陰謀と正義①
作品中の国名は、春秋時代の代表的な国家から取ってます。
中国語読みでカタカナ表記してるんですけど、声調が無いと区別し辛いのが難点。
それでもカタカナ表記なのは…環境依存が多いからさ…。( ´Д`)y━・~~
新年の祝辞式を無事終え、すぐにも孤児院へ顔を出そうと思っていたジェズ。
しかし早朝、リンズ城からやってきた使者によって、少々予定が狂ってしまった。
「母上、今日もリンズ城へ行ってくる。シャオ兄から是非会いたいとの連絡があったので。」
ジェズは朝食の席で、母ティエル妃に使者の用向きを伝えた。
「あら新年早々忙しい事。今日は孤児院へ行くと言ってなかった?」
「その予定だったんだけど。急ぎの重要な用件らしい。」
「急ぎの?用件?シャオ様があなたに?」
ティエル妃は顔を曇らせる。
「ジェズいい?ちょっとこちらへいらっしゃい。」
「?話ならここで出来るじゃん?」
ジェズと母は大き目の円卓に、対角線上に腰かけている。しかし別に声が届かぬほど離れている訳でもない。現に今まで普通に会話していたのだ。
「いいからこちらへ・・・お前たちはちょっとの間、下がっていて。」
使用人たちを下がらせると、ジェズを傍に座らせ母は言った。
「昨日の事がどういう意味を持つかわかりますか?」
「うーん、一兄が父上の代理のような形を取ったってこと?」
「後継者について、お父上のお気持ちはウグイ様とシャオ様の間で揺れておられました。優柔不断なのですよ、あの人は。」
覇者ジャン公も形無しである。
「しかしトイ卿とシュウ卿が、お父上不在の間にあのような席次を決めた。これまで放置してきた立太子の問題が、抑えきれずに噴き出してきた影響です。」
母は冷静に分析する。
「トイ卿がウグイ様擁立に舵を切った可能性があります。」
「叔父貴が?まさか!」
ジャン家の番人たるトイ卿が、争いを避けていたはずの平和主義者が、後継者争いの引き金を引いたというのか。
「シャオ様があなたを呼ぶのは、間違いなくこの事と絡んでいます。十分注意なさい。」
「シャオ兄が俺を・・・仲間にしようということか?」
ジェズは昨日リンズ城で、シャオが言った言葉を思い出した。
― 平和な世の中を続けることが困難になってくる。ジョー王国連邦は大きく揺らぐんだ。
兄は何か知っているのか。自分は一番恐れていた『兄弟の殺し合い』を避けれぬのか。
使者を受けた時にそのことに思い至らなかったジェズは、母の注意を受けてようやく自分の置かれた状況を理解した。
「母上!俺はどうすれば・・・」
絶句するジェズ。
「私はあなたに誰とも戦ってほしくはありません。母親ですからね。」
母は彼の手を取って語りかけた。
「あなたの取るべき道は、公爵家継承権を放棄することだと思います。トイ卿のようにジャンの名を捨て家臣となることが最善の道でしょう。」
母の言葉にうなずくジェズ。
戦わぬ道こそ平和につながる道でありそうに思う。
「ではシャオ兄の呼出には応じぬ方が・・・」
「いえ、それはなりません。」
「え?」
呆けた表情をするジェズ。
「母の思いはあなたに生き延びてもらう事。しかしあなたには、貴族としてこの争いが起こらぬよう努力する義務があります。」
「いや・・そうはいっても俺がなんか言ったとこでさ、まだ子供だし。」
「もう甘えておれる歳ではないでしょうジェズ。来年にはあなたも元服して大人の仲間入りをするのですよ。」
母は甘えを許さない。それは子としてよく分かっていることだった。
「ティエルの言葉に、戦には3つの戦いありといいます。」
良質の武器で高い戦闘力を誇る部族である。戦いを知り尽くした民族と言える。
「1つは戦わずして勝つ戦い、1つは争いの元を断つ戦い、1つは戦い続けるための戦いです。3つ目は下の下であり、決して行ってはなりません。」
ジェズは開祖リューシャンを思い起こす。
「あなたが後継者争いへ参加する道理はありません。だからといって争いを最小限に抑える努力を放棄してはなりません。いいですね?」
「母上はそういうんだけどさ。」
ジェズはアモンを連れ、騎馬でリンズ城へ向かう。
私用での登城とはいえ、公子が従者も連れずに城へ行くわけにはいかない。
昨日祝辞式に参加でき無かったアモンは、二つ返事で同行を承知した。
「奥方様のおっしゃることは正しい。」
「お前っていっつも母上の言う事は従うのな。」
馬が吐く息が白くもうもうと上がる。昼近いというのに肌を指す寒さだ。
「俺は兄たちと戦いたくはない。シャオ兄はどう考えているだろう?」
「それを聞きに行くんじゃん。」
2人の目にリンズ城の門が見えてくる。
城郭都市であるリンズの町は、幾重にも石壁を巡らせた構造になっているが、城の周りの壁は特に厳重である。イン国との争いが終わった後、建設された都市なのに、なぜここまで厳重な守りを作ったのだろう。
ジェズがそう疑問を口にすると、アモンは言った。
「攻められても良いように備えていたってとこじゃない?」
「でも戦争は終わってたんだぜ?」
「ジョー王国から見てリューシャンは大功を立てた人物だったけど、人気者で実力もある危険人物でもあった訳だろ。リューシャンを攻める理由がある国、それはジョー王国だったろうよ。」
「そういうもんか。」
2人は城の門をくぐり、公子シャオの住む3ノ城へと馬を進めた。
「よく来てくれた、ジェズ。」
応接間に通されたジェズとアモンは、待ち受けていたシャオに出迎えられた。
「武器管理方下士、シン・マーの息子でアモン・マーと申します。」
「アモン君だね。よろしく、」
公子シャオに促され、2人は椅子に腰かける。
「さて・・・早速だけどジェズ、昨日のちょっとした騒動だけどどう思った?」
「母上と朝その話をしたんだ。トイ卿とシュウ卿が、一兄の太子擁立に向けて動いた証しだろうと母上は言っていた。」
シャオは頷き同意を示す。
「ティエル様はかしこいね・・・じゃあ今日僕がなぜジェズを呼び出したかについても話したね?」
「うーん、面と向かって言うのもなんだけど・・・」
「シャオ様はジェズを味方につけたいわけですね?」
アモンが代理で話のポイントを述べる。
シャオは再び頷くと、
「ティエル=ジャン家は武器生産に加えて、最強の戦闘民族でもある。後ろ盾になってくれるとうれしい。もちろんそれはジェズが、継承権を放棄することを意味するんだけどね。」
そう言って手をすり合わせながらじっとジェズを見つめた。
「シャオ兄が公爵家を継ぐとして、兄貴たちをどうするつもりか聞いていいか?」
ジェズがそう言うと、兄は立ち上がって部屋をぐるぐる歩き始めた。
「父上は今年、南を攻めるおつもりだ。」
ふと容易ならぬことを言う。
ジェズとアモンは顔を見合わせる。
南を攻める、といえば当然ジョー王国連邦に隣接する南国、チユ王国の事だ。
チユ王国は以前ジョー王国に服従し、連邦国に所属していた。
しかし度重なる王家への出費にもかかわらず、南方の異民族国家として連邦内の立場は極めて低いものだった。待遇に不満のあったチユ国は連邦から離脱し、自ら王国と名乗って、連邦の南側をしばしば侵略している。
「父上はジョー王国への勤王精神を明らかにするため、今年の秋には南方に攻め込む。その際に留守を任せる太子が必要になってくる。」
フムフムと2人は頷き聞いていたが、アモンはそこでなるほどと手を打った。
「そこまで公子がご存知という事は、ジャン公かガン卿が公子にお話になったと言いう事ですね?すなわち今回の400周年で王都を訪問されるついでに、秋の南征とシャオ様の立太子の件を王国に申し入れてくるという事ですか。」
公子シャオはニッコリ笑う。
「アモン君は頭がいいね!まあ概ねそんなところだよ。」
「え、マジか!シャオ兄が立太子!!そうなのか!」
ジェズは慌てる。今の話を聞いて、なんでそうなるのかがさっぱりわからない。
「ここまで太子の件を引っ張ってきてしまったから、ジャン公もお一人で決断を下すのが難しくなってしまったんだろ。」
アモンが解説する。
「そこで王国側が泣いて喜びそうな、チユ王国南征というお土産を持っていく。ついでに恐れながらとシャオ様の立太子の件を、王国から承認してもらうんだ。そうすればさすがの反対勢力も、反発することができないだろう?」
「なーるほど。」
俺以外の奴はみんな頭がいいなとジェズは半ばあきらめの心境だ。
「そんなわけでねジェズ、父上とガン卿がお帰りになったら、僕は元服して太子になる。」
シャオは決定事項として2人に説明する。
「兄たちには家臣となって引き続きリュー公国内に留まってもらうか、王都でジョー王にお仕えするかを選んでもらおうと思う。」
「戦うつもりはないわけだな?」
ジェズは念を押す。
「戦いなんて起こす意味がない。それでも武力的な背景なしに、僕が意見を通すのは難しい。僕が太子になる前に、さらに言えば父上がお帰りになる前に、兄たちが動き出してしまうのが、今最も危険なシナリオなんだ。」
シャオはそう言ってジェズに頭を下げる。
「この秘中の秘を話したのも、ジェズの事を信頼しているからだ。継承権を放棄して、僕の家臣になってくれ。兄弟の争いごとなくこの国を引き継ぐには、その手しかないんだ。」
シャオは土下座せんばかりに懇願する。
ジェズは唖然とするばかり、アモンは腕組みして考え込んだ。
ここまでお読みいただいてありがとうございます(*´∀`*)




