狩人と獲物④
中国東北部はかなり涼しくなりましたー。
東京はまだあっついみたいですね。
お見舞い申し上げます。
「怪しさしかない。」
イェン・ズウは真っ先に口を開いた。
「調べなければならないのは、人間世界に干渉する仙人でしょ?なぜジェズの家族の事ばかり聞くの?」
「それが一番目立ったね。」
アモンが同意する。
ジェズの家族は即ちこの国の中枢でもある。
「悪者仙人が公爵家内部に入り込んでいるってとこかな?」
「そんな疑いかけようないっしょ?リュー公国は善政が行われて国が栄え、覇者として連邦内をまとめてる国っしょ?」
「逆にうまくいきすぎていて、疑われてるという事もありえる。」
ガンゾとリイファも自身の意見を述べる。
「たとえば仙人が人間に技術を与えて、結果として国が発展するのは干渉とは言わないなー。むしろ仙人界の存在意義といえるし、そういう類の事じゃあないと思うねー。」
ダロンは反対の立場だ。
「干渉ってゆーくらいだから、直接悪事に手を下すようなことだと思うんだよね。でもリュー公国にはそんな形跡は見当たらないしねー。」
「でも絶対おかしい!怪しいよあの仙人!」
イェンはジェズが心配でもあり、そこから頭が離れていかない。
「もしかして後継争いへの干渉があるかもな。」
ジェズが言って皆が彼を見つめた。
「一兄のことを気にしていた。このあと何か動きがあるのかも。」
「それとなく探っておきましょう。」
ウーズは自分に覚えこますように、ゆっくりと声に出した。
「それ以外に気付いたことは?」
アモンの問いにまたしてもイェンが力説する。
「ジェズの力を気にしていた!あれもちょっとしつこくなかった?」
「イェンはジェズの事気にしすぎっしょ?」
ガンゾの突っ込みにイェンは顔を赤らめる。
「そ、そんなこと・・・私はただその・・大事だと思うから・・・」
「調子に乗っておかしなことを口走るなよ?」
リイファは殺気を飛ばす。
「だが確かに、若の修業を盛んに勧めておった。」
「そうだな、ありがたい話だが学舎に入ったのは何も仙人になりたかったからじゃない。」
ジェズとウーズは顔を見合わせる。
『卒業できなかったら勘当』などと皆に知られるのは面白くない。
言ったら殺すとジェズの顔には書いてあり、ウーズは慌てて笑いをこらえる。
「じゃあまとめ。
① 人間界での奴の仕事
② 俺たち道士候補生と大同学舎の件
③ ジェズの家族について
④ ジェズの修業について こんなことが話題になった。このうち①の話はジェズの質問に答えた形で、後の話題は全て奴の方から聞いてきた話題だ。」
「うーんあやっすぃー。」
ダロンは何故か満足そうだ。
「戻って義父に報告するよ。ジェズの方は何か手があるかな?」
「えーそーだな・・・ウーズ?」
「ワシからカイファン・トイ卿へご報告しておきましょう。」
家宰は抜け目なく答える。
「他になければここまでだ。とりあえず怪しいことが起こったらすぐに皆と連絡を取るように。」
アモンがそう締める。
「よし!じゃあそういうことで!今日は焼き肉だな!!」
ジェズは面倒な話を終えた安心感からか、ひたすら腹が減ってきた。
「どこで調理できるかな・・・」
「学舎じゃあまずいっしょ。」
「それなら任せてほしい!」
ダロンが元気よく言う。
「ところでウーズさん、この肉の量なら20人分はありますよね?」
「いやいや、1匹15斤(7.5kg)ってとこでしょうかな?4匹で60斤。普通に分ければ60人は食べれるでしょう。」
「それじゃあ皆にお願いがあるんだけどさー。」
学舎と同じ4環路の北、学舎から2刻(30分)ほど歩いたところに、『リー家孤児院』はひっそりと建っている。
周囲には数件の民家があるばかりで、賑やかな通りからはかなり奥まった場所だ、
建物には大きな庭があり、一同が到着した時刻には、何人かの子供たちが遊んでいるのが見えた。
ところが馬車から降りてきたのがダロンだと知れると、子供たちは遊ぶ手を止めじっとこちらを見つめた。
その表情はキョトンとしたもので、何が起きたのかわかるまでにちょっと時間が必要なようだった。
腰の高さほどの柵を乗り越え、ダロンは表情を引き締めた。
「みんな!元気だったか!!」
その瞬間子供たちが叫びだす。
「ダロンにいちゃああん!!!!!」
「うわあああああああああ!!!!!!」
いかに子供とはいえ、20人からの数が一度に、しかも全速力でぶつかって来る様は恐怖でしかない。
その場の全員があまりの迫力に凍りつく。
その勢いは魔兎どころの騒ぎではない。
「ぐおっ!ぐぐっ!!」
次々とぶつかる子供たちを抱き留めるダロンは、小声でうなりながらも笑顔を崩さない。
「ダロンすげえ・・根性あんだなあいつ。」
「見上げた奴っしょ、ほんといつも頭か下がるっしょ。」
「軍師というより『聖人』だな。」
「ほんと。『聖者』ダロンね。」
みな口々に称えながら、なかなか救出に近づけぬほどのダロンの人気ぶりであった。
「みんな・・ぐふっ!見てないで助けて・・・」
「こんなに良くしていただいて・・・本当に皆さまには何とお礼をしてよいやら・・・」
孤児院で世話役をしているレンさんは、一同へ深く頭を下げた。
レンさんは30代後半ほどに見える婦人で、ぽっちゃりとした小柄な体型だ。
「レンさん!みんないい奴だから大丈夫だってー。」
ダロンが誇らしげに言う。
「いや狩りの獲物は近所におすそ分けせねば、豊穣の神に祟られる。それが子供たちの口に収まるならば、これ以上の事はありますまい。」
「まったくいい考えだぜ!ダロンは頭がいいだけじゃねえ、心が正しいからこんないいことを思いつけるんだな!」
ジェズは感心しきりである。
「こうなったら僕の出番っしょ!」
ガンゾは異常な張り切りようだ。
料理のためにいくつもの調味料と、野菜やキノコ類を荷馬車に積んできている。
実家から送られてきたものらしい。
「うう・・女子の出番ではないのか・・・」
「せ、せめて手伝うフリでも・・・」
女子二人は肩身の狭いセリフを呟く。
「うおーっほっほ!そりゃそりゃあ!!」
子供たち相手に絶好調なウーズは、レンさんが心配そうに見守る中、空中へ次々と子供たちを放り投げて遊んでいる。
「身体強化を無駄遣いしてるねー。」
子供たちは普段ありえない豪快な遊びに大興奮だ。
ガンゾは孤児院の厨房を借りて、魔兎肉の下ごしらえに入った。
現場で内臓などはあらかた片付けてきてあったので、よく洗った肉へ塩と香草と果実酒をまぶした物を2匹分、これは丸焼きにするので少し寝かせて男子チームに管理させる。
もう1匹は大き目のぶつ切りにして、生姜・ネギ・蒸留酒少しと一緒に煮る。
短時間で軟らかめに煮こむため、2刻ほど煮込んだ後一度スープから引き揚げ、肉を冷ます。
肉のタンパク質と脂肪は煮込んだときに収縮率が違うため、冷やした時にタンパク質の細胞膜は脂肪より小さくなってしまい破壊される。
更に味をつけて煮込むと、肉は柔らかく仕上がるという寸法である。
恐るべき肉の香り、作っててもよだれが止まらない。
最後の1匹は一口大に切り、野菜と共に串焼きにする。
しかも今日は、ガンゾとっておきの醤で味付けするのだ。
女子チームは皿の準備や野菜の切り分けに忙しい。
男子はすでに火を熾し、丸焼き魔兎をまわしながら、表面に油を塗っている。
「火の横に串焼きを刺してくれっしょ。」
「まかせれ。」
ゆっくり焼きあがる串焼きと丸焼き、焼けるほどに醤が焦げる香ばしい、殺人的な匂いが広がる。
「おーなーかーへったー・・・」
「にくーにくー・・・」
気付けば表で遊んでいた子供たちも、全員後ろから肉を凝視していた。
「できたっしょ!」
ガッツポーズのガンゾの叫びに、割れんばかりの子供たちの歓声が続く。
「うめーよーうめーよー」
子供たちは涙を流している。
「ガンゾ天才?何この串焼きの美味さ・・・」
「げふうこのスープたまんねえ、肉がトロットロに煮えてんぜえ!」
ダロンは短剣で丸焼きを切り分け、子供たちの皿にのせてやっている。
60人分の肉もあっという間だ。
「いやレン殿、これはさいっこうじゃあ!!」
ウーズはいつの間にやら、レンさんに果実酒をごちそうしてもらっている。
全ての者が魔兎の肉を堪能し、幸せいっぱいの気分になる。
そしてしばらくの間、心配事であっても忘れることができたのだ。
リュー公国に間もなく正月が訪れようとしていた。
旧暦正月は勿論新月なんですよね。
あったり前なんですけど、初めて気付いた時は何か感動しました。
香港が心配です…




