知恵と勇気③
時間遅れた…
すいません(´・ω・`)
ジェズはジェン・センがやって見せたように、波動を意識しつつ精神を集中した。
学舎に入ったばかりのころに比べ、波動を意図的に引き起こす感覚がつかめてきている。
全身へ力が漲るのが分かる。
彼はジェン・センから渡された殳の中央を両手で持ち、クルクルと旋回させた後、ガシリと脇に挟んで棒術の型を披露する。
「おおーっ!!」
空気を切る音が響き、周囲からため息が漏れる。
兵士であり武術を学んだものならば、この殳がどれほど重いか、今振り回している少年の膂力がいかに人外なものであるかは見ればわかるのだ。
「いいねえ主殿!ほんじゃ一発ブンブンやってみようか!」
ジェン・センが言うのは、自分のように片手で振り回せという事だろうなとジェズは理解するが、この重さを制御するのはかなりの荒業に思える。
「ジェン・セン殿!殳は片手で振るもんじゃねえだろ!重心が手元にないし、あんたみたいな真似はよほど馬鹿力がねえと・・・」
「つべこべ言わずやってみなってんだ!」
ジェン・センはにべもなく言い捨てる。
― 仕方ねえ・・・やってみっか・・・
ジェズは殳の端を右手で持ち、剣のように上段に構える。
10尺(約2.3メートル)ほどある殳は、驚くほどの間合いであることが誰の眼にも見て取れる。
ジェズは振り回した時にすっぽ抜けぬよう、先端を意識して殳を握りなおした。
― おや?
先端を意識しているうちに、徐々に重量を感じなくなってきている。
― これは・・・振れるな・・・
ふん!と気合を入れ、左右にバツを描くように2度振りぬく。
轟音と共に殳は空気を切り裂き、また元の上段に戻った。
兵士たちは拍手喝さいだ。
「す、すげえジェズ殿!なんてえ力だ!」
「あれで殴られたらひとたまりもねえ!」
「驚きましたな、ジェン・センから貴殿は相当使えるとは聞いていましたが・・・。」
エン・フーも驚きあきれたという様子だ。
「ガッハッハッハ!主殿!なんてえデタラメなガキなんだあんたは!」
公子ジョンアル・ジーも大喜びだ。
「馬上でこれを振れれば、まずもって敵などいないも同然だ。」
ジェン・センは使い道について説明する。
確かに10尺近くある青銅の殳が振り回されれば、ほとんどの武器を無力化するだろう。
「それに主殿、あんたいま殳に仙精が通った感覚が分かったろ?」
そう言われてジェズは、あの先端を意識した時の感覚が、『仙精が通る』感覚であると知る。
「うん、分かったような気がする。」
「大した戦士だよあんたは。仙力の発動までもう一息だ。まさか一発でやっちまうとはな。」
ほとほと呆れたという感じで、ジェン・センは笑顔で首を振った。
「来ました!」
後方を見張っていた兵士が大声を上げる。
笑顔でリラックスしていた兵士たちは、一変して緊張した面持ちになる。
なだらかな丘が続く草原の彼方から、土煙が上がっているのが分かる。
「騎馬隊!およそ500!止まらずに突っ込んでくるようです!」
「隊列を整えよ!」
エン・フーが声を張り上げると、打ち合わせ通りジョンアルの手勢が前に、11大夫の選抜隊が後ろへ騎馬を整える。
「主殿、俺と共に一番槍と行くか?」
「元服も済ませぬ初陣の若者には、少々荷が重いんではないか?」
ジェン・センとジョンアルが軽く煽ってくるのを、エン・フーが注意する。
「お二人ともおやめください。先ほどの打ち合わせ通り、ジェズ殿は2番隊の先頭で駆けていただきます。」
ジェズには流石に彼らほどの余裕はない。
言われる通りの初陣、しかも相手は同じリュー公国の兵士である。
それでも後ろを見せるつもりはなかった。
「先ずは玄人の戦ぶりを拝見させてもらう。」
精いっぱい虚勢を張る。
「よし!我らがなぜ生き残れてきたのか、今からその理由を見せてやろう!」
ジョンアル・ジーは愉快そうに言う。
戦いが楽しいのだ。
長い平和が続いた世にも、こういう異常人が生まれてきつつある。
「突撃!」
ジョンアルの声に、兵士たちはおおと応えて馬を走らせる。
彼らの得物は弩と斬馬刀だ。
大刀をわきに挟んで器用に馬を走らせながら、片手で弩を構える。
北方の騎馬民族は、騎乗で弩を使うとジェズは聞いたことがあったが、実際に見るのは初めてだった。
ジョンアル・ジーの最初の亡命先は北方騎馬民族バイディー族の集落であり、彼はそこで妻帯もしたらしい。
従って今いる手勢のほとんどはバイディー族の戦士であり、騎乗の弩の扱いはお手の物というわけだった。
追っ手が弩の射程距離に入る。
ジョンアルの声と共に150の矢が一斉に発射され、追っ手の先頭から50人ほどが落馬する。
すると紐で首にかかっている弩を背中に回し、脇にはさんだ大刀をささげてバイディーの勇者たちは叫び声をあげた。
地鳴りのように響く声に、追っ手はやや怯んだ様子を見せる。
その先頭を駆けるのは、武道士ジェン・セン。
例の殳を片手に持ち、鬼の形相であった。
10尺の殳が、怒声と共に振り回される。
しかもその太刀筋は、先ほどのそれとは比較にならぬ速さだ。
殳が光り輝いたと思うと、追っ手の5人ほどが同時に宙へ吹っ飛ばされる。
― あれはあの時の!
ジェズに剣を振って見せた時の、あの剣速が殳でも再現されている。
― 確か風斬とか言ってた。これが仙力の威力か・・・
まさにデタラメな強さ。
後続の追っ手はあまりの事態に、馬を止めて逃げ出す者も出てきた。
ジェン・センの通った後は、防具ごと変形した兵士の残骸が散らばり、地獄の街道のような有様となる。
その周りを大刀を振うバイディー族の兵士たちが、根こそぎ刈り取るように攻め込んでくる。
実際の戦闘は、恐らく1刻(約15分)の間程度だったろう。
2番隊には剣先すら届かぬうちに、追っ手は壊滅し敗走した。
「深追いは無用!」
エン・フーの一言で、追撃は中止される。
勝鬨を上げるジョンアルの手勢の凄まじさに、リュー公国の兵士たちはただ呆然とするのみだった。
敗戦報告を聞く公子ウグイは、こめかみあたりを引き攣らせている。
「後詰の兵はどうしたのだ!」
「はっ!後詰は歩兵が中心となって後を追いましたが、敗残の先発隊の様子があまりにむごたらしく、完全に戦意を喪失しておる状態で・・・」
ウグイは卓上に茶碗を叩きつける。
派手な音が執務室に響き、報告者はひいいと地面にひれ伏した。
「もう良い!処罰は追って定める!下がれ!」
報告者は逃げ出すように部屋を飛び出し、ウグイはまだ治まらずに部屋中の装飾品に癇癪をぶつける。
「くそが!くそが!シャオめ!」
シュウ卿は黙って見ているしかない。
いらぬ事を言えば火の粉が降りかかるだけである。
「シュウ卿!ティエル=ジャンの奴らを血祭りに上げろ!今すぐ攻撃じゃ!」
ジェズの実家であるティエル=ジャン家は、驚くべきことに誰一人逃げ出していないことが報告されていた。
ウグイは怒りのあまり、先ほどと同じ話を蒸し返す。
「ウグイ様、それはなりませぬと申し上げたはずです。ティエル=ジャン家は我がリュー公国にとって重要な武器産業の中心。彼ら無くしては、我が国の歳入が大打撃を受けます。またよしんば攻め込んでも、彼等とて武で鳴らしたティエル族の強者たち。1000名は下らぬ兵士があの近辺に住んでおります。」
シュウ卿は同じ言葉を繰り返した。
「1000名ごときの勢力が、何ほど重要か!我らが軍隊は三万の兵力であろうが!」
「この正月に今すぐ動員できる兵力は、先ほどやられた者たちも含め3000が限度。この兵力でティエル=ジャン家と事を構えれば、双方に甚大な被害が出ましょう。そこを例えばチユ国などに突かれては?」
シュウ卿は公子ウグイを見据える。
「おのれ・・・」
破壊行為を止めたウグイは、ドサリと椅子へ崩れ落ちた。
「シャオはどうなる?奴はどこへ・・・」
「恐らくはご母堂のご実家、ソン公国へ亡命されたかと。」
「畜生め、こうなったら戦争だ!母の実家ルー侯国と共に、ソン公国を攻め落とすのだ!」
ウグイは叫んだあと、ふと気付いた様子で立ち上がり、シュウ卿へいやらしく笑いかけた。
「思い出したぞ!あの娘・・・ソン公国の娘が我が国へ留学しておったはず!あの娘を連れてまいれ!我が妻にと思っていたが、この際だ。人質として利用してやろうではないか?」
シュウ卿はぐっと言葉に詰まったが、やがていい辛そうに報告する。
「某もその件考えまして、留学先の学舎を調べさせました。正月も帰国はしていないという事でしたが、既に部屋はもぬけの殻に・・・」
その後ひとしきり公子ウグイは暴れまわり、執務室を破壊し続けたという。




