ゆるせん!!
カノン先輩の人気が上昇している。先日の件をきっかけに親しみやすさが上がったのか視聴者は増え、登録者数も増した。
しかし、それ以上にすごい人がいる。
《みなさん!! おはこんばんわ〜!! 今日はコラボでこのチャンネルにお邪魔しています! 水田マリモで〜す!》
マリ先輩だ。
彼女は先日の電話の件以降、俄然やる気を見せ始め、先輩や別の事務所のvtuberとも積極的にコラボするようになり、急速に活動の幅を広げている。
天然キャラが受けたのか人気は目下急上昇中で、勢いに乗るカノン先輩以上のスピードで登録者数を増やしている。
同じ事務所の俺たちとしてはマリ先輩の躍進は望ましいことの筈なのに、遠い存在になったようで少し寂しくも感じる。
それでも応援してあげようと後輩達の総意は固まっているのだが、若干一名、現状を受け入れられない人物がいる。
《さっきから聞いてますの、ユウ? マリったら最近おかしいんですわ!》
「はいはい、聞いてますって」
夜中にいきなり電話をかけてくるなり、カノン先輩は違和感をぶちまけた。俺からすると自然な流れでも、何も知らない先輩にとっては無視できない変化だったのだろう。
《突然他の配信者とコラボを始めたり、以前なら着なかったような服を着て急にお洒落になったり、挙げ句の果てにダイエットだと言って好物のアイスを封印したのですよ!? あんなに大好きだったのに!》
いや知らんがな。
しかし、どうやらマリ先輩は恋に目覚めて頑張っているらしい。個人的には素直に応援したい。
《どう考えても何かありますわ! よもや、好きな人でも出来たのでは……!?》
「そうかも知れませんね。でも、そのお陰でいろいろと上手くいってるなら別に良いじゃないですか?」
《良くありません! もう2日間もあの子とまともにお喋りしていませんのよ!? 私はもっとマリとお喋りしたいのですわ!》
「いや全部あんたの都合じゃん!?」
自分がそんな体たらくなのによく恋しようだなんて思ったな、この人。
「いっそマリ先輩と付き合っちゃえば?」
《な!?……そういう方向にいきますの?》
「性別なんて意外と曖昧なもんですよ」
《貴方が言うと説得力ありますわね……》
狼狽える先輩を見てイタズラ心がうずいた俺は、出し抜けにこう聞いてみた。
「どうします? 仮にマリ先輩が、吉田さんと付き合うなんてことになったら」
《そ、それは……!?》
尋ねた途端、カノン先輩は分かりやすく取り乱した。
《親友と想い人を同時に失うなんて……一体私はどうしたら良いんですの?》
「知らないっす」
《こうなったらマリを死守する為に、一刻も早く吉田さんとくっつかなければ!! ユウさんも協力して下さる!?》
「嫌です。面倒くさいんで」
《きぃいいいいいい!! なんて薄情な後輩ですの〜!?》
謎な展開になってきた。やっぱり他人の色恋沙汰なんて首を突っ込むもんじゃないな。飛び火しないうちに戦略的撤退だ。
◇◇◇
最近、内輪で色恋沙汰が流行っている。他人の恋なんぞにサラサラ興味のない俺でも、身近な話題は何かと耳に入ってくるものだ。
《吉田さんって、かっこいいよね♪》
「はぁ?」
リビングで日曜朝の儀式をしていると、瑠美とホノカの電話の声が後ろから漏れて聞こえてきた。
バッタバッタと敵を薙ぎ倒すカラフルな少女達を眺めつつ、何となく背中で会話内容をキャッチする。
《この前の会議の後にちょっとした追加機能を頼んだら、吉田さんが"余ってるから"って近所の喫茶店のクーポンを送ってくれたの! 親戚の子とかにあげるように取ってあるんだって。"世間が落ち着いたら行っておいで"って言われちゃった〜! 子供好きで気の利く男の人って何だか可愛いよね!》
「へえ。良かったな」
けっ、それはイケメン限定だろうが。
他の大抵の男は"子供好き"とか言った途端、警察にしょっぴかれる世の中なんだよ!
現実を省みない浮かれた連中はタチの悪いイケメンに捕まって恩情も金も何もかも搾り取られるがいいわ……!
「あ、なんか急に電波悪くなった」
《あれ、本当だ。何でだろう?》
俺の背から放たれた負のオーラが届いたのか電波が乱れ、瑠美が部屋の隅にあるルーターの調子を見るために立ち上がる。
机の側を離れる際、瑠美は釘を刺すようにホノカに言った。
「あんまり真に受けない方がいいよ」
《瑠美……?》
「迂闊に手を出さない方がいい。男にはね」
何となく気になって頭に残る。そんなことを口にする瑠美が珍しかったからだろう。
悶々としたまま俺はテレビを見続けた。
◇◇◇
部屋に戻った俺はネットで検索してみた。事務所の名前の後にスペースを入れ、"恋人"とか"彼氏"などと打ち込んでみる。
古い記録を辿っていくと、過去に誰かが誰かと付き合ってるのがバレて炎上したとか、それらしき記録が残っている。
知り合いの名前も試しに打ち込んではみるものの、例のカノン先輩関連の他には今のところ特に何も引っかかるものはない。
"夜来ユウ 恋人"……0件。
"羽咲ホノカ 恋人"……0件。
"水田マリモ 恋人"……0件。
………
"夜来ルルミ 恋人"……32,500件。
「……なっ!?」
どういうことだ。
ルルミに恋人?
仮に恋人が居たとして、世間が何故それを知っている?
……というか。
「ゆ、許せんっ」
俺の瑠美ちゃんに手を出すなんぞ、どこのどいつの仕業だ。
今すぐお仕置きして"解らせて"やらなければ、兄として個人的に気がすまない!!
許せん。
ゆるせんゆるせんゆるせん……っ!
「ゆるッ……せぇええええんんん!!!!」
「うっさい……バカァアアアアア!!!!」
ドンガラガッシャーン!
《きゃああ! 何今の! 雷!?!?》