる。
否―――削られたのだ。 跡形もなく、地盤に達するほどに深い。
そう、光輪から放たれた収束魔力が、まるで熱したナイフでバターを切るように易易と削り取ってしまったのだ。
そしてフローレンスと言えども、無事には済まなかった。
「師匠ーーーーーーーッ!!!!!」
悲痛なジョンの叫びが響く。
フローレンスの右腕があった場所から、おびただしい鮮血が流れ落ちる。 反応する暇も、受け身を取る暇もなく、一瞬にして削り取られたのだ。
「……この程度、もとより想定していたことだ」
しかし、フローレンスは表情を崩さない。
悲鳴すらあげない。ただ、冷静に左手で携えた刀の先で竜神を捉え、霞の構えで鋭く向ける。
「勝ち目はない。諦めなさい」
竜神が無機質にそう紡ぐ。
慈愛や、まして憐憫や憎悪など一切も見えない。文字通り、何も籠もっていない声で。
「諦めろ……か。 竜神はかつて、光の妖精に負け落ちたのだろう?」
その言葉に竜神の眉がかすかに動く。
目線が、先ほどよりも鋭くなる。
「だが、貴様は諦めていない。光の妖精が作り上げた世界を、再び壊そうとしている。ただ生きていたいだけならば、われわれを打ち砕こうとする理由がない!さっさと逃げればよい!!」
「だまりなさい」
フローレンスは英雄の矜持を示すが如く、ただ正確に、一寸の狂いもなくその双眸で竜神を射抜く。
「己が諦められぬくせに、人に諦めを求めるか!!竜神よ!!」
「黙りなさい、人間!!!!!」
感情をあらわにした咆哮。
その声と共に再び光輪が召喚される。だが、今度は一つではない。四方八方、文字通り逃げ場がない檻のようにそれらがフローレンスを囲む。
「消えるがいい」
情け容赦なく、白虹から放たれる光。
それを遠目に見ていたジョンは、思わず瞼を閉じる。
だが。
声が響いた。
「我流奥義"朧断"」
白虹と、光が砕け散る。
中心にいたのは無我の境地の如し形相で、ただ一閃を振るうフローレンスの姿だった。




