宴もたけなわ
会場周辺に着くと既に大勢の車でごった返していた。それでも前方の電光掲示板に配信中のホノカの姿が映し出されているのが遠くからでもよく見える。
「ちょっと曇ってきたな……」
ハンドルに両手を添えて父さんが呟いた。掲示板が見えにくくなるので雨が降らないといいのだが。
「先輩、準備はいい?」
「……うん。皆ここまで付き合ってくれてありがとう。また巻き込んじゃったね」
「いいのいいの。こっちだって似たようなことでアタフタしてたんだから。困った時はお互い様だよ……なあ、瑠美」
「何?」
「帰ったらといろいろ話がしたい。何となく遠回しに勘繰ってしまったけど、やっぱり瑠美の口から直接聞きたいと思ったから。彼氏の事も、吉田さんとの関係も、今なら素直に受け止められる気がするんだ」
「……あの夜のこと、覚えてたんだ」
「うん」
瑠美は大切な俺の妹で、本心を言えば誰にも渡したくはないけど、それでも俺は誰よりこいつの幸せを願う兄貴でありたいんだ。
「ユウキ、何か変わった?」
「ぜーんぜん。相変わらずのバカだよ。でも強いて言うなら、あの人のお陰かも」
「……そっか」
「え、ねぇ待って、二人とも彼氏いるの? パパ何にも聞いてないんだけど、ねぇ!?」
さあ、最後の仕上げだ。
彼に電話をかけよう。
「……繋がった。吉田さん!」
《やあ。ネットがなかなか大変なことになってるみたいだね。今度はどんなトラブル?》
「吉田さんにお願いがあります。今から言う場所に指定された時刻に来て欲しいんです。無茶苦茶だし、迷惑なのも分かってるけど、吉田さんにしか頼めないんです。もちろん必ずお礼はします。私に……俺に出来ることなら何でも。だからどうか……!」
《何だか切羽詰まってるみたいだな。迂闊に『何でも』なんて言っちゃダメだぞ。危ない目に遭うかもしれない》
「吉田さんを信じてますから」
《……困ったな。これじゃあ迂闊に手を出せないじゃないか》
「え……それってどういう……?」
《ナシだ》
吉田さんは出し抜けにそう言った。
断られたのかとドギマギする。
《お礼なんてナシだ。そんなものが欲しいんじゃない。今日のところは貸しにしとくぜ。これからも仲良くしてくれ》
「吉田さん……!」
《覚悟しろよ。俺はしつこいぞ。これからもずっと君は俺の話し相手になるんだからな》
「分かった。話し相手でも何でもなるよ!」
《はは、聞いたぞ。忘れるなよ》
電話は切れた。
吉田さんは訳も聞かずに頼まれてくれた。
「マリ先輩、瑠美!」
「分かってる」
「準備できてるよ!」
「ねぇ、何!? 彼氏はどうなったの!? 吉田って男なのか? ゆ、ゆるせん……! 娘はやらんぞ、吉田ぁああああああ!!!」
◇◇◇◇
《次が最後の曲だよ!》
【お疲れ様〜!】
【今日は楽しかった!】
【会場の一体感もイイね】
【最後に皆で何か一緒のことしたいな】
《えぇ? でも掛け声とかはムリだし……》
【コメント欄は『羽咲ホノカ』でよくね?】
【『ホノカサイコー!』とかでもイイよね】
【会場はどうする?】
《確かに、折角来てくれたのにコメントだけってのもねぇ》
【じゃあ、クラクションで『羽咲ホノカ』の回数だけ鳴らすっていうのは?】
【あり!】
【あり寄りのあり】
《おっ、反応いいわね! 皆投票してぇ!》
◇◇◇
「せ、先輩! SNSを見て下さい!」
「うわ、何だこれ? 俺達の車の画像が滅茶苦茶拡散されてる!? それに通報した連中もいるだと?」
「あの動画のせいで、警察が事件性に目をつけたみたいですね……これは場所が割れると厄介なことになるかも」
「ここの場所がバレてないのはおそらく、大まかな場所は分かっても具体的な所在が割れていないからか。この数の車じゃハンパない数の野次馬が見つけようとしたって一台だけ探し当てるのは骨だろうからな」
「先輩……やっといた方が良いですかね? クラクション」
「そうだな、周りの奴らに合わせとくか。『ハネザキホノカ』で七回だよな」
「あっ……雨ですわ」
「降ってきやがったか。ライブももうすぐ終わることだし、雨じゃ寄り道する奴もいないだろう。そろそろ渋滞も抜けられそうだな」
後輩の男がスマホを開いてホノカの名前を確認するのを、運転席の隙間から私は見た。SNSのトレンド欄には『ハネザキホノカ』の七文字が一番上に浮かんでいた。
◇◇◇
ようやく全ての曲が終わる。
宴もたけなわ。
夜空に光り輝く電光掲示板が、やりきったホノカの笑顔とともに夢のような時間の終わりを告げる。
《…………せえの!!》
最後の力を振り絞り、夜の静寂に木霊する。嘘のように澄んだ空気の層を透明な彼女の呼び声がガラスの棘のように貫いた。
「今だ。鳴らせ」
ハ・ネ・ザ・キ・ホ・ノ・カ!
パァーーーーーーーーーーーーン!!!!
◇◇◇
1000:見つけた
◇◇◇
【いたぞ】
【見つけた】
【端っこ!】
◇◇◇
「な、なんで!? ハネザキホノカで七文字じゃないのか、オイ!?」
「いや、確かに確認したはず……!」
「ハザキホノカ……ですわ」
後部座席の男が振り返った。
「何だと?」
「トレンドのはフェイク。私の友人たちならそれくらい朝飯前でしてよ。さあ、今すぐ私のことを解放しなさい!」
「クソ、早く出せ!」
「きゃあっ」
後部座席に頭を押さえつけられ、下を向かされる。車は観客を蹴散らすように大通りへ向かって走り出そうとしていた。
「カノンちゃぁあああああああん!!!!」
「……へっ?」
すると突然、目の前に現れた対向車のハイビームに目潰しを喰らい、慌てふためいた運転手は咄嗟に急ブレーキを踏んで停止する。
「うわぁっっ……!」
慣性の法則でジェットコースターのように前につんのめった私たちは、踏んづけられたカエルのごとく無様なうめき声をあげた。
コンコンコン。
不意に車窓をノックする音。
怖い、誰だろう。
逆光で何も見えない。
気がつくと周りの車がみんな、私たちの車を取り囲んでライトを照射していた。まるでライブのスポットライトのようだ。
「開けなさい、君たちに話がある」
「だ、誰……警察ですか?」
「違う。私だよ」
その声って、まさか。
「久しぶりだね、香音」
お、お兄様…………?
どうしてこんな所に?




