図書館イベントと女ってズルい?
平日の図書館は人が少ないかと思いきや意外と混んでいる。
パンデミックで社会が一変するまで本など見向きもしなかったであろう人々が、今では数少ない娯楽のように近所の図書館に通っているのだ。
「う〜〜ん……」
そんななか俺は隅の机で唸っていた。
側には誰もおらず、独りである。
ここへ来たのは薬による性転換の原因の手がかりを探すためだった。実は瑠美には内緒で例の出来事の後からここに通い詰めそれらしき本を読み漁っては調べている。
しかし書架から引っ張り出して来たものの内容が難しすぎてサッパリなものや、逆に古すぎて役に立たないものなどが多く常に調査は滞っている。
……うーん。
これもダメだったか。
仕方ない、次の本を取りに行こう。
"keep distance"
フリースペースとして解放されている机の脇を通ると半数ほどの席にそう書かれた張り紙がくっつけられているのが見えた。
そこに陣取っているのはPCを広げた会社員や何かの参考書を開く人など。子供を除けば老若男女問わず揃っている。
長居してはいけない決まりだったはずだがあの人達はどうみてもそれ以上居座っているように思えてならない。まあ仕方ない。罰則も定めずモラルに期待する方がバカなのだ。
「すみませ〜ん」
カウンターは天井から降ろされたビニールの垂れ幕のようなもので仕切られている。しかしこれだけ感染対策をしていても、奥から司書たちの笑い声が聞こえてくるんじゃ意味はあるのだろうか?
「は〜い!」
呼びかけるとやっと案内の人が出てきた。なんか出てきてこっちに来るの早かったぞ?
「この本どこにあるか分かりますか?」
「こちらの本ですね? ご案内致します! ついて来て!」
あーこれは……おそらく来客に聞かれるのも稀なんだろう。割と大きな図書館で司書も何人かいるようだし、それに対して仕事の量は少ない。もの珍しい案内役だったもんで、ついつい張り切ってしまったのかな。
「アの本はこちらです。その中でも番号が125なので……」
すごく丁寧に説明してくれる所申し訳なく思えてくる。正直言ってもう余り調べるのに飽きてきてるんだよな。だから次の本も多分そこまで真剣に読まないという……。
「この辺りですね、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「あら、そう!? 良かった!」
エプロンのお姉さんは笑顔で帰った。
「……ふぅ」
分厚そうな本に疲れを感じる。この身体になってから体力が落ちてるんだよな。また運ぶの頑張らないと。
そう思い本棚に手を伸ばしたところ、誰かと手が重なる。驚いて見上げると意外な事にそこには見知った顔があった。
「あっ」
「君は、この間の……」
大きな目に通った鼻筋。高い身長。
それにこの声とくれば間違いない。
以前、あの書店で会ったお兄さんだ。
心なしか重ねた手が熱い。
「……ぷ○きゅあの子か」
ねぇ、それで思い出さないで!?
◇◇◇
お兄さんは先に本を渡してくれた。そのうえ受け取った本を重そうに抱えていたら見かねて机まで運ぶのを手伝ってくれた。
「ありがとうございます」
「いやいや」
俺が席に着くとお兄さんは二つ隣に腰を下ろす。間は" keep distance "の席だ。
本に目を下ろしつつ横目でお兄さんの様子を伺う。スマホを弄るでもなく、少し物憂げに肘をついて窓の方を眺めている。長い睫毛が午後の陽射しを受けて光る。その眼差しの先にある物は何なんだろう。
何となく気になって手元の本を見る。
題名は『女の子の身体の成長』。
「女の子の身体に興味があるの?」
「うん……?」
し、しまったぁあああ!!
これでは変態ではないか!!
「いやあの! この本の題がそうだから! それに、スマホも見ずにじっと待ってるし」
「ああ〜。なるほどね」
お兄さんは面白そうに笑って言った。
「キャラクターのモデリングってあるだろ。それにちょっと資料が必要なんだ。スマホは職業柄見る機会が多くて好きじゃないだけ」
「そ、そう……」
なるほど。別に少女の成長を研究している変態では無かったという訳だ。
「今丁度、詰めに入ってんだよ。この辺だ。鎖骨の窪みの辺りが気がかりでさ」
細長い白魚のような指が鎖骨をなぞるのを見ると、何故かどきりとさせられる。美しいとはこうも罪作りなものか。
「キャラクターって、ゲームとか?」
「いや、なんて言うか……」
お兄さんは躊躇いがちに口にする。
「……vtuberって分かる?」
「vtuber!?」
思わぬところで出てきた名前に食いつく。それを見てお兄さんは意外そうな顔をした。
「おっ、珍しいな。知ってるのか。やっぱり若い世代は違うな。年上に言うとそれだけで偏見の目で見られるから」
あはは、とお兄さんは笑う。
俺はもっと彼と話してみたくなった。
「……知り合いにvtuberがいるんだ。それでちょっと興味があって」
「本当か!?」
「うん。モデリングって何? 絵とか?」
「いろいろだな。俺は絵も描くけど」
「マジ!? すごくね!??」
思わず素が出てしまったが問題はなかったようで、彼は自分の仕事について楽しそうに語ってくれた。自分の話ばかりする奴は嫌いだが、彼のそれは嫌味ではない。
「あ、やば。仕事行かないと」
「頑張れ〜」
応援するとお兄さんは茶目っ気を顕にして小さくグッドサインをする。
「遅刻しそうだから行くわ」
「はは、何で気づかないんだよ!」
「つい夢中になっちまった。何でかな」
「何で?」
尋ねるとお兄さんは暫し考え込み、何ともなしにこう言った。
「君が可愛い女の子だからかな?」
ワシワシと俺の頭を撫でてからお兄さんは足早に去って行った。
な……なんてチャーミングな!
俺、男だけど。
男だけどさぁ。
どうして可愛いなんて思ったんだろう。
その訳は深入りしてはいけない気がする。
"keep distance"
そう、お前の言う通りだ。
◇◇◇
「女の子ってズルいのかな?」
【は?】
【突然どうしたww】
その日の雑談配信でリスナー達にも聞いてみたものの、有益な情報は得られなかった。
でも、やっぱりそうだ。
お兄さんだってきっと女児相手じゃなきゃ話をしてくれなかったに違いない!
「あー、やっぱりそんな気がしてきた……!」
【いきなり謎】
【何かあったなこれ】
【夜来ユウご乱心】
【例えば、どんな所が?】
例えば?
えーーっと。
「女はスカート履けるのに男はダメな所とか?」
【たしかに☞】
【天才か】
【えっ……それは……】
【お前らそんなに履きたい?】
【(ズルくは)ないです。】
えっ。
そう思うの俺だけ……?