釈明会見
よく晴れた日曜日の昼下がり、俺は何故か瑠美の隣でマイクの前に立たされていた。
「何でこんなことになってんの?」
「いや、全部バカのせいだから」
【常時罵倒で草】
【結局前回どうなったの?】
【聞くな。察しろ】
【エッッッ……!】
踊る文字列は前回よりも更に勢いを増している。と言うか、多くなってないか?
「あー、前ので十万人超えたから」
「うぞっ? すげくない!?」
うぉーマジかい。
トレンドの力って凄い。
「くっ……私より先にバズるとか」
「そのことに命かけてるもんな」
「うっっっさい!」
【耳イタイww】
【これは妹反抗期ですわ】
【ムキになってるのかわええ】
プライドの高いこいつにとって、自分の実力とは関係なしに話題になったのが許せないんだろう。肩の力を抜かずに何事にも全力で挑戦するこいつの姿は時折眩しく見えることもあるが、常時肩の力を緩めまくってる自分にはとても真似できないと思ってしまう。
「で、今回の用件は?」
瑠美の性分からして、目下邪魔な存在の俺を呼び寄せることは余りしたくないはずだ。それをわざわざ呼ぶからには何かしらの理由があるんだろう。
「今回はアンタに説明して欲しいの。リスナーから質問来てるから、私との関係とか普段の様子についての誤解を解いて」
「あー、なるほど。そういうことね」
前回の件で、現在もルルミには様々な噂がついて回っている。妹はともかく、子持ちだとか言われるのはイメージ的に宜しくないということなのか。もしかすると運営の人とかとも話し合ったのかなぁ。
【何も知らされてないんかいw】
【逆に信憑性高いわ】
【いや待て、既に調教済みの可能性も……】
「誰が調教済みか!! 何でも答えてやらぁ!」
【チョロすぎん?】
【だが、そこがいい。】
【拝み倒せば大事なこと教えてくれそう】
<<質問:今日のパンツの色は?>>
「色は忘れたけど、パンツもシャツもズボンもし○むらだよ」
【お、有益な情報サンクス】
【その情報は別にいいです】
【むしろ何に使えるんだ……?】
「ちなみにルルミのパンツはユ○クロ……お"ぉおおん!!」
「マジでバカ? 次はお尻ですまないから」
思い切り尻を叩かれた。
少し調子に乗りすぎたかもしれん。
【ハァ……ハァ……お尻で……?】
【ナニが済んだのか】
【やめなさい。】
<<質問:普段はどんな話するの?>>
「何でも好きな話するよ」
「こっちはバカって言うくらいかな」
【ひでぇww】
【一方通行の愛】
【妹カワイソス】
【てか実際どう言う関係なの?】
<<質問:バカは娘? 妹?>>
「殴っていいですか。家族なのは本当。まあ本当は娘でも妹でもなく、おに……」
「おねえちゃん!」
【急に吠えたな】
【姉ちゃんてマジかい……】
【嘘つくな】
【いやでも、確かに喋り方は大人】
【うん。まあバカだけどww】
【妹系は一応真実だったか】
【ねえちゃんとふろはいってる?】
【↑ここにマジの小学生がいます。】
<<質問:今後も絡む予定ある?>>
「時間的にこれで最後かな。今の所、絡む予定はない。と言うか永遠にない。前回の件は事故だったけど、曲がりなりにも配信を邪魔して申し訳なかったと思ってる。コイツわがままで生意気な所もあるけど、何事にも一生懸命で、きっと皆の期待に応えられる様に頑張るから。これからも応援してやって」
【姉御……!】
【姐さん!】
【てぇてぇ】
【尊いものを見た気がする】
【これは俺たちで守っていくしかないな】
「喋りすぎ、私のチャンネルなんだけど。今日はみんな見に来てくれてありがとう! いろいろビックリさせちゃったと思うけど、次回も楽しみにしててね〜!」
【おう!】
【今日のことで好きになった】
【さよなら姉ちゃん】
【また何処かで会いましょう】
【ロリロリボイス最高ぉおおお!!】
【クッソww台無しだよwww】
「あはは……」
愉快な奴らだ。こいつらとなら瑠美も楽しくやれそうで安心した。
「今日はありがとう」
終了後、珍しく瑠美に礼を言われた。
よもや明日は雪かと思わず窓の外を見る。
「何外見てんの? 意味わかんない」
「ご、ごめんごめん。珍しいこともあるもんだなと」
「私だって礼くらい言うし! それに今、私結構ガチだから」
いつものことじゃないのかと思ったけど、そう言えばコイツは熱まりやすく冷めやすい性格でもあった。それが長続きしているのは珍しいかも知れない。
「何でそんなやる気になったんだ?」
「あのさ、今って暗い世の中じゃん。みんな何となく元気なくて、それでも普段と変わらないように暮らしてるけど」
驚いた。瑠美もそんな事を考えるんだ。
窓の外は晴天。往来にはマスクをした人々が行き交い、表情の分からない彼ら彼女らは何処か覇気がないように見える。
「私もうすぐ大学生じゃん。けど授業もまだやれない所もあるしさ。正直最初は目立つだけが目的だったけど、今はちょっと違うよ」
二人して机に寄りかかる。
目を見て話すのはいつぶりだろう。
「しんどいなって思う時、気を紛らわせるものって必要なんだよ。それになれるとしたらちょっと凄い事なんじゃないか、って」
「凄いなぁ、瑠美は」
「何? 偉そうにしちゃって」
連日のニュースはひどいラインナップで、似たような話題が螺旋のように毎朝ぐるぐると回って。また明日もきっとそうだけど。
それでも誰かの笑顔を願う気持ちが負けないように、孤独な人たちにも届いて欲しい。いつの間にか妹は素敵な女性になっていた。
「応援してるよ」
「あんがと」
今日だけは意地っ張りも素直になれる。
不思議な日曜日の魔力だった。
◇◇◇
昼下がり、瑠美と二人で留守番を続ける。何となくリビングで怠けていると、バイブの音が鳴り響いた。瑠美の携帯だ。
「ハイもしもし……え!? 本当ですか?」
一オクターブ高い電話の声を聞きながら、午後の陽射しの中で微睡む。皮張りのソファに頬を押し付けていると、そのまま蕩けてしまいそうだ。
「ねぇー、アンタさぁ」
とろ〜ん……。
「え何その顔ウケる。写真撮るわ」
「やめろ〜」
俺の痴態を撮影しながら、何ともなしに瑠美は聞いてきた。
「アンタさ、Vになる気ある?」
「……はっ!?」
忽ち眠気は吹き飛んだ。