狩人と獲物①
大同学舎では年末の文術試験も終わり、生徒たちはもう冬休みに向け気もそぞろという状態。
ジェズの仲間たち5人は一人も欠けることなく試験に合格し、早速以前から計画していた妖獣狩りを学舎へ申請し、許可も貰っていた。
学舎の要求として、上級生と成人の経験者の同行が条件とされたが、そもそもイェン・ズウはジェズに誘われ行く気満々であったし、ティエル=ジャン家の家宰ウーズは3度の飯より狩りが好きという男、計画実行に全く障害はなかった。
そして大みそかまであと10日に迫った晴天の一日、ジェズ等一行は二時辰(午前5時頃)ほどに学舎を出発すると、北の森に向かって荷馬車を走らせていた。
「あなたがウーズさん・・・」
荷馬車の後方中央に陣取るジェズ。
向かい合って正面に座るティエル=ジャン家の家宰ウーズ。
そのウーズは周りを取り巻くジェズの学友たちから熱い視線を浴びている。
「若・・・ちょっとよろしいか?」
「なんだ。」
「皆様方なにか・・・ワシを珍しき動物のようにご覧になられておりますが・・・」
「そんなことはない。」
ジェズは仲間の視線に気が付いていたが、説明も面倒なので適当に誤魔化している。
「大西部最強の男なんっしょお?」
「見たところ特に大きいわけでもないが・・」
ガンゾとリイファは遠慮なくウーズの体を触り、感触を確かめている。
「この方がジェズの体術の師匠・・・」
イェン・ズウがキラキラした目で見つめてくるし、ダロンは会った瞬間から『是非指導を』と土下座で頼み込んでくる始末。
「絶対なんかありましたな?」
「何もない。」
やはり面倒なので説明はしない。
「ウーズ、ジェズが学舎で最強なのだから、師匠のあんたが注目されるのは当たり前でしょ。」
古くから顔なじみのアモンは、仕方なく説明を入れる。
ティエル=ジャン家基準で考えていては、この状況が理解できないのも無理はない。
「なにアモン殿、若が学舎で最強と言われたか。」
「聞いてないだろうから言っておくけど、入学後最初の授業で、体術の師範を病院送りにしてるから。」
「なっ・・・」
絶句するウーズ。
「それ以来体術の授業では危険すぎるから、ジェズは一対一の立合いは禁止されている。」
リイファはなぜか嬉しそうに言う。
「ジェズが退屈だから、三対一の立合いからは認めるっていうことになったっしょ。」
「なんとそんな・・・」
信じられぬといった風に頭を振るウーズ。
「ゴズ・リー学舎はなるほど名門、生徒は頭脳が優秀すぎて武術を好まぬのですな?」
「そうじゃない!!!!!」
ジェズまで一緒になって家宰にツッコむ。
「ウチの学舎は武術がむしろ有名です。剣術なんて武術も創造しちゃうほど、武術に力入れてますよ。」
ここは学舎を代表してダロンが説明する。
「おまけにジェズときたら、身体強化まで無意識にやっているらしい、この年齢でメチャクチャです。この男の師匠がどれほど凄いのか、やっぱり気になるじゃないですか。」
「身体強化ですと!そのようなことがあるはずが・・・」
「学長は魔眼で仙精の状態が見えるんです。ジェズは間違いなく身体強化を発動しています。」
「武術を極めた人は、自分でも気付かぬうちに身体強化を会得することがあるらしいよ。ウーズも自分で気付いてないけど身体強化しているはず。」
「そうだよねー。でないとジェズをノシちゃうなんて理屈に合わないもんねー。」
ダロンとアモンは口々に言い合った。
「若・・・」
「なんだ。」
「狩りの前に武器の確認をいたしましょう。」
「そうきたか。現実から逃げているな。」
ウーズはたまりかねて話題を変えた。
一同まだまだ言いたいことはあるが、ここは楽しみな狩りの話題に乗っかることにした。
「ウーズさんこれこれ!僕の長剣見てください。」
ダロンは嬉しそうにウーズへ自慢の長剣を見せる。
「ほうほう、これが長剣ですなあ・・・我らも作ってみましょうかなあ。」
ウーズは興味津々である。
武器生産はティエル=ジャン家の生命線であり、新たな主力商品の研究には余念がない。
「ウーズ、この武器は面白いぞ。」
「面白うございますか。」
「うん、何と言っても個人の鍛錬によって、技量を上げることができる領域が大きい。大刀などと比べて奥行きが深いと思う。つまり、技術を磨くことが面白い。」
ほうほうと頷いていたウーズは、素材調達と生産計画を考えつつあった。
「でも狩りにはむいてないっしょー。」
ガンゾは自分の得物を誇示するように言う。
「やっぱ狩りには弓っしょね。」
「ガンゾ殿は弓がお得意なのですな。」
「そうです!士分の方には縁が少ないっしょが、平民の武器と言えば弓!しかも狩りには最適っしょ!」
ガンゾは地方の地主の息子である。
地方の生活において、狩りは自衛・食糧調達のために必須である。
「ほう、この短弓は・・・」
ウーズは手に取って目を見張る。
「実に見事な作りですなあ。騎馬民族が使うものに近い。どちらでこの短弓を?」
「それは自分で作ったっしょ。」
「・・・・・・!」
ウーズは目を見張ってガンゾの黄色い坊主頭を見つめる。
「これは・・・高く売れますぞ。」
「まさかっしょ!」
「冗談ではございません。この複雑な作り、この手ごろな大きさ、多種の素材を組み合わせた複合弓と呼ばれるものでございます。ジョー王国内で製造している武器商はおりません。」
皆顔を見合わせる。
「ガンゾって何でも器用に作っちまうよな。」
「そうそう、部屋の中とか魔改造してるしね。武器も作れるんだー。」
「ガンゾ殿・・ですな?いかがでしょうご卒業の暁には、このティエル武器商会へ・・・・」
「青田刈りするな。」
半ば本気でウーズはガンゾを誘っている。
荷馬車は夜明けの田舎道を走り続けている。
幌はかけてあるものの、寒さは厳しく忍び寄ってくる。
ジェズ達はここで保温筒を取出し、熱い白湯を回し飲みする。
「確かにな、狩りに長剣はあまり向いていないが・・使ってみたい気持ちもあるな。」
先ほど散々長剣を褒めていたが、ジェズの得物も弓と大刀だ。
「ジェズは木剣以外の長剣は持ってないじゃない。」
イェン・ズウがジェズの横でそう言いながら、そっと彼の腕に触れる。
「わ、私のを使ってもいいんだ。ジェズ。」
リイファがぐいっと腕を引き、自身の長剣をジェズの胸に押し付ける。
「いや、まあ、まず作戦の確認をしとこうか。な、ウーズ。」
「そうですな、若。いやいやいい眺めですなあ。」
両脇を美しい少女に囲まれたジェズに、ウーズはホクホクの笑顔で答えた。
「まずは森に着きましたら下調べです。少人数での狩りですから、大物のいそうな奥まった所へは行かず、日当たりが良い、小魔獣の多そうな背の低い木の密集地でポイントを探します。」
皆真剣にウーズの話を聞く。
田舎道に揺られながら、荷馬車はがたがた音を立てるが、草原で育ったウーズの声は滑らかに通り、皆の耳にもはっきりと聞こえる。
「これは足跡やら糞やらで判断しますが、現場で皆さまにもお教えしましょう。」
「すごい!狩りって感じ!」
「いいねえ、めっちゃ楽しみ!」
天気もこの上なくいい冬の一日である。
狩りには曇った日の方がいいのだが、気分としては晴れている方がいいだろう。
生活かかっているわけでもない、スポーツとしての狩りである。
「追い出し役と仕掛け役、詰め役の分担はお分かりいただけましたな?」
皆頷いて理解を示す。
草むらから魔獣を追い出す役割、武器を持ってそれを撃つ役割、逃げ切った魔獣を弓で仕留める役割の事である。
「場所を変えながら、役割も変えてまいります。皆さまが狩りをお楽しみいただけますように。」
得物は魔兎・魔狐などが一般的だ。
さほど気を付ける必要はないが、弱い個体とはいえ魔獣である。
油断しては大ケガもしかねない。
魔獣狩りは個人で絶対に行ってはいけない、というのは鉄則だ。
どれだけ個人の実力があろうと、強力な個体や大きな群れに遭遇してしまっては、生きて脱出できる保証がない。
馬車には叩いて大きな音を出す竹筒や、吹くとやかましいほら貝などが、魔獣払いとして積んである。
更に火の管理など、経験者が不在では危険な目に遭う確率は高いのだ。
北の森には四時辰(午前10時頃)を過ぎたころに到着した。
森のはずれの木に馬を繋ぐと、ウーズは香り草の干したものを周囲にバラまく。
「これは魔獣たちが嫌う匂いですな。」
拠点となる場所には、魔獣たちが近寄らぬ工夫が必要だ。
そこから森の南側に向け、一同は周辺を探索した。
ほどなく見渡しのいい場所で、魔兎と思しき糞を発見する。
「あったね!」
イェンが小声で叫ぶ。
「この近くにいる?」
リイファはキョロキョロとあたりを見渡す。
「魔兎は臆病な性格で、糞を広く見通しのいい場所でのみします。」
ウーズは皆に魔兎の習性を教える。
「しかも巣の場所からは離れて、風下に排泄するのです。」
「それじゃあこの近くにはいないってこと?」
「いやあそうでもないんだ。見てみな。」
ジェズは糞の周りから続く足跡を指さす。
「やつらは足跡も偽装する。ここで消えているのは、大ジャンプで草むらにもぐりこんだからだな・・・」
ジェズが少し離れた草むらをかき分けると、魔兎のものと思しき足跡が、途切れ途切れに現れる。
「あっちっしょー」
ガンゾも慣れた手つきで足跡を見分け、立ち止まって低木の密集した地域を指さした。
「おお、まさにまさに。」
ウーズは小声で喜び、手真似で皆にしゃがむよう指示する。
「では1回目の役割は先ほど決めた通り。」
「よし。位置に付こう、風向きと音に気を付けて。」
追い込みと詰めは風上から動いて魔獣を追い立てる。リイファ・ダロンが主として追い込み、両翼でガンゾとウーズが詰めを取る。
仕掛けのジェズ・イェン・アモンは離れて風下に待ち受ける。ジェズとアモンは大刀の斬馬刀を、イェンは長剣を構える。
「行きますぞ!!」
ウーズの陽気な声が響き、狩りが始まった。