ソン公国とイン王国①
ジェズが率いる殿部隊は、翌朝すぐに公子シャオの本隊へ追いついた。
湧き上がる歓声に迎えられ、ジョンアル・ジーの一族たちは誇らしげだ。
「いっつも命からがら我が身を守るって戦いばっかりだったからな。人のために戦うなぞ久しくなかった事だ。」
ジョンアルは感慨深げに言う。
「ジョンアル殿、本当に助かりました。」
馬車から降りてきた公子シャオは、ジョンアルの手を取って感謝する。
「つまんねえ事言いっこなしだ、シャオ殿。俺たちは持ちつ持たれつって奴だろ?」
「そうであったとしても、貴殿等の働きがなければ、我等は逃げ出す事すら思いつかなかったろう。」
理道士エン・フーの知恵、武道士ジェン・センの破壊力、そしてジョンアルの統率。
自分にいつかこのような力が備わる日が来るだろうかと、公子シャオは暗澹たる思いだった。
ジェズはいそいそとソン=ジャン家の馬車へ近づいて行く。
「イェン!戻ったぞ!」
声を掛けると、馬車内からキャアキャアと声が聞こえ、イェン・ズウが明るい顔で走り出てきた。
「ジェズ!」
すぐさま抱きついて無事を喜ぶ2人。
「うーん、リイファがいなくてよかったのかなー。」
「いやまあなる様になったって事だろ。いずれこうなるのはリイファだって分かってたと思うが・・・。」
傍で複雑そうなダロンとアモン。
「おお、お前等も無事か?」
「何そのアカラサマなついで扱いは?」
「ジェズはどうだったのさー?初めての戦場はどんな感じ?」
「いや戦闘なんて、ジェン・セン達がみんなぶっ飛ばしちゃったからな。やらなかったも同然だ。」
ジェズは3人に、退却戦の様子を語って聞かせる。
「そこまで差があると、かえって相手も被害が少なかったかもね。」
イェンはジェズに抱きついたままである。眼はウットリジェズを見つめている。
「イェンさんそろそろ離れたら?イチャイチャすんのは元服後にしな。」
「ふんだアモンのいじわる!後でもっとべったりするもんね!」
言い捨ててイェンは名残惜しそうに馬車に戻る。
ジェズは完全にニヤケが止まらず、今後の打ち合わせをするにも、ちょっと時間がかかりそうだった。
暫く互いの無事を喜び合ったのち、一団は再びソン公国へ向けて出発した。
ジョンアル、エン・フー、公子シャオとダロンは、轡を並べて歩みつつ今後の方策を話し合っている。
「この集団は思いの外進みが早い。このまま行けば、半月経たずにホワンホ河に到着しましょう。」
「ルー侯国を突っ切れば早いのにねー。」
エン・フーとダロンは日程の見込みを話し合う。
「ツァオ伯国との国境は、ルー侯国とも非常に近い。気が抜けないのは同じ事です。」
「幸いツァオ伯国はソン公国と極めて良好な関係にある。シャオ殿はまず通行の目的を知らせて、ツァオ伯の許可を貰った方がいい。」
ジョンアルの提案を受け、公子シャオは早駆けの使者を出した。
用心深いジョンアル達の助言もあり、一団の順調な道行が続く。
ジェズは道中専らジェン・センを捕まえて、武術講義を聴いている。
移動続きで鍛錬がしづらい事もあり、ジェズは特別メニューを考案して移動中も訓練に余念がない。
「ジェズ様!ジェズ様!」
「なーんーだー。」
「逆立ちで移動するのはおやめください!子供達が不気味がって泣いております!」
「たーんーれーんー。」
「鍛錬中なのは承知しております!しかしそのお姿極めて不気味かつ人外!も少し普通にお鍛えいただけませぬか?」
「しーばーしまーてー。」
従者達は気味の悪い特訓をやめてほしがっているが、ジェズは聞く耳持たずであった。
「ジェズったらヤンチャなんだから・・・。」
「イェンねえさま、少しこわれてらっしゃるの・・。」
シャオの妹であるソン=ジャン家の公女達は、不気味なジェズを見て顔を赤らめるイェンを哀れむ様に見る。
「どう!」
今度は馬上で青銅の殳を振り回すジェズ。
「まだまだ力任せだな。こないだのはマグレか?」
ジェン・センは楽しそうに、横でチャチャを入れている。
ジェズができないのを見るのが楽しいという、若干ゲスな気分に陥っているが。
「ずりゃあ!」
寒空にも関わらず、上半身裸で殳を振り回す。
『風斬』は本来剣の極意だが、負荷をかけるために会えて殳を振っているのだ。
左右の手を変え、呼吸を整えつつ、ジェズは一心不乱に殳を振り続ける。
手のひらに巻いた布切れにも血が滲んでいる。
「ああ、今日はここまでだ。やり過ぎると手の皮が本格的に破けて、鍛錬できん様になるぞ!」
思うように振れずに悔しさを噛み締めるジェズ。
「まああれだ、焦るこたあねえよ。前にも言ったが、風斬を会得するのに10年かかるなんてザラだ。主殿は何度か出来てるんだ。そのうちコツが分かってくるさ。」
ジェン・センはそう言うと、ニカッと笑って殳を取り上げる。
「さあ、今日は移動もそろそろ終わりだ。野営の準備は任せて、俺たちゃ狩に出よう。」
間も無くホワンホ河に到着という日の事、ジェズとジェン・センはまた狩へ出かける。
森の多い地帯はすでに越しており、近くに狩場といえば、草原がある程度だ。
「なに探しゃあ魔兎くらいはいるだろうよ。」
2人は馬を走らせながら、良さげな狩場を探して回る。
ジェズは馬上で結界を展開した。
このところ随分と慣れた彼は、20歩(約28m)先くらいまでの結界を展開できる様になっている。
「あの辺りにいるな。」
ジェズが指差したところは、枯れ木に囲まれた小ぢんまりした草むらだった。
「おし、適当な大きさだ。2人だがアレくらいなら追い込めるだろう。主殿からやるか?」
「ああ、ありがとう。」
ジェズは風下に回って剣を抜く。
ジェン・センが静かに風上に動く。
結界を通して、魔獣の変化が伝わってくる。
「来るな・・・3匹か・・・。」
波動を起こし、仙精が体に流れ込むのを速める。
剣先を意識し、仙精を武器へ巡らせるイメージを持つ。
鍛錬のたびに思い起こした、恐ろしく早い魔兎の残像。
ここで試すのは、この前やった様な誤魔化しの斬撃ではない。
「3匹とも・・・『風斬』で正面から斬る。」
自分に言い聞かせる。
「ハアアアッ!!」
ジェン・センの鋭い声が響き、馬の駆ける音が轟く
草むらから3匹が飛び出して来る。
ジェズは目を閉じてそれを感知している。
結界のもたらす情報量は、それをこなして理解できれば視覚情報の比ではない。
3匹の到達順が頭に閃く。
剣筋が決まり、ジェズは目を開け魔兎へ突進する。
「うぁぁあああ!!」
刹那、剣が光り軌道に円を描く。
同時に空気を切り裂く音が響き、光の線が剣からほとばしる。
魔兎3匹は正面から頭蓋を叩き斬られ、自らの突進を止めれずジェズの後方へ転がっていった。
「こりゃあスゲエ、俺まで危ねえとこだった・・・」
ジェン・センの呟きに目を開けると、ジェズの立ち位置から草原に、3本の亀裂が走って焦げている。
「これ『風斬』だろ?出来てるよな?」
ジェズは不安げに尋ねる。
「うーん、何つうかな・・・。」
ジェン・センは頭を抱えている。
「『風斬』は出来てるよ。それに加えて『飛斬』を飛ばしてやがる。魔兎ごときにこりゃあやり過ぎだろ。」
「んーそれは何か違うもんが出たって事か?」
ジェズにはよく分からない。
「そーゆうレベルじゃねえ!『飛斬』何て使える道士も限られた極意だぞ!おまけにアンタのは金行相が加味して、雷みてえな威力を持ってた!バケモンかアンタは!」
ジェン・センの興奮は止まらない。
「・・・すまん・・・狩はやり直しだ。」
ようやく風斬には成功したものの、黒焦げの魔兎を見たジェズは、ジェン・セン程には興奮できなかった。
次回投稿明後日予定ですm(_ _)m




