第9話『寝取られ男と砂塵の司祭』
夜明けミッテエルン森林奥地。
俺たちは情報を得てすぐさま竜骸の森へと向かっていた。もはや時間はない。
ヴィクトリアが既に用意してくれていた早馬に二人で跨り数刻近く走り、夜明けまで竜骸の森まであと少し……その地点で、俺と師匠は通せんぼするかのように立つ男たちと対峙していた。
馬から降り、師匠は首を少し強めに叩き逃がす。
口笛を吹けばすぐにでも戻ってくるだろう。
「銀虎の騎士フローレンス一行……貴様らがすべてを阻止したせいで、我々の計画は台無しだ」
「もとよりこの程度で破綻するずさんな計画を行った貴様
らの落ち度だ。私たちに見破られたことを恥じろ」
怒りの炎に燃えるかつてのヴィクトリアの執事ピエールとそれに真っ向から銀刃の太刀を片手で構え反論を行う師匠。
「少年よ、再び戦えることを誇りに思おう」
そして無いはずの片腕を簡素な木製の義手にした褐色の男が火薬槍ではなく南方の曲刀を鞘から抜きながらこちらを見ていた。
「イル・ファース……ッ!」
「少年、君は誇り高き戦士だ。ゆえに、礼儀を持って剣にて勝負を行う───刀を抜け」
俺はその男の双眸に宿る闘気……そして戦士らしい声と姿勢に対して応答するように静かに刀を抜く。
「お前はなぜ戦うんだ、砂塵の司祭。竜教会の教主は作り物の人形、お前がそれに気づいていないわけがない」
「───例え作り物で、教主様が人形であろうと。私は一向にかまわない……救われたのだ。私は」
シミターを構えるイル・ファース。
俺もそれに対して打刀を両手で握り、正眼に構えた。
森の異変のせいか、鳥や獣の気配が一切しない。
いつも響くはずのフクロウの声は静寂に包まれ響かず、ただ風で葉が擦れる細やかな音と水郷の爽やかな水流の音が風に乗って耳に運ばれる。
イル・ファースの構えは独特だ。
南方特有の剣舞じみた剣術、おそらく火薬槍より遥かに手慣れていることが伺える。
(南方剣術は一撃こそ軽いが、剣撃が恐ろしく正確で飄々としている。長引けばスタミナや体格の差からして、不利なのは俺の方……)
前世で南方剣の使い手と戦ったことはある。
その当時俺はたまたまソロで挑んでいたダンジョン内で無事に目的を果たし、ヘトヘトになりながら帰っていたら一人の南方人に襲われたんだ。
待ち伏せして疲れた冒険者を狩ることでその身を追い剥ぐ賊の類……疲弊したこともあったが、そのときに戦った奴の剣は遥かに難解で強敵だった。
無論そのときに比べて俺も技術的に相当上達はしている。 だが、この前の男は違う。その賊より遥かに強い。
俺は凡人だ。
せいぜい一つを極めても天才には勝てない。
故に。
───俺は真っ向からこの男と決闘する気はなかった。




