英雄と亡命①
歴史風に年で章管理してみました。
中味は変わりません( ・∇・)
野宿に近い状態だった。
ジン公国第2公子ともあろう人がだ。
ツイ・ジャオは寒さに震えながら、国を離れ歩んできた12年の歳月を思い起こす。
多くの国と民族に救われた日々でもあり、ジン公国からの刺客に追い回された日々でもあった。
いつの間にか一族は200名ほどになり、放浪にも戦闘にも強度を増してきた。
いまやちょっとした傭兵部隊、やろうと思えば小さな都市国家を陥落できるだろう。
おまけに側近には2人の道士が、戦略と武術でその強度を増している。
それなのにだ。
公子ジョンアル・ジーは断じて都市に攻め込むことをしない。
「焚火の火までまで寒く見えますな、この国は。」
話しかけてきたのは理道士エン・フー、この一族を頭脳として牽引してきた。
「海に近い、風が強く空気が湿っておるからな。」
ツイ・ジャオは答える。
「ジェンはウマくやりましたかな・・・やはり私が行ったほうが良かったでしょうか?」
「こんな無理筋の使者には、あのような一本気な男が向いている。お主のような頭の回る男は、いざというときに小細工するから信頼されぬ。」
「小細工などしませぬ。」
エン・フーは気を悪くしたようにそっぽを向いた。
「それより公子はどこに?」
エン・フーはそっぽを向いたまま指で林の方を指す。
「あちらでお休みです。」
強い風を避けるため、一族は林の中で暖を取っていた。
暖を取ると言っても数か所で焚火をするだけ、あとは薪小屋のような粗末な建物の中に、数名が休むのみである。
「公子、失礼いたします。」
ツイ・ジャオは声をかけて小屋の中に入る。
豊満な女が1人、布団の中で眠っている。暗がりに白い肌がまぶしく映る。
傍に白髪初老の男が身なりを整えていた。
「お楽しみでありましたか。」
ニヤリと笑ってツイ・ジャオがからかうと、
「なに、寒さ除けの布団がわりと思っただけよ。」
と男は笑顔で答える。
ジョンアル・ジーは今年で53歳となるところだが、見た目には60を越えているように見える。
長年の放浪生活が若さをはぎ取ったように、彼の顔にしわを刻んでいる。
41の歳にジン公国を出て以来、礼儀作法より生きるための法則を優先してきた。
山賊の親玉のように見えるのも仕方のない事だ。
― 世間的に言われる、賢人の印象は台無しになった
これは仕方ない事だ。
命を繋ぐのに精いっぱい、生きてるだけで丸儲け。
そんな12年だった。
「ジェン・センは戻ってきたか?」
「いえそれがまだ・・・」
フンと一つ鼻息を吐く。
「仕方あるまい、なにせ『覇者』様のお国だ。乞食公子を泊めんのは世間体も悪いだろう。」
「まさかそんな狭量なことは申しますまい。」
ツイ・ジャオは軽く反論するが、乞食のくだりは否定しない。
― 亡命当初はすぐジン公国に返り咲くものと皆見てくれた。10年越えてからは詐欺師と思われている
まさに『乞食公子』の扱いを受けることが増えた。
こんな風に見られているなら、いっそどこぞの小都市を攻めてしまえばいいように思う。
なのにそれだけはしようとしない。
部下たちも口には出さない。
皆わかっているのだ。この公子こそジン公国の主に相応しいのだという事が。
やがて、中午(正午)になろうとするころ、彼方から馬を走らせて駆けつける男がいた。
「ジェン・センの野郎、随分慌ててやがる。」
ジョンアルは楽しそうにつぶやく。
馬を下りるや否や、林の方へ転がるようにやってくる部下を、ジョンアル達3人は笑顔で出迎えた。
「そんだけ泡食って帰ってくんだから、首尾は上々だろうな?」
「へい!公子!もうバッチリでさあ!」
貴族と臣下という会話ではないが、これが最早普通になってしまった。
3人はそのまま地べたにドカリと座り込んで、そのまま使者の報告となる。
これで『親分』と呼んでいれば山賊だ。
「カイファン・トイってえお人がね、全員受け入れて宿も何とかするがら、とにかく安心してすぐ来いと言っていただきました。さすが大国太っ腹ですねえ。」
「カイファン・トイといやあ廟堂2位の卿だ。それだけ太っ腹なわりにゃあ時間がかかったじゃねえか?まあ正月だから仕方ねえが、一晩待たされるとは思わなかったぜ。」
ツイ・ジャオがそういうと、ジェン・センは得たりと言い訳を言う。
「そこは兄貴、違うんです。いま殿様と宰相が留守なんですよこの国!なんで下っ端役人がどうしたもんかと悩んだ挙句、今朝の会議まで待ってくれと。」
「なんだって?覇者様と宰相様はどこ行ったって?」
ジョンアルが怪訝そうな顔で尋ねる。
「いえね、なんでも王国400周年の祭りだかに参加するんで、ふた月ばかしご不在なんだそうですよ。」
「おお、今年はそんな年か。それじゃあいなくてもしょうがねえ。」
ジョンアルは膝をさすりながら、なるほどなるほどと言い続ける。
「そいで公子、どうします?すぐ来いってえから行きますか。」
明日の夜、と遠慮気味にいったつもりだったが。
「いいだろう。気が変わらねえうちに押し掛けるか。」
山賊まがいの一行は支度を整えるため、大儀そうに立ち上がると林へ向かって出発だ!と喚きながら歩き出した。
ジェズ・ジャンは今年の正月なんだか忙しい。
例年はティエル一族の挨拶と宴会程度のものだったが、今年は色々と緊急の呼出しが入ってくる。
初三(1月3日)の午後になって珍しく、カイファン・トイ卿から使者が来てすぐ来てくれという。
これからすぐにも宴会というところだったが、相手が相手なので大人しくリンズ城へと向かった。
3日連続の登城なんて初めてである。
今日はウーズを従者に付けている。彼も忙しいのだがこれもトイ卿の要求の一つだ。
「叔父上、お呼びにつき参上した。」
二ノ城にある叔父の執務室へ、声をかけながらズカズカ入る。
「おお来たか、相変わらず礼儀に疎い奴め。」
ふと執務卓の横を見ると、高官っぽい人が茶を喫していた。
「どちらかで会ったような?」
ジェズが声をかけると、男は立ち上がって貴人への礼を取った。
「お初にお目にかかります、ジェズ様。某ディアオ・シュウと申します。初一の祝辞式でご尊顔を拝しましたが、ご挨拶を申し上げる時間がございませんで、大変ご無礼申し上げました。」
― カテエよオッサン。
話しは弾みそうにないが、廟堂3位の重臣である。
「ご丁寧に。」
とだけ言って、正面へドカッと腰かけた。ウーズは横へ控えている。
「さて急な呼び出しにも関わらずよく来てくれた。」
トイ卿はシュウ卿の横へ腰かける。
2位3位の卿に正面から見据えられ、ウーズは居心地悪そうにしている。
「ホント今から宴会!って時に使者が来たので、メシ抜きです。」
「あとで何かとらせよう。」
叔父は機嫌がいいようだ。
「相談事というのは少々面倒なお願いだ。しばらくの間、客を世話してほしい。」
「客?俺が?」
― 第5公子が客を取るなんてありえるか?第一その客に対しても無礼にならないのか?
ジェズは色々と考えをめぐらす。
「ジン公国第2公子、ジョンアル・ジー殿下が保護を求めて我が国を頼ってこられたのです。」
後を受けてシュウ卿が説明する。
「ジン公国?随分西から来たもんだな。」
「恐らくは頼るところを無くし、ここまで流れ着いたのでしょう。何分もう10年以上も亡命を続けておられるはずです。各国から愛想を尽かされ、流れ着いたと想像しております。」
「10年以上!そりゃあ気の毒だな。」
シュウ卿は深く頷く。
「そのようなお方ですから、リンズ城内にお引き取りするわけにも参りません。そこでお手を煩わせて恐縮ですが、公子の一家でお預かりいただきたいのです。費用はもちろん国庫から負担いたします・・・」
― そんな邪魔者扱いだから、俺に押し付けようってわけか。
彼らの魂胆は分かった。
そして放浪の公子に同情してしまった。
こうしてティエル=ジャン家は客人を預かることになったのだ。
だがこの簡単な会見時に、ジェズとウーズは聞いていなかった。
この亡命する公子一族が200名を超えていることを・・・
「え・・・ウーズこの人たちはなんでこんなに集まってんのかな?」
「若、奇遇ですな・・・・ワシも今それを考えておりました・・・」
「お初にお目にかかる!公子ジェズ・ジャン!我はジン公国第2公子ジョンアル・ジーと申す!」
「はあ・・・」
リンズの官吏に先導されて、ティエル=ジャン家の門前に現れたジョンアル・ジーは後ろを指さし、
「これらは我が一族である!よろしく頼む!」
と叫ぶ。一族はなぜか知らないが一斉に手を上げオオウと叫びだした。
時間はもう夕刻に近い。
戦争じゃないのだ。近所迷惑である。
「こんないるなんて聞いてねえぞ・・・」
ジェズはリンズから来た官吏の襟首を締め上げるが、泣きそうな顔をするばかりで話にならない。
「若・・・まずはジョンアル様とお付きの方々に、中にお入りいただきましょう。」
ジェズも他に手はないと観念し、ジョンアルへ向かって最大限穏やかに告げる。
どちらかと言えば、叫びだしそうな気分だが。
「ジョンアル殿、寒空に立ち話もなんだ。まずは屋敷に入ってくれ。」
「おお承った!」
ジェズは頭をめぐらし、この人数が入れそうな場所を探す。
「それとお付きの方数名以外は、今当家の者に案内させるので、学舎の道場で休憩してほしい。」
「それは痛み入る。何分数が多いのでご迷惑をおかけする。」
ジョンアルが気分を害する事もなさそうなので、大同学舎の道場へ案内することにした。
雨風が凌げればよかろうし、少なくとも便所と水は使えるのだ。
ジェズは素早くウーズに目配せし、先走ってダロンに使いを出させる。
「ははっ!全く生き返ったような気分よ!」
「真に左様ですな。」
ジョンアルと側近3名は、応接の椅子に座って白湯を啜っただけで、とびきりの笑顔になった。
「当家には10名ほど泊まれるのだが、あれほどの数受入れるには数日時間がかかる。それまでは恐縮だが学舎の道場でしのいでくれ。」
「うむ、そこまでしていただきかたじけない。野宿する場所でもいただければ御の字だったのだ。」
「まさかそんなわけにはいかぬ。」
どうやらそれほど気を使う必要はなさそうだ、とジェズはほっとした。
ジョンアル・ジーの一族は放浪を続けているだけあって、貴族一族というより傭兵軍団という印象を与える。荒々しい気風ながら、ティエル=ジャン家の面々にはむしろ好感を持って迎えられた。
相性がいいということだろう。たまたまだが。
大勢の一族たちも、冬期休暇に入った学舎の道場にまずは入ってもらう事で混乱は起きていない。
「さすが大国の気風、感服した。」
ジョンアル・ジーは頭を下げる。
乞食のように扱われながら、自分の一族のために貴族が頭を下げるのだ。
立派な男だ。
ジェズはこの男に心を動かされていた。
宮◯谷先生すいません!
ジョンアル(重耳)はもっと人格者であるべきでしょうが、長年放浪した人間が
お利口さんなのは不自然かなと思い、悪者っぽく書いてみました。
他の小説とはキャラが違うと思います。ぜひご感想ください(*´∀`*)




