贈り物と恋の予感
部屋で一人、俺は目を輝かせていた。
「うぉおおおお!!!」
ファンレターと一緒に送られてきたのは謎の段ボール箱一つ。今の俺の胴くらいの大きさで、外には何も書かれていない。
こういうのってイタズラじゃないかと警戒しつつ開けてみると、中から出てきたのは予想外の代物だった。
「光る……パジャマ!」
そう。例の光るパジャマだ。
配信でとことん語り尽くした結果、俺のプ◯キュアへの愛はリスナー間の共通認識となった。しかしまさかこんなに早く反応が返ってくるなんて嬉しい誤算である。
更にパジャマを取り出すと、なんとその下には変身セット一式が……!
これでいつでも好きな時に変身できるぞ。早速着てみよう!
「おお、ぴったり!」
まるで俺のために仕立てられたかのような着心地の良さに感動を覚える。しかし同時に「俺の身体データ流出してないか?」という不安にも襲われた。きっとプロの仕業だな。何のプロかは知らないけど。
冷めやらぬ感動を抑えきれず、俺は遂に衝動的にカーテンを開けた。太陽が燦々と輝いている。おい誰か、この感動を分かち合える奴はどこかにいないか。
不意に家の前の路上を歩くサラリーマンと目が合った。
あっ……。
お互いに静止する。
お勤め今日もご苦労様です。笑顔で手を振ると向こうも微笑ましそうに振り返してくれた。やれやれ。朝っぱらから良い仕事しちまったぜ。
「さて、今日はどうしようかな」
コラボ配信の日程が迫るなか、歌配信以外の企画が欲しい。俺という存在についてもっとリスナー達に知って貰うため、活動の幅を見せたいところだ。
よし、それならば!
名案を思いついた俺は居間にいる瑠美の元へ走る。忘れないうちに協力を仰ごう。
「瑠美! ちょっと相談があるんだけど」
「バカは朝っぱらからうるさ……何、その格好?」
「はっ…………!」
しまった。
脱ぐの忘れてた。
食卓に着いた父様も母様も、何とも言えない視線をこちらに向けていらっしゃる。せめて何か言ってくれ。俺が恥ずか死ぬ前に。
「あーうん、似合ってるよ? 別に何かに目覚めても私は気にしないから」
「のぉおおおん! 違うんだよぉお!?」
勘違いを拭えぬまま、俺は瑠美に協力を頼むことになった。
◇◇◇
瑠美と出かけるためにマスクを装備する。二人とも黒いマスクだ。以前は不良みたいで苦手に思っていたものの、長らくつけているうちに今では何とも思わなくなった。
最寄駅から空いた電車に乗る。これが都心を走る地下鉄だと言うのだからウイルスの力は絶大だ。もっと言えば政府の言うことに従順な人が多い証拠だとも言える。
何本か乗り継いで着いたのは大型の書店。最近はめっきり訪れる機会が減ったけれど、去年まで頻繁に通っては漫画の新刊などを欠かさずチェックしていた。久々に来ると自然とテンションが上がる。
出入口付近のアルコール除菌をプッシュ。染み込むように手を擦り合わせる。こういうのも勝手に持っていく人がいるっていうから困ったもんである。
「児童書のコーナーは……八階か」
エスカレーターに乗って上に登る。けれど行けども行けども客が少ない。近年本を読む人が減ったのに加え、この状況では尚の事厳しいだろうな。頑張れ本屋さん。
「読み聞かせに使う本を見たいんでしょ? 私は店の人に売れ筋を聞いてみるから」
「ありがとう、助かる」
今日ここへ来た目的は、読み聞かせ配信に使う本を見るためである。とは言っても著作権があるので自由に選べるわけではないが、一度は手に取って選びたかった。
著作権フリーの話はネットに上がっているのでリストを見ながら本棚の間を練り歩く。すると何やら背後に視線を感じた。
「……」
親子連れの集団が四人ほど、遠巻きに俺を眺めている。視線に気づかないふりをして物色を続けていると彼らは無言で立ち去った。
ちょっと嫌だなぁ。予防に気をつけるのはいいけれど、過剰に神経質になりすぎるのは理性を欠いていると思わざるをえない。
子供のためだと言うなら、わざわざここへ連れて来る必要もないだろうし。
と思ったら上着のチャックが開いてた。
何となく勿体無くてその下はプ◯キュアに変身したままの格好で来たんだった。これを見られていたとしたら恥ずかしい。
「最後は……あそこか」
リストの末尾に記された本は書架の上の方に仕舞われている。実際そこまでではないのかも知れないが、今の俺の身長では厳しい。諦めて側に置いてある踏み台を運んでくると上に登ってその本に手を伸ばす。
「あれ?」
きつく刺さっているのか、動かなかった。少し危ういが力づくで引っこ抜こう。
あれ……俺ってこんな力なかったっけ?
そうだ、小さくなっているんだ。
力も劣って当然か。
そう自己解釈していると、いきなりすぽんと手元の本が抜けた。冷や汗を掻く間もなく支えを失った体は反対側に倒れ込んでいく。
これは絶対アカンやつや!
「うわっ……と、大丈夫か?」
痛みが来るのを覚悟して閉じかけた目を開けると、長身の若い男が俺を抱き抱えて軽々と床に下ろした。マスクをしていても分かる大きな目に鼻筋の通った端正な顔つき。俗に言うイケメンであることは間違いない。
「あっ……す、すみません! ご迷惑をおかけしましたっ!」
「いや平気。そっちは怪我してない?」
「だ、大丈夫です」
「良かった。気をつけろよ?」
格好いい。
曲がりなりにも男の心を持つ俺でもそう思うのだから、女など本気でイチコロだろう。これまた罪作りな奴と出くわしてしまった。人間には何故こうも格差があるのか。
全くもって許せん!
「お〜いバカ〜、どこ行った〜」
タイミング悪く瑠美のやつが俺を探す声がここまで響いてくる。カッと頬を上気させた俺を見て状況を察したイケメンは、少し笑いを堪えながら肩を叩いて送り出してくれた。
「ほら、お姉ちゃんが呼んでるぞ! 可愛いお洋服が汚れないうちに行きな!」
て、変身みられてる!!!
恥ずかしっっっ……!!!
さっき閉め忘れた上着のファスナーを慌てて引き上げると俺は涙目で走り出す。多分、変な走り方になっているだろうが気を使っている余裕はない。
「あ、いた。あんたマジどこ行ってんの」
「ふぇええええん! はずかちぃよぉ!」
「は……?」
呆れ顔の瑠美に睨まれつつ、俺はもう二度と変身したまま外を出歩いてはならないと、何より固く心に誓った。