悪役令嬢先輩
吉田さんの紹介が終わった所で、カノン先輩が疑問の声をあげる。
《……あの、さっきから気になってはいたのですが、どうしてお子様が紛れ込んでいるんですの? 察するに瑠美さんのご家族の方でしょうか?》
《それねぇ。私も気になってた》
《これは紹介が遅れて申し訳ありません》
「申し遅れました。オ……私が瑠美の姉で"夜来ユウ"の担当をしている者です」
《ええっ……!?!?》
中でも一番驚いたのはお兄さんだった。
《小学生だと思ってた!》
やっぱりね。
そんな気はした。
《ほ、ほんとうですの!?》
「そうですの」
《ガチロリ過ぎませんこと……っ!?》
《もぅ〜カノンちゃん、失礼だって》
「って言っても保険証にも……ほら」
《なっ、本物……人体の神秘ですわ》
驚愕しているカノン先輩をよそにマリ先輩が先に自己紹介する。
《花森マリです! "水田マリモ"の担当をしています! よろしく〜!》
"水田マリモ"はおっとりとしたキャラクターが人気のvtuberだが、中の人の雰囲気と全く相違がない。後どちらも胸がデカいのはやっぱり合わせたんですか。そう言うこと考えるのってやっぱり犯罪なんですかね?
おっぱ……おっとり担当のマリモ先輩の次はカノン先輩の挨拶だ。
《一ノ瀬カノンですわ。"二条院カノン"の担当をしております。以後よろしく》
丁寧な所作でお辞儀をしたカノン先輩は周囲との風格の違いを見せつける。カノン先輩とマリ先輩は学生の頃から親交があり、同じ道へ進んだ唯一無二の学友としてとても仲が良いらしい。
《それでは報告に移ります。まずは先日、ユウさんの収益化が達成されました》
《おめでとう〜!》
「先輩……ありがとうございます。これで私、親に尋ねられた時も職業は"vtuber"だって答えられます……ううっ……!」
《な、泣いてらっしゃる。きっといろいろと苦労された方ですのね……》
《そして一ノ瀬さんはまた"炎上"しました》
《ふん! 周りがいけないのですわ!》
《えぇ〜!? カノンちゃんまたぁ!?》
カノン先輩は世にも恐ろしい"炎上系"である。それは触れる者を皆巻き込み、ことごとく燃え上がらせてしまうという危険極まりない存在。お嬢様キャラと相まって、SNSを別の意味で賑わせる人騒がせな存在でもある。
なお、胸はない模様。
《それからホノカさんとマリさんにはゲームの広告依頼が企業から届いています》
《企業案件ね!》
《分かりました〜! お任せください!》
《あとルミさんにはペット業界から首輪の広告依頼が届いています……ぽっ》
「え、何で私だけ?」
運営さん何故そこで頬を染めるんですか。
◇◇◇
会議は滞りなく進み、報告は済んだ。
《ではまた後ほど》
《お疲れ様でした》
《ですの》
《おつかれ様〜!》
「皆さんお疲れ様です」
「貴方もお疲れ様でした、"†幻影の……"」
《おつかれさまでしたぁああ!!!》
「……ククク」
俺と瑠美はリビングを離れ、それぞれの部屋に戻る。しかし、実は俺のタブレットはまだ"ある人"と繋がったままだった。
「で、何の用ですか。カノン先輩」
《引き留めてしまい、申し訳ありません》
会議が終わる直前、実は机の下のスマホに連絡が来ていたのだ。メッセージの内容は少し話がしたい、というもの。一体何だろう。
「いいですけど……話って?」
《実は、幾つか尋ねたい事がありますの》
「はぁ。答えられる事でしたら」
改まって居住まいを正すと、先輩の姿勢の良さが際立つ。お嬢様っぽい口調と言い、どういった経歴をお持ちなのだろう。
《一つ目は、あなたは吉田さんとお知り合いなんですの?》
「あぁ、確かにそうなりますね」
大した関係ではないけれど、顔見知りであったことは確かだ。
《ふ……ふぅん、そうですの》
答えるとカノン先輩は何処かソワソワし始める。吉田さんのこと好きなんですかね?
「好きなんですか?」
あ、やべ。聞いちまった。
《べ、べ、別に好きというわけじゃ!!!》
あ、はい。
そうですか。
好きなんですね。
《ただ彼と仕事のことや趣味のことなどで、ちょっと話してみたいなんて思っただけで》
「いや、それを好きと言うんじゃ……」
《お、おっほん。それはもう結構ですの……二つ目は貴方の人気について知りたくて》
「人気? オ……私がですか?」
《そうですわ。貴方はどうしてそんなに人気なのか興味があるんですの。私は普段から"炎上系"などと呼ばれていますからね。どうして貴方のように歌もゲームも上手くなく、特技も差し当たってないような方が人気なのか、恥を偲んでご教授いただきたいんですの!》
……なんか炎上の理由分かった気がする。
《そしてもう一つ。未だに信じがたいので、貴方の保険証をもう一度よく見せて欲しいんですの》
「はい、いいですけど……」
言われた通り顔の横に保険証をかざす。
《……ずっと気になっていたんですが》
「はい?」
《デリケートな話題ですので公の場で聞くのを控えていたのですが……同僚として、確認だけさせていただいても宜しくて? 貴方、男性……ですの? 保険証に記載が》
あっ。
保険証は男性のままじゃん。
《あ、あのぅ……何で黙ってるんですの? 言いづらいことなら無理に言わずとも……》
「…………見たな?」
《ヒェッ……!?》
俺の秘密、先輩にバレる。
◇◇◇
秘密を知られてしまった俺は、これまでの経緯を掻い摘んで説明した。
《つまり、薬の副作用ということですの? そんなことってありまして?》
「あったんだな〜、これが」
《それって歴史的発見では……?》
真面目な先輩は腑に落ちないように考え込む。世の中なんて意外と適当なもんっすよ。
《……ハッ。話が逸れてしまいましたわ。元々は質問するつもりでしたのに》
「あぁ、さっき言ってた人気の件?」
《そうそう! それですわ!》
しきりに首を縦に振るカノン先輩。何かこの人からもポンコツの香りが漂ってくるのは気のせいだろうか。
「うーん、そうだなぁ……ちょっと普段の様子を見て見ないことには何も」
《普段の様子でしたら、ここに切り抜きの動画がありましてよ!》
即座にメールでURLが送られてきた。
今からこれを見ろと。
「はいはい、分かりましたよ……っと」
仕方なく俺はそのURLを押した。
◇◇◇
now loading……
【二条院カノン炎上シーン集】
世にも恐ろしいタイトルだった。
これが普段の様子かよ。
まず最初のカットでは、先輩のアバターが雑談配信をしている場面だった。
先輩のアバターである"二条院カノン"は巻き髪のお嬢様のような格好をしており、何だか婚約解消後に処刑されそうな某、悪役令嬢のような見た目をしている。
現実の先輩はストレートヘアーだが、口調などはまんまそっくりで、性格も公式設定と被っている気がしないでもない。
《今日最初のお便りはこれですわ〜!》
<< お嬢様、ご機嫌麗しゅう。私近々お屋敷に配属予定のセバスチャンと申します。執事として最低限の知識を持っておかなければならない為、質問させていただきます。お嬢様のおっぱいのサイズはAAでしょうか。それともAAAでしょうか。胸パッドの準備は必要ありますでしょうか。お召し物の準備のために必要ですので、悪しからずお答え下さい。無論他言は致しません>>
【聞いたの誰や。他言無用やで】
【俺だよ】
【俺も】
【いや俺】
【it's mine】
【なんだ全員か】
【セバスチャン大量】
《きぃいいい!!!! この手の質問本当に多すぎですの!! 失礼千万ですわ!!》
【落ち着けアバターだろ】
【怒るってことは、ね?】
【この反応は……(ペロ)貧乳ロリ!】
【なぜ舐めた??】
【貧乳おいちい】
【ロリコン大杉】
【それ来るチャンネル間違えてない?】
【夜来ユウの所に行け】
いやこっち来んな。
《 全くこれだから男性は…… 》
【おっと?】
【差別的発言】
【もし女性だったらどうしてくれんの?】
【↑いやそれはない。】
【↑こんな子居たら嫌だわ……】
【せめて男であってくれ……】
《第一おっぱいがそんなに重要ですの!?》
【うん】
【当然】
【最重要事項】
【命の次に大切】
【当たり前だ(某海賊風)!!!】
【分かりきったこと聞かない】
【YES】
うわっ、一瞬で来たよ。
こいつらめ…………完全同意です。
【や〜い貧乳♪】
【一回見せてみ。絶対馬鹿にしないから。】
【↑爽やかなhentai】
【プロや……】
《そんなに言うなら見せてやりますとも!》
【マジギレ草】
【いや本当に見たいんだけど】
【同人誌で我慢な?】
【夏コミはよ】
【自粛で消える(予言)】
【↑ありそうw】
【やめなさい……泣】
うん、先輩。煽り耐性なさすぎ。
◇◇◇
《なぜかいつもこうなってしまうんですの。何かいいアドバイスはありませんか?》
「うーん……そうだなぁ」
こんな風につけ込まれるのは皆から舐められている事が原因な気がする。要するに本人が"可愛い"って分かれば大体解決するのだ。
「それなら、今はこれがありますよ!」
《これって?》
俺が隠し持っていたのは、一枚の板チョコだった。
「バレンタイン企画、始動!」