親フラならぬ兄フラ
今日は主に俺の件で目まぐるしい思いをしたわけだし、瑠美もまだ頭の整理が追いついていなくて当然だ。今日くらい休めと言ってやりたいところだが、奴の性格上、妥協は許さないだろう。
「頑張れ」
一言だけ告げて去る。こういう時、例えば彼氏とかだったら気の利いたセリフを気楽にかけられるんだろうか。兄であることを今、少しだけ恨めしく思った。
「ユウキは先に風呂入れ」
「え……こ、この体で?」
「あー確かに。どうしてもと言うなら母さんに一緒に入ってもらうよう頼もうか?」
「や、結構です。余裕で入れます」
幼女化した体を自分で見るのと、そのうえ母親に見られるのだったら前者の方が傷が浅いに決まっている。ここは男らしく女の体を見事に洗ってご覧に入れよう。
◇◇◇
結論から言うと洗い直された。母曰く、女の体はスポンジでゴジゴシ擦ったくらいでは全然ケアが足りないらしい。そこまで強力な汚れがこびりついてるのかと聞いたら何故か怒られた。解せぬ。
「そろそろ瑠美を呼んできてくれ」
少し遅いが夕飯の時間だ。他は全員食べ終わってしまったので実質運ぶだけなのだが、いつまで経っても瑠美が取りに来ないので様子を伺いに行かされる。
コンコン。
部屋のドアをノックをしても音沙汰ない。もう配信は終わったはずの時間帯だし、問題ないとは思うが年頃なので一応気を使う。
やはり何度やっても返事が返ってこない。まさかそんな事はないとは思うけど、今日のことで整理がつかずに俺との接し方に困っているのだろうか。頭の中で否定しかけた時、不意にさっき見た瑠美の涙が脳裏を過る。
音を立てないようそっとドアを開けた。
幸い鍵はかかっていないようだ。
調べると瑠美は机につっぷして寝ていた。疲れていただけかと安堵する。
「そんなとこで寝たら身体痛めるぞ」
一瞬ベッドに運ぼうかと考えたが、今の体格差では無理がある。早々に諦めて起こそうと思った所で異変に気がついた。
【これは絶対に寝てる】
【寝息聞こえるの?】
【変態氏ね】
【その発想がhentai】
つきっぱなしのPC画面には停止した状態のルルミが映し出されている。毎秒更新されるコメントの勢いは留まることを知らず、瞬時にSNSを開いてみれば矢張りというかトレンドの半ば辺りにルルミの名が踊っているのを見つけた。
「おいバカ、やばいことになってるぞ!」
普段と逆の立場で罵倒する。割と強めに呼びかけているのに全く目覚める気配がない。そんなに疲れてたんだろうか。
【大型新人誕生の予感】
【後に伝説になるパターンや】
【後世に語り継ぎたい】
【この耐久レースいつまで続くの?】
朝まで、何て冗談言ってる場合じゃない。今起こさないと後で不機嫌になって明日以降家庭内の雰囲気が急激に悪化することが長年の妹研究により実証済みである。
ここは何としても起きて貰わねば!
【ママ、起きて】
【先にママが寝ちゃダメ】
【寝てる間に勝手にオギャられてて草】
【一緒に寝たい(素直)】
【したら56すから♡】
【ママ〜、ママ〜、ママ〜】
「ふっ……ママ……」
【!?】
【誰誰誰⁉️】
【ロリ声乱入】
【普通にルルミじゃないの?】
【にしては高くね】
【舌足らず】
【家族?】
えっ、あっ。
そんな罠ある?
【妹かな】
【妹系Vに妹とは……?】
【娘っしょ】
【ヤバすぎww】
【リアルな方でママだったかー】
あかん、どんどん大っきくなってく。
もうコレ収拾つけらんないぞ。
とにかく早く切らないと。
「……あっ、あの」
【お?】
【妹キターーー!】
【もうどうなってんだかww】
「ルルミの家族です。ちょっと今、寝ちゃってるみたい」
【今すぐ叩き起こせ】
【鼻の穴に指突っ込んで】
「殺されるんですけど!?」
【oh……これは】
【内弁慶やったか】
「普段どんなキャラなの?」
【妹系】
【みんなの妹】
【リスナーを"お兄ちゃん"って呼んどる】
【守られ系】
「え〜……?」
【妹ご不満ww】
【嫌がってて草】
【そろそろ締めたほうが良くね?】
本当だ。
趣旨をすっかり忘れてた。
「どこ押せばいい?」
【配信終了、てとこ押せばおk】
【もうロリロリボイス聞けないの惜しい】
【稀に聞くロリ具合】
【最後なんか言ってーー!!!】
「えぇ、どうしよう……ルルミのパジャマは○ニクロです。また見てね〜」
【勢いで草】
【おつー】
【おつ。情報リーク助かる】
【乙】
◇◇◇
一仕事終えた俺は瑠美を起こし、大まかに経緯を説明して夕飯を食べさせた。あいつは本当に疲れていたらしく、その日は特に何もせずに皆眠った。
そしてそれが昨晩の話だ。
《おはこんばんはー!》
幼女化したところで暇なのに変わりはなく当面の間は両親から課せられた労働の義務も免除され、手持ち無沙汰な俺は何となくルルミのライブ配信を眺めていた。
先日の放送で寝てしまったルルミの人気は意外なことにむしろ高まり、結果オーライで良かったと安堵するばかりである。
今画面には、謝罪会見と称してコメントを拾って言い合いをするルルミの姿が映し出されている。へこへこと謝る低姿勢な瑠美は想像がつかないが、ルルミだと変には思わないのでこういう人達って皆凄いなあと感心してしまう。やってて疲れないのかな。
【ゲーム配信中に寝たやつ初めて】
【逆に新たな一面を見れた気がした】
【何だかんだ優等生だもんね】
《いやぁ〜、そんなこともないよ? 家では割とおっちょこちょいだし》
【家と言えば】
【ご家族は元気?】
【娘は学校?】
【小学生はもう下校の時刻だろ】
【大きすぎワロタw】
《は? 娘?》
【流石に妹だろ】
【だから妹系の妹とは】
【ほら、皆の妹だから……】
【早くロリボイス聞かせて】
【↑通報しました】
《え? 妹って……何の事?》
あ、そういえば伝えてなかったな。そんな広まってないだろうと思って俺が話した事は黙っていたんだった。
【祝トレンド入り!】
【姉妹同時はレア】
【だから母娘だっつってんだルォ!?】
【はいはい つよい つよい】
え、マ!?
驚いて検索をかけると確かに出てくる。
昨日の深夜から朝方にかけてルルミの妹、あるいはルルミの娘、というワードが氾濫を起こしている。やべーやっちまったな。後で問題にならないといいけど。
「ん?」
なんか聞き覚えのある足音が聞こえた。
部屋にいることが多いと足音で大体誰だか分かる。のしのしとしたのが父さんで、テキパキしたのが母さん。パタパタと忙しないのが瑠美の特徴だ。
「瑠美?」
いや、そんなはずはない。
だって今は配信中……。
【あかんキレたww】
【妹にげろー!】
【ルルミ、本性現す】
【虐待はあかん】
【姉妹喧嘩ならイイぞもっとやれ】
「やばっ……!?」
咄嗟に逃げようとドアに駆け寄った途端、外側から勢いよく開けられる。
「あっ……あっ」
「ねえバカ、何やってくれてんの………?」
これは死んだ。仁王立ちする瑠美の上背は今の俺より遥かに高く、手足だってリーチが違うし絶対に逃げられない。
「ごめん、良かれと思いまして」
「余計なことすんな」
「はい、すいまめん……」
ちょうど今、最近し○むらで買った枝豆柄のTシャツを着ていたので、渾身のギャグを織り交ぜてみた。どんなときもユーモア大切。
「バカ……お前さぁ、舐めてるっしょ?」
あっ、これは……あかんやつや。
SOS! メーデー! メーデーーー!
【静かじゃね?】
【もう消された可能性】
【妹、死す】
【意外と大丈夫なんかな】
「こンのバカニートぉおおお!!!」
「ふぇええん! ママごめんなさ〜い!」
【あww】
【駄目だった模様】
【やられ声ツボる】
【今日の配信もここまでかな?】
【そしてまた伝説へ……(予言者)】
「イタイイタイ! ぎぶぎぶぎぶぎぶっ!」
「こんなんじゃまだ足りないよね……?」
「あ"ぁん無理しんじゃうからぁ!!」
助けてぇええ!!!!
幼女化のせいで4の字固めも普段の数十倍痛い。脚が……そっちに向けちゃ……!!
「らめぇえええーーー!!!」
「うっせぇえええーーー!!!」
【乙。妹強く生きろ】
【おつ】
【おつかれ〜】
【今日も配信乙です】