悪童と軍師②
気づいているか?フッフッフッ・・そうだ主人公はまだ登場していない・・・・
作者遅筆ですいません。
四環北界隈へ馬車が到着すると、家宰のウーズはすぐさまジェズたちについて聞き込みを始めた。
「わかりました。」
「早いな。」
どれほど時間がかかるかと思えば、半刻もせぬうちに『ススキ野原』と知れた。水はけの悪い土地で、住宅にも畑にもむかず荒れ野原となっている、子供たちには手ごろな遊び場だ。
なんでも界隈ではすでにこの『頂上決戦』が評判となっているらしく、物見高い下町っ子たちはススキ野原周辺の丘で場所取りに勤しんでいるそうだ。
カイファン・トイ卿が馬車で乗り込んでみれば、そこにはすでに百人ほども集まっているだろうか、堆肥くさい原っぱに大層な人だかりだ。
「なんと子供のケンカにこれ程も人が集まるものか。」
トイ卿があきれるのはこれほど大人が集まって、誰もケンカを止めようとせずむしろ楽しんで見物していることである。酒でも売ればいい稼ぎができそうなほどだ。
「よし、お前たちすぐに公子をお止めに「まままあまあ!卿よ!おまちくだされ!!」」
家宰はなぜか全力でトイ卿を静止している。
「ウーズよ、先ほども申したがこれはマズい。超マズい。兄上の顔に泥を塗るようなものだ。」
「いえそのようなことはありませぬ、卿よ。ここにおる者どもは『二環北のジェズ』が、身分を盾に弱い者をいじめる卑怯者とは思っておりません。」
家宰の目は真っ直ぐにトイ卿を捉え、しかし睨みつけるわけでもなくどこか笑いを含んでいる。
「このようなケンカに際して若は常に正々堂々たる武者っぷり、町の者からは・・・まあ慕われてこそおりませぬが、卑怯者とは思われておりませぬ。」
「いや、慕われておらんのか。」
「それに先ほど申し上げた通り、今日の相手は地元の秘蔵っ子。若といえども勝てるかどうか、それを見届けるのもまた一興。」
「おぬし・・どの家の家宰であったか?」
「さらにはこの野次馬でございます。この一戦、今さらやらぬとなれば、逆にお名前に傷がつきます。口さがない下町っ子は言いふらしましょう。『ジャン家の公子は戦を前に逃げ出した』と。それでもお止めになりますか?」
「うぬぬぬ。」
言いくるめられて言葉もなく、トイ卿は忌々しげに周囲を見渡した。
自身は顔が知れ渡っていることもあり、頭巾をかぶってごまかしている。
他に士大夫らしき姿は見とめられないが、町人姿で同じく頭巾をかぶったものが幾人かいる。これほど人が集まれば、何やら訳ありの者もいるのだろう。
今さら止めるわけにもいかないかと、トイ卿は観念した。
爽快な秋空の下、一面に広がる黄金のススキ野原には、いくつかの岩場が突き出ている。
その内の一つ、東側の大き目な岩場に、甥っ子が大人顔負けの巨躯をどっしり落ち着けている、一目でジャン家のものと知れる鷲鼻に、短く刈り込んだ黒髪という容貌。浅黒い肌はティエル族の血を物語っている。
その後ろには見覚えのある悪童軍団の団員たちが、団長と同じ仏頂面で腕を組み突っ立っている。
「色の白い3人はよく似ておりますな。あれがホー家の3兄弟でございます。背の低い2人がマー家の兄弟ですな。後の数名は見覚えありませんが・・・まあ揃いも揃って頭の悪そうな・・・」
トイ卿の視線を捉えたウーズが、容赦ない説明を加える。
野原にはススキを踏み固めたような、かろうじて人の通れそうな道が一本東西に走っており、その中央ほどの所に栗色のつやつやとした髪の、色白の少年が一人立っている。
「あれがダロン君でしょう。男前ですなあ・・・賢そうな。」
家宰はため息交じりにつぶやいた。
確かに甥と比べて賢そうな・・・とトイ卿も同意する。
今は仲間が集まるのを待っているという状態か。
ジェズの顔にははっきりといら立ちが見て取れる。
やがて野次馬の中から、大きな声で冷やかしが飛ぶようになった。
「おーいジェズぼん、どうされた!はよう始めんと腹減って立てんようになるど!」
「もしかしてあれか!ダロンがおっかなくて援軍待っておるんか?!」
「よし、おらがひとっ走りして、近衛を呼んできてやろうか!」
「そらあダメだ!近衛じゃあ高え手間賃とられっぞお!」
ゲラゲラと笑い声が飛び交う。
下町の本音が聞こえてくるようなヤジだ、とトイ卿は冷や汗が流れるのを感じた。
リュー公国は長年軍拡が続き、昨年常備軍の編成を終えていた。『覇者』としてジョー王国連邦を守っていくため、無くてはならない備えである。
それと同時にリュー公直属の近衛隊も新設していた。
そのためさらに大きな経費が掛かり、しわ寄せは当然国民に来ているのだ。
リュー公の目的は『覇者』にあることに満足せぬのでは・・・などと評判を立てられてはたまらない。
その時ジェズが立ち上がりざま、野次馬に向かって大声で怒鳴った。
「クソウルセエぞこの野次馬が!俺たちぁあのひょろチンに味方がいねえから、こうして待ってやってんじゃねえか!!いい大人が油売ってねえで、帰って仕事しやがれこのゴクツブシが!!」
声変わりも十分でない少年が見事な啖呵である。
野次馬からはどっと笑い声が起こり、拍手喝采となった。
「ウーズよ、笑っている場合ではない。」
トイ卿は声を潜めて家宰へ注意するが、頭巾に隠れた顔は楽しげである。
「よろしいじゃあございませんか。卿もお顔が崩れているご様子ですが。」
「うむ、我が甥ながら見事な役者ぶりよ。」
二人は声を上げて笑った。
なるほど慕われてはおらぬようだが、甥と町人の距離の近さがうれしい。
家宰の言うとおり、この分であれば勝っても負けても大きな問題にはなるまいとトイ卿は思った。
― クソッ!ふざけやがって・・・
ジェズ・ジャンは再び岩に座り込み、50歩ほど先にいるダロンを睨みつける。
「ジェズ落ち着けよ。こっちももうすぐ準備ができる。」
傍らのアモン・マーが声をかけた。
「準備?」
「いま弟に板切れを探させている。準備ができたらこっちから打って出よう。」
アモンはジェズの幼馴染で、付き合いも一番古い仲間だ。おまけに今回のイザコザのきっかけも作った。
「それともこの場で解散としようか。俺はそれで全然かまわないんだ、ジェズ。」
「それはダメだ、昨日も話したろうアモン。」
ジェズは視線を動かさず、前を向きながらアモンに語りかける。
「仲間を脳みそ筋肉チビ呼ばわりされて、黙って引き下がる俺と思うなよ。」
「いやチビ言われてねえし!」
「俺たちは金もないし身分も低い。でも誰にも負けやしねえ!!」
公子であるジェズは本来身分が低いわけではないが、露骨に他の公子と差別されていることで士大夫階級からも見下されている。自分たちを見下す奴らとケンカし続けた結果、『二環北のジェズ』が存在する。
それは自分と仲間の、ちっぽけな名誉を守るため。
だが孤児と戦うためじゃない、昨日は仲間内でそんな反対意見が続出したが、最後はジェズが決めた。
― 俺たちを馬鹿にするやつらは叩き潰す
ずっとそうやって来たんだ、これからもそうするしかない。舐められたら終わりだ。
ジェズはそう言い切った。
「伏兵だな。」
「俺もそう思う。だから弟に準備させた。」
「板切れを盾にでもするか。」
「うん。恐らくダロンにたどり着くまでに、伏兵が攻撃してくる。」
ジェズとアモンは前を向いたまま会話している。横にいる仲間たちは、早速アモンの弟がかき集めてきた板切れを、思い思いに盾に見立てている。
「もう少ししたら奴が動く。恐らく逃げ出すふりをして俺たちを誘ってくるだろう。」
アモンが敵の動きを予測する。アモンはこういう時にほとんど予測を外さない。
「わざと乗ろう。」
「ジェズはそういうと思った。そのための盾だ。」
アモンはにかっと笑って板をたたいた。
「恐らく伏兵が棒きれか投石で攻撃してくる。俺たちは一塊になって盾で攻撃をしのぎ、素早くダロンの野郎に近づいてねじ伏せる。」
アモンの作戦に皆が頷く。
するとダロンがこちらへゆっくり近づいてくるのが目に飛び込んできた。
ジェズは立ち上がり皆へ声をかける。
「誘ってやがる。俺が先頭だ、みんな遅れるな。」
仲間の声が大きく響く。ジェズ達は岩場から一本道へ降り立った。
ダロンとの距離が40歩ほどになる。
ススキは辛うじて子供の頭が見えるほどの高さだが、ジェズとダロンはかなり身長が高いので、お互いの顔がよく見えている。
お互いの歩みは止まらない。徐々にその距離が縮まる。
30歩ほどとなったとき、ダロンはくるりと後ろを向いて走り出した。
「行くぞ!突撃!!」
ジェズは後を追って走り出した。