プロローグ②
序章で2つに分けてしまった・・・・
今日はもう1つ投稿する予定です。
「お話しいただいた事で、ある程度察しはつきますが・・・。まあ天仙が表に出れないとなれば、何ぞ他の天宮との揉め事って所でしょうかね?あるいは・・・やっちゃあいけないこと、つまり人間界への干渉でしょうか?」
ピクリと西王母の眉が上がる。すると再び昊天宮の仙雲は厚みを増し、眼下の景色は消え去って光に包まれた状態へと戻っていく。
西王母のいら立ちが瑤姫にも伝わってくる。
だが知ったことではなかった。彼女としたって息子の事が心配なのだ。
「今問題だって言えば、例の龍脈の異常活性化?あれと昊天宮が関わっているとか?それともジョー王国の後継者問題に介入するとか?」
「ああもうお黙り!分かったよ!教えてあげるから!」
西王母は煩わしそうに手を振り、瑤姫の言葉を遮った。瑤姫はひそかに片手を握りしめ、ガッツポーズである。
「やれやれ、いらぬ噂をまかれちゃあ迷惑だよ。これがどんだけ重大事なのか、あんた分かってんのかね?」
もちろん分かっていない。そこが知りたくてこうまで無謀な仕儀に及んでいる。
瑤姫がジトッと睨んでいると、西王母は諦めたように続けた。
「・・・まああんたにも知る権利があるってことだね。ただし他言は無用だよ。」
西王母は居住まいを正すと、声に力を込めた。
「これは昊天宮の大方針、すなわち玉皇大帝さまのご意志である。」
思わず瑤姫も背筋を伸ばし、彼女にとっての兄の名に対し礼を取る。
「陰陽五行説をめぐる近年の争い事、特に人間界を巻き込み大戦を引き起こそうとする動き、誠に許し難く看過すべからず。よからぬ企み事は調べ上げ我が耳へ入れよ。緊急になすべき仕置きがあれば、余に代わってこれを行え。」
恐らくこれが、彼女の息子アルランへ向けられた指令の一部であろう。瑤姫の表情が固まる。
「西王母様・・・。」
「うむ。」
「陰陽五行説って何ですか?」
「え!そっち?」
伊達に武闘派で通った女仙ではない。
自慢じゃないが理術系の話題となると、数千年まともに話した記憶はない。
「まあそんなこったろうね。あんたときた日にゃ長いこと昊天宮に顔も出さないし、自分で理術を学ぼうって性質でもないしねえ。」
「・・・簡単にご説明いただけますか?」
「陰陽五行説は週天星宮が、つまり紫微大帝さまと七天真君が考案した理術の学説でね、この数百年で仙界の最も重要な理論となったのさ。世界のあらゆる理の背景を、火・水・木・金・土の五要素の状態と変化として解き明かしたものよ。ここまでわかるかい?」
「マッタクワカリマセン。」
盛大にため息をつく西王母。
すると彼方から凄いスピードで、先ほど吹っ飛ばされた紫衣仙女がすっ飛んでくるのが見えた。
「さっきは少し手加減しすぎたわね。」
瑤姫が反省を口にするが、当の仙女はみるみる近づいて二人の傍らに転がり落ちた。
「はぁはぁ瑤姫さまあ・・・私めより・・ひぃーっ・・・ごせつめいします。」
「少し落ち着いてからでよい。」
汗だくながら満面の笑顔でのたうつ仙女に、西王母もかなり引いている。
「さて瑤姫さま。陰陽説はいくらなんでもご承知でございますね?これがお分かりでなければ仙力とて使いこなすことはできぬはず。」
「それなら分かっている。」
陰陽説とはこの世のあらゆる事象が、陰陽という二項対立の中で理解が可能とする理論である。全ての仙術は陰陽を基に構成されており、未知の物事も必ずこの理を避けることができないとする。即ち太陽と月、昼と夜、男と女のように、すべての事象にはカウンターパートがあり、まだ発見されてない対極の事象があったとしても、それは必ず存在するのだ。
「五行のそれぞれに陰陽が与えられ、より細かく分類された理こそ『陰陽五行説』でございます。これにより物事の移り変わりがより正確に理解され、ひいては未来が予測可能なものになる。」
「いやまさか。」
「まさかでないのが、この学説にございます。」
「ご苦労、下がれ。」
西王母の一言で、紫衣仙女はあれっとわずかな声を残し、再び昊天宮の彼方に吹き飛ばされた。
「実に簡単な説明だったがな・・・要点は抑えておる。」
西王母はカタリと茶器に蓋をすると、またゆっくりとそれを開ける。茶器には再び茶が満たされていた。
「この『未来予言』に皆憑りつかれた。その結果人間界によからぬことが多発している。」
「正しく未来が予言できるなら、ただそれを実行に移すだけでございましょう?」
「そこがややこしいところよ。五行の変化はいくつかの形式があるのじゃ。」
茶を啜った西王母が、武闘派仙女に噛み砕いて説明する。
「『相生』という変化の仕方がある。土は金を生み、金は水を生み、水は木を生むという変化じゃ。」
「ほう。」
「『相剋』という変化もありうる。土は木により、木は金により、金は火により倒されるとする。」
「へー。」
「あんた・・もう興味なくしてるね。」
「はい。」
「まあ簡単に言うとね、美しい学説なんだけど解釈次第でかなりブレるのさ。お互いが相手のブレを気に入らない、誰が正しいのか証明しようってのが今起きている問題。イカレた奴らが人間界に干渉して、易姓革命を引き起こそうとしている。」
西王母は容易でないことを口にする。
「そんな・・・理術の論争が、なんで人間界の易姓革命とつながってくるんです?」
つまりジョー王国の滅亡を引き起こそうというのだ。人間界への干渉自体も仙界のご法度であるのに、大戦を引き起こすなど常軌を逸した行為と言わざるを得ない。
「この未来予言ってところがクセモノなのさ。王朝の興亡が予測できるなんて、理仙じゃなくても興味津々というところだろう?自分の理論を証明するのに、これほど印象的な対象はない。だから・・・」
「だから?」
「力ずくでも次の王朝を建てちまえって馬鹿者が出てきたのさ。自分が正しいことを証明するのに、それが一番近道だと。」
「何てことを・・・」
あまりの事に瑤姫はただ言葉を失った。
あっていいことではない。昊天宮の懸念がようやく理解できた。
「そこであんたの可愛いアルラン坊やさ。」
「アルランが・・・このことに巻き込まれているので?」
「安心おし、巻き込まれてなんかいない。その馬鹿者どもの動きを調べ、昊天宮に報告するのがあの子の役目だよ。」
「それでも・・それでもひどく危険な・・・」
「あんたあの子を随分低く見積もってやしないかい?」
西王母は悪い顔で、にやりと瑤姫をねめつける。
「三尖刀のアルランといえば、五岳の武仙も裸足で逃げだす仙界最強の男じゃないか!こんなお役目の一つや二つ、あの子にとっちゃ子供のお使いみたいなもんだろう?」
西王母はアルランを、その母親譲りの赤髪と雄姿を思い出し、満足そうに微笑んだ。
そして母親には十分な説明をしていないことにわずかな罪悪感を覚えたが、茶の香りと主にそれも忘れ去ってしまった。