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悪童と軍師③

  「なるほど、伏兵がいるのはさすがにバレてるみたいだねー。」

 ダロン・リーは50歩ほど先の岩の上で、ジェズ・ジャン達が板切れを弄りだしたのを見てつぶやいた。

 「となると敵の作戦は・・・伏兵の攻撃をしのいで大将を捉えるってとこか。」


 ダロンは満足そうに頷く。事前の予想とほぼ変わらぬ敵の動きに、仲間たちへ危害が及ばぬことを確信したのだ。



 「士大夫ならともかく相手は貴族の息子だしねー。どんな汚い手を使ってくるかわかんないよ。」

 昨日の作戦会議において、ダロンは10人ほどの仲間たちに油断せぬよう注意していた。

 「ダロンあのさ・・僕ならもういいからこんなケンカやめにしない?」

 当事者であるシヨンがおどおどと提案する。

 「僕だって悪かったんだ。あの下士の息子が生意気なもんだから、つい学舎にも通えない貧乏下士なんて・・・」


 ダロンは毅然とかぶりを振る。

 「だからって僕たちをみなし子呼ばわりするのが正しいとは思えない。そんな言い草を甘んじて受けるべきじゃない。」

 「それはそうだけど・・・」

 シヨンは貴族の息子まで出てきてしまった事態に、責任を感じているようだった。


 「シヨン殿、心配はいらない。私は他国の出身であるし、明らかに非がある者を叩くのに、それが貴族の公子であろうと何の恐れもない。」

 リイファが励ますように言ってくれる。

 「まあ大丈夫っしょ。ダロンの作戦で行けば、俺たちは姿を晒さずに済みそうだしね。」

 ガンゾも逃げ腰ながらシヨンを励ます。


 リイファとガンゾは孤児院出身ではなく、大同学舎の基礎1年級で同窓の仲間だ。二人ともこの騒ぎを聞いて、助太刀を買って出てくれた。


 「じゃあもう一度復習ね。明日の朝は3時辰までにススキ野原に集合。各人の準備するものはもう分かったね?」

 「ダロンさあ・・・公子に向かってこれはマズイんじゃあ・・・」

 シヨンは作戦の中身についても消極的だった。


 「この作戦のポイントは、奴らを直接傷つけないって所だ。」

 ダロンはもう一度説明する。

 「まかり間違って公子をなぐり殺したりすることがないように。あいつらに勝手に転んでもらう。」

 「うーんわかるけど・・・これはねえ・・」


 「いやこれしかないっしょ。さすがダロン。」

 「私もこれが最善と思う。直接手を下さず戦意を挫くことができる。」

 ガンゾとリイファは賛成、そのほかの孤児たちもノリノリだった。もう方針は決まっている。

 「僕たちを見下す奴らに、自分たちの愚かさを思い知らせてやる。」


 

 そして今、彼らはススキ野原のススキの中で、息をひそめて作戦を実行しようとしている。今日は朝から一本道を踏み固め、罠を準備してと10人足らずで大変な作業だった。

 あと少しで作戦開始だ。

 

 ダロンは奇妙なことに、眼前の敵にも満足していた。

 貴族の子弟であれば、誰か腕利きの大人を助っ人として連れて来たり、高価な武器を持ち込んだりと色んな手段がありそうなものだ。

 なのに彼らは同じ年頃の仲間と素手で立ち向かってくる。そうすると予告してきた通りに。

 自分の準備が少し恥ずかしくなるほどの、清々しいほどの真っ向勝負だ。

 ダロンはジェズ・ジャンという公子に興味を覚えた。


 ダロンは奴らに向かって歩き出す。それを待っていたように、ジェズ・ジャン達は野原へ降りてくる。

 ゆっくりとお互いの距離を縮める。

 ダロンは横を向いて仲間を確認したい誘惑に駆られるが、じっと我慢して視線を逸らさない。


 お互いの距離が30歩ほどになったとき、ダロンは小声で言った。

 「行くぞ。」

 くるりと振り向き、反対方向へ走り出す。

 背後からジェズ・ジャン達の怒号が飛んだ。



 「ダロン君はそれほど足が速くないようだ。」

 カイファン・トイ卿は頭巾の中からつぶやいた。少年はまるでスキップするかのように走っている。

 「なんぞ策があって逃げだしたという事でしょう。」

 家宰のウーズはそう答える。


 その瞬間、悪童たちは全員ススキ野原に消えた。


 野次馬たちから驚きの声が上がる。

 「ここりゃあどうしたことじゃ!」

 「何が起きたんじゃあ!悪ガキどもが消えよった!!」


 「どうやら踏み固めたススキの下に、穴か開いているようですなあ。」

 「なんと・・落とし穴か?」

 「いやそれほどのものではありますまい。恐らく敵を転ばせる程度の・・・」


 ウーズがそうつぶやく間に、ススキの中から10人ほどの少年が現れ歓声を上げる。

 「士大夫のガキめ!これでも喰らえ!!」

 「町人をなめんじゃねえ!」

 彼らは手に持った桶の中身を、悪ガキ軍団が消えたあたりへ次々とぶちまけた。

 

 少年たちは皆、顔を布で覆っている。

 その液体はススキよりさらに色濃く黄金に輝く・・悪臭極まりないものだった。


 地面に倒れたと思しき悪ガキから悲鳴が上がる。

 「うぎゃあああああ!!」

 「汚ねええ!ウンコじゃねえかあ!!」


 悪ガキは起き上がろうとするが、足場となるススキの茎の上に汚物がたまり、ツルツル滑って立ち上がることなくまた転ぶ。そうしてまた汚物の餌食となっていく。

 もはや盾など何の役にも立ちはしない。立ち上がっては転び、また転びで、とうとう誰も立ち上がろうとする者がいなくなった。

 

 それを見た観衆から、拍手喝采と笑い声が湧き上がる。

 「はっはっはっ!!こりゃあ見事だ!」

 「これは驚いた!これほど見事に決まる作戦など、本当の戦にもめったにあるまいよ。」

 「さすがじゃのう!軍師ダロンよ!」


 家宰のウーズは頷きながらトイ卿へ問いかける。

 「いかがでございましたかな?若にとっては手痛い敗北。ここで何かを学ぶ機会もあるかもしれませぬ。」

 「ふむ、公子の養育係として、そんな見方があるという事か。」

 トイ卿も納得しながら、従者たちへ指示を出す。

 「お前たち、ご苦労だが子供たちを回収して、ティエル=ジャン家の屋敷へ引き上げるぞ。その前に少し洗わねば連れても行けん。どこか近所から水場の提供を求めてまいれ。」


 従者は全身で拒否を示しているが、堆肥だらけの子供を放置しておくわけにもいくまい。


 その時ススキ野原に、子供の声が響く。

 「皆気をつけろ!まだ終わっていないよ!!ジェズはどこにいった!!」

 見ればダロンが必死にあたりを見回している。

 もはや堆肥まみれで立ち上がれない悪ガキ軍団の中に、ジェズの姿がないようなのだ。


 「みんなジェズを探すんだ!あいつが倒れるまでは終わりじゃない!」


 ざわめきだす野次馬たち。

 唖然とするトイ卿と家宰。

 足を止めた従者たち。


 恐る恐るススキの陰から出てきた子供たちは、どうしていいかわからず棒立ちだ。

 叫び続けるダロン少年。

 まずい!まずい!

 軍師が作り出した混乱、その合間を縫って消えてしまった悪童。


 次の瞬間、ススキの波間から飛び出した化け物。

 トイ卿の目がとらえたのは残像に近い。

 その一撃に吹っ飛ぶ、端正な顔の少年。

 「もらったああああああ!!!吹っ飛べダロオオオン!!」


 野次馬たちの声が消える。

 勝利の刹那とその残像だけが音を上げている。


 ジェズは堆肥の中を這って進んだのだとトイ卿は気づいた。

 立ち上がれば転ぶしかない。だから這いつくばってススキの海の中へ消えた。

 敵の作った混乱を自らの機会に変えたのだ。


 「うおおおおおお!!!」

 トイ卿は呆然として、堆肥まみれの甥の姿を見た。

 こいつが国の礎・・・いやちょっと無理かなと思いながら。


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