狩人と獲物③
前回の長さの単位を修正しました。
一尺が30センチくらいになったのって、結構最近ですね。
ここでは古代中国に合わせ、一尺=23センチとします。
アルランは2m以上ってことです。(*´∀`*)
目の前に出現したあまりに非常識な存在に、ジェズ達は声も上げられない。
呆然としている一同を見て、
「仙人はこの辺りでは珍しいのか?」
とからかう様に言うアルラン・ヤン。
「いやーどー考えても、珍しいのはこのあたりだけの話じゃないですねー。」
ダロンはアルランを見上げて言う。
10尺はあろうかという巨人、青空を背景にした彼はまるで彫像のようだ。
「そういうお主たちもかなり珍しい。先ほども申したが、あまりに大きな仙精の動きに、思わず寄り道して地上に降りてきたのだ。」
神獣がムクリと起き上がり、その巨体をアルランの許へのそのそ動かしていく。
アルランはでかい手で神獣の頭を撫でまわした。こうしてみるとサイズは釣り合っているので違和感ないが、圧倒的な迫力だ。
「道士の卵がこれ程に集まっていることなどめったにない。お主らもしや東岳で修業中の者たちか?」
穏やかな口調だが、額の中央の魔眼が不気味に光っている。
「いえいえー。大同学舎という常識的な学舎で学ぶ、ただの学生の集まりです。今日は皆で魔獣狩りに来てましてー。」
受け答えはダロンの役目となったようだ。
他の者は今一つ、話の中身についていけてなかった。
「ふむ、道士ゴズ・リーの学舎だな?」
「義父をご存知でしたか―。」
「ああ、お主はゴズの息子か。なるほどいかにも使えそうだな。」
ダロンはギロギロと魔眼で見られるのには慣れているものの、目が3つの巨人に間近によられるとさすがに後ずさりたくもなる。
「ふーん、なるほど。で、公子。先ほどは失礼した。」
巨人が簡単な礼を取る。
ジェスも少し迷ったが、同じく礼を取った。
「別に失礼などと思ってはいない。我々は仙人に遭うなど初めての事なので、少々驚いているだけさ。」
快活に笑う。
正直ビビってはいるが、仲間を励ますため虚勢を張っている。
「アルラン・ヤン殿といわれた、リュー公国へ何の御用か?」
「うむ。このところ素行の悪い仙人どもが、人間界へ何かと干渉することが増えているようでね。西王母様が大層お心を痛めておられる。」
アルランは額の目を閉じた。
この方が話しやすい、とジェズはありがたかった。
「そこで私に取り締まってくるよう命じられたのだ。今はジョー王国連邦の国々を巡視し、どこで何が起こっているのかを探っておるところだ。」
「・・・そんな重要なことを我々に明かしていいのか?」
「なに、この事は秘密でもなんでもない。うわさが広まり悪党どもが大人しくなるなら、それは話が速いという事よ。」
アルランはクスリと笑う。
「せっかくここまで来たのだ。リュー公シャオバイやジョン・ガンにも挨拶をしておこう。公子、機会があったら各位へ伝えておいてほしい。」
「承った。」
ジェズは短く承諾し、早くこの場を去ってほしいと言外に匂わす。
しかし仙人にはこういった気分は伝わりにくいようだ。
「今の太子は確か・・・ウグイ殿とか言われたな?今はリンズで公務されているのか?」
「一兄はまだ立太子を終えられていない。」
ジェズの言葉にウーズもピクリと眉を動かす。
「ほう、随分と遅い事だ!何か体の具合でも宜しくないのか?」
「理由はよく知らん。もっと頭のよい家臣に聞いてくれ。」
ウーズはほっと胸をなでおろす。
どこで誰に話が伝わるか分からない。
いらぬ言葉は自分の身に災いをもたらすものだ。
「左様か・・・。ところで公子、お主の波動は目を見張るものがある。仙力を習得すれば、天仙にも迫る力を得ることが出来よう。」
「本当か?」
「私は戯言は好かん。」
再びアルランは魔眼を見開く。
うおっとジェズは後ろへ退く。
「ふっ、見たところ金行相が強く見受けられる。修業を積みたければ私が西岳へ紹介しよう。」
気を害するでもなく、アルランはジェズにそう告げた。
「金行相?」
「ふむ、そっから説明が必要か。たとえば・・・お主の友を見てみるがいい。」
アルランは友人たちを指さす。
皆、突然のフリにビビる。
「そう警戒するな・・・そこの黄色い頭の坊主と白い髪の娘がおるな?」
「あたしの髪を・・・白髪みたいに言ってほしくないですけど!」
イェンは臆することがない。
「まあ良いではないか。その髪は五行の相を端的に表している。その二人にはそれぞれ土と金の相が強く表れておる。」
「そうなの?」
「まじ?」
本人たちもよく知っていない話のようだ。
「私は戯言は言わん・・・で公子、お主にも金行の相が若干見える。金行仙力の修業といえばやはり西岳よ。よければ赤精子へ紹介しよう。」
「なんと!」
ウーズが叫ぶ。
「ありがたいが・・・今返事をすることはできない。まだ学舎で勉強中の身だ。」
ジェズはウーズを睨みながら、常識的な返答をする。
「左様か、まあ焦るような歳ではないが、修業に入るなら早い方が良い。私はしばらくこの国に滞在させてもらうから、いつでも連絡をくれていい。」
そうしてダロンの方へ顔を向け告げる。
「ゴズ・リーにもそのうち挨拶に行こう。よろしく言っておいてくれ。」
「わかりましたー。お伝えしておきまーす。」
ダロンはいつもの調子でアルランに答え、
「ヤン殿はどちらへ宿をお求めですか?」
と尋ねた。
「宿など必要はないが・・・どこかに拠点を作ることはあり得る。またの機会に伝えよう。」
仙人には宿など不要なのだ。
そんなことも知識として共有されていない、身近でありながら謎の存在である。
「ではまたな。」
そういうと、アルランは哮天犬に跨った。
乗って帰るの?と皆が考えた瞬間、登場した時と同じような轟音が鳴り響く。
「うおおおわア!」
「ひいいい!」
その場にいたものは皆、あまりの衝撃に立っていられず尻餅をつく。
アルランの姿は轟音と共にブレて、やがてかき消えた。
「はあ・・・なんだったんだアレは?」
アモンは災難のような仙人がようやく消えてほっとしていた。
ウーズはじっとアモンを見つめる。
「アモン殿・・・」
アモンも頷き返す。
「うん、ウーズ。今のはつまり・・・」
「ワシ初めて仙人見ちゃった!」
「そんなこと?!」
「チョー強そうだったっしょお!」
「スゴイよ!今消えちゃったのってどういう仕組み?ねえねえアモン知ってる?」
一同あまり緊張していなかった。
「みんなそうじゃねえだろ?今のやり取り聞いてて、なんかおかしくなかった?」
「おかしいっていえば全ておかしいっしょあんな存在自体。」
「仙人見たの私も初めてだ。比較対象がないのでおかしいかどうかも分からない。」
友人たちが真顔で口々に答える。
アモンは顔を真っ赤にして説明する。
「いやつまりなあ、あの仙人の目的がおかしいって思わねえ?」
「アモン殿!」
ウーズが立ち上がって叫ぶ。
「なに!何?!」
「獲物がほったらかしですぞ、まずは処理いたしましょう。」
そーだそーだったと皆ガヤガヤ立ち上がって、転がった獲物の方へ歩き始める。
アモンは無力感に襲われ、一人その場に転がった。
「まずな、ダロンよ『波動』って何よ?」
「そこからかー。」
あの大騒ぎのためか、それとも巨大神獣の登場の影響か、魔獣たちは逃げ散ってしまい狩りの続行は不可能だった。
というわけで少々早いが、リンズの町へ帰る途中の荷馬車の上である。
「『波動』というのは道士の修業に必要な技術でね。」
ダロンは皆に説明を始めた。
「龍脈っていうのは聞いた事あるでしょ?地下を流れる巨大な力の流れのこと。これは脈っていうくらいだから、波として地中を伝わってるんだよね。」
ガタゴト揺れる荷馬車の上である。
皆の顔が頷いたのかただ揺れているだけなのか、見た目では判別できない。
「人間の体にも気が流れているけれど、これも脈として、つまり波として伝わっているんだ。」
朝方掛けていた幌は取り外してある。少々声が通りにくくなった。
「仙人たちの研究によって、人体の気と龍脈の波を同じ間隔に保つことで、龍脈から仙精を取り込むことができていることが分かっている。この技術を『波動』というんだよね。」
ここにいる皆が初めて聞く話だ。
『龍脈から力をもらって身体を強化する』という仙人の力は、その前にもう一手順必要だったわけだ。
「仙人の修業は『仙骨』という特殊な骨格がある者しかできないとされてきた。でも今では修業次第で誰でも『波動』を習得し、仙人になれると考えられている。」
「本当かよ?」
「誰でもなれるって・・・そんなことってある?」
ダロンはまあまあと皆をなだめて言った。
「もちろん向き不向きはあるんだけどね。そのあたりの違いが波動の『兆候』を持つ人の存在だ。長時間の修業でようやく身に付く波動を、天賦の能力でできてしまう者が一握り存在する。仙骨があると昔言われていたのは、こういう人たちだったんだろうね。」
「さっきの巨人は私たち全員に『兆候』が見えると言ってたけど・・・つまり私たちは皆仙人に成れるってこと?」
「そう、少なくとも波動の兆候があるので、他の人より成れる確率が高いってことだねー。」
「いやそれさ、そこもすこし引っかかる。」
アモンは言う。
「『僕たち皆が』素質がある、これってつまり甲級の生徒全員が素質があるってことなのか?」
ダロンはうーんと困りながらも渋々答える。
「これはここだけの話にしてほしいんだけどねー。義父は魔眼で兆候のある子供を見分けられるから、そういったことが可能なわけ。」
「何のためにそんな?そして何故私達には話してもらえない?」
リイファも不審そうに口にする。
「義父は埋もれてしまう人材を世に出したいだけ。ただし『道士の卵が一クラス分いる』なんてことが分かってしまえばどうなるか、皆想像できるでしょ?」
またガタゴトと共に皆頷く。
「奴は学舎を気にしていたな。」
ジェズがつぶやく。
「そう、『素行の悪い仙人の取締り』とも言ってたよね?義父は仙人じゃなく道士だけど、『将来仙力を持てる戦力を養成している』ようにとられてしまえば、危険視されるんじゃないかって思う。」
「若は・・・考えられんくらい変わりましたなあ。あのクソガキ・・・いえいたずら坊主がこのように頭の回る切れ者になるとは・・・」
「黙れ。」
皆が笑う中、アモンは再度皆に注意を呼びかける。
「他にもおかしいと思った点がいくつもあるんだ。みんな気になった点をここでまとめてみないか?」
今度はガタゴトにもかかわらず、皆はっきりと頷いて同意を示した。
これもうすこし続けます。