知恵と勇気①
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ここまでお読みいただきありがとうございます( ・∇・)
投稿開始からひと月経って、物語もやっと動き出します。
続きもぜひお楽しみいただければと思います。
カイファン・トイ卿は会議場の壇上の席で、3名の衛兵によって囲まれていた。
衛兵は廟堂2位であるトイ卿の地位と、本人が特に抵抗する様子もないことから、手荒な真似には及んでいない。
「何をしておる!取り押さえろというのだ!!」
「ウグイ様!トイ卿は抵抗されておりませぬ!」
シュウ卿は公子ウグイを押しとどめ、衛兵に素早く命じる。
「トイ卿を無窓の間に収容して参れ。ご抵抗あるようであれば縛しても構わん。」
「承知しました!!」
衛兵たちはトイ卿の腕を取って、無窓の間に誘導する。
リンズ城で無窓の間と言えば、軟禁される場所の事だ。
カイファン・トイ卿は壇上でただ呆然としている。
派閥争いを起こさぬよう注意を怠らず、常に公平に公子に接し、20年にわたってジャン公を支えてきた。
だが今朝の数刻の間にすべてが雪崩を打って崩れ、国は2つに割れて暗黒時代が始まろうとしている。
昨日まで確かに存在していた堅牢な城郭が、突如として足元から崩れていく恐怖。
どこで間違えたのか?
誰が引き起こしたのか?
トイ卿はかつて経験した後継者争いを想起していた。
暗黒の10年間、田畑は荒れ民衆は飢えに苦しみ、町中に死体が転がる地獄だった。
あの地獄を再現してはならない。
― まだ望みはある。ジャン公とジョン・ガン卿がお戻りになれば・・・
自分が留守を守りきれなかった恥を晒すが、国が亡ぶよりは数倍マシである。
2人がお戻りになるまで、決定的な対決を防がねば。
― 公子シャオを国外へ逃がすことだ。
大人しく衛兵に手を引かれるまま会議室を出て、二ノ城に誘導されていたトイ卿は、城をつなぐ廊下の中ほどに差し掛かった時、
「お前ら、済まぬ!」
と叫んで、三ノ城の方へ向かって中庭を突っ切り走り出した。
「トイ卿!お待ちください!」
衛兵は口々に叫びながら、トイ卿を追って中庭に飛び出す。
50歳間近のトイ卿は体力で彼らに及ぶべくもない。
着ている服にしても、長袍は走るのに向いた服とは言えない。
しかし信じられぬ速さで中庭を抜け、三ノ城へ向けて走る彼に、屈強な衛兵が追い付けない。
冠はずり落ち息は荒く、このままでは倒れるのも時間の問題だとトイ卿は思う。
だがその足は止まらない。
ジャン家の血が背中を押し続ける。
その屈強な精神力の源は、決して平和を諦めなかった先人たちへの責任感だ。
― 三ノ城、ソン=ジャン家の住居、シャオ様の私室・・・
トイ卿は部屋に倒れこむ。
後に続いて衛兵3名が殺到する。
「シャオ様!シャオ様!お逃げください!!」
3人の大男の下敷きとなり、トイ卿はじたばたと身を捩るがさすがにこれは抜け出せない。
「シャオ様・・・?」
がらんとした室内にトイ卿はじめ衛兵たちは動きを止め、呆然とあたりを見回す。
すると室内中央の祭壇に、一枚の札が立てかけてあるのが目に留まった。
札には墨痕あざやかに、大きく一筆。
『担忧民众暂离开(民を憂いて暫し離れる)』
トイ卿は床に伏したまま、唖然とその書を眺めていたが、やがて呵呵と笑い出した。
「いやさすがシャオ様・・・儂の助言など必要とはせぬようだ。」
転がって笑い続けるトイ卿の傍らで、青くなった衛兵たちは口々に叫ぶ。
「誰かシュウ卿へ!ウグイ様へお伝えせよ!!」
「シャオ様が亡命された!すぐに追っ手を!!」
「意外と何事もないじゃない?」
馬上で公子シャオはジェズに語りかける。
「いやそんなはずねえよ。皆バラバラに行動しているからうまく脱出できたけど・・・。」
ジェズはいつになく慎重に馬を走らせる。
気持ちは焦るが怪しまれぬよう速度を上げず、門番へもいつも通り愛想よく手を上げる。
「よおちっと通るぞ!」
「おや公子!お二人おそろいで!」
門番もにこやかに2人を見送る。
東西南北4つの門から、4手にわかれて11大夫が門を出る。
少々不自然に映るだろうが、こうするより方法はなかった。
「大夫たちの手勢は無事門を出たのか?」
「そこは抜かりないよ。集めたのは城外に住んでいる者が中心だ。4環路の門の外であれば、門番に気付かれることなく終結出来るよ。その分数は少ないけどね。」
公子シャオは幾分楽しそうにすら見える。
「なんか楽しそうだな、シャオ兄。」
「いやいや、こんな状況で楽しいはずがないだろう。」
シャオはかぶりを振って、
「それでも私は人に恵まれた。ジェズは一家をあげて支えてくれるし、11大夫は一人の脱落もなく仕えてくれる。おまけに公子ジョンアル殿のような偶然の出会いもあった。」
と弾むように言った。
「そうだな。ジョンアル殿がおらねば、今頃一兄に拘束されていたかもな。」
「そういうことさ。あのエン・フー殿の智謀はすさまじい。ジョンアル殿と一緒にいた経験が、あの人たちを強くしているのだろう。」
兄弟でありながら ― いや兄弟であればこそ、公子ウグイがあそこまで打って出ることに気付けなかった。2人は冷や汗の出る思いだ。
「ジェズの家は避難せずに大丈夫なのか?」
シャオは心配を隠さず尋ねる。
「ウーズは心配ないと言っている。」
ティエル=ジャン家はリュー公国の武力の核であり、他国へ輸出する武器産業の要でもある。
ジェズが亡命したからといって、攻撃できるような弱小勢力ではない。
「シャオ兄の家族がまず狙われる。」
彼らの誘導は会議の前に手配されていた。
着の身着のままとっくにリンズを離れ、11大夫の手勢と合流しているはずだ。
「さすがにそろそろ気付かれたころじゃないのか?」
「そうだねえ。まあ先発の調査隊が出ていることだろう。」
「それじゃ少し急ごう。」
2人は馬の足を速める。
故郷リンズを振り返る暇はなかった。
「まだ足取りを掴めんのか?!」
公子ウグイは城主の執務室で昼食を摂っている。
その様子は先ほどと違い、かなり落ち着いたように見えた。
ディアオ・シュウ卿が傍らに控えて、調査隊からの報告を聞いている。
「はっ!4環路各大門の詰所では、大夫たちが個別に通過した事を確認しております!」
「かくにん・・だと!そのまま黙って通過させたのか?!11人もの大夫が移動するのを怪しむ奴もおらんかったのか!」
「ウグイ様、彼らは個別に行動し、4つの門それぞれから時間差をもって脱出したのです。事情を知らぬ門番が、大夫の行動を阻止できましょうや?」
「ううむ・・・。」
シュウ卿は報告者の弁明をせざるを得ない。
公子ウグイも成長したとはいえ、20歳を少し過ぎたばかりの青年である。
「まああのような奴ら、10人ほどが出て行ったところで、我が体制に揺らぎはない。もはや私がリュー公国ジャン公なのだ。」
落ち着いて椅子に深く腰掛けなおしたウグイは、自分に言い聞かせる。
「そうも言っておれませぬ。どうやら城外に公子シャオの勢力が集結しておるようです。」
執務室に遠慮なく入ってきた従者のアルランは、兵士の横に跪くなり歓迎できない報告をする。
「なに!それは・・・何名ほどか?!」
シュウ卿は思わず叫ぶ。公子ウグイはとっさの事に声も出ない。
「人数は未だかなり分散しており、正確なところは掴めておりません。恐らく1000は下らないものかと。」
呆気にとられる2人。
「そんな時間がどこにあった?ここから出て今に至るまで、ほんの1,2刻の事ではなかったか?」
「恐らく・・・会議の始まる前から準備があったとみるべきでしょう。手際が良すぎます。」
シュウ卿は悔しそうにつぶやいた。
「しかしだ!たとえ1000を超える人数があったところで、リンズを落すほどの力にはなりえない!恐れるに足りんわ!」
公子ウグイは気勢を張る。
「終結場所は把握しております。追っ手を出されるべきかと存じますが・・・。」
2人は顔を見合わせる。
「よ、よし!私も行こう!シュウ卿!手勢を集めよ!」
「畏まりました・・・ですが公子はお残りを!」
「馬鹿を申すな!私は覇者ジャン公の息子だ!年端もいかぬ弟に刃向われ、手も上げぬのでは周囲が何と思う!」
「先ずは急ぎ手勢を集めましょう。話はそれから。」
アルランに促され、シュウ卿は部屋を飛び出る。
― 仕掛けた側が油断してどうする。全く見どころのない公子よ。
アルランは冷ややかに主従を見ている。
リンズ城は当事者たちの気付かぬまま、アルラン・ヤンによって窯のように沸騰し始めていた。
「おお、意外と集まってんじゃねえか?」
打ち合わせの場所、リンズ城南西にある草原の一角に、11大夫とその手勢が続々と集結しつつあった。
「おおい!主殿!ここだあ!」
集団の端には公子ジョンアルも手を振っている。
その周りには彼の一族もすでに揃っていた。
ジェズは駆け寄ってジョンアルに礼を言う。
「ジョンアル殿、この度は貴重なご助言かたじけない。おかげで皆無事に脱出できたようだ。」
「礼を言うにはまだ早い。追っ手も間もなくやって来よう。」
戦いが迫っているにもかかわらず、動じるところがないのは流石である。
「追っ手の数にもよるがな、まずは我らに任せてくれ。宿飯の恩義をここで返そう。」
「いやそれは・・・」
ジョンアルの一族はおよそ200人、だが戦闘人員は150名もいまい。
「これだけの戦力がいるのだ。何もジョンアル殿の一族だけに任せる必要は・・・」
「まあそう言わんと。同族同士がいきなり争うのは、この後の障害になる。」
そう言ってジョンアルは集団の奥を指さす。
「公子シャオ殿のご家族はあちらでお休みいただいている。それに・・・銀髪の美女も一緒におるぞ。」
彼はこう言うとニヤついてジェズを見た。
春秋時代の史実をベースに、創作を盛り込んでいます。
登場人物もオリジナルが多いですが、歴史に登場する人物もいます。
誰が誰なのか、ご想像いただくのも楽しみの一つかなと思い、
ネタばらしは控えつつこの先も進行していきます( ・∇・)




