試験と器②
「自ら王国を望む・・・って自分が王様になろうってことか?何言ってんだリューシャンがそんな真似するわけねえじゃんか!」
ジェズはぶっきら棒に吐き捨てた。
仮にも自国の英雄にして自分の先祖である。
リューシャンが自分の王に対して、弓を引くことなどありえない。
「ジェズ、それは答えになっていません。答えにしたければ『なぜそんな真似をするわけがないのか』を客観的事実を基に説明しなければなりません。」
ニン老師は注意深くジェズの顔を観察しながら言った。
試験部屋の格子窓から差し込む午後の日差しは、彼の特徴的な顔だちに更に陰影をつける。
ジャン家の血を受け継ぎながら、明らかに西方の血が混じる少年。
この少年が『波動』の素質があることは、既に学長から聞かされている。
子の素質を持つ少年たちが、感情面では起伏の多い傾向を持つことが、彼らの経験上明らかになっている。
今では優等生であるダロンも、幼いころはひどい癇癪持ちであった。
この傾向が出るのは一定の期間のみで、後は収まることも分かっている。だが発現する年齢と長さは人によって違う。
ジェズも明らかにその傾向がある。しかも進行形である。
これを抑制できなければ、人間としても仙力使いとしても大成することはできない。
この学舎の根幹である精神を『自律自学』と呼ぶが、これは主に波動の素質がある子供たちに向けたメッセージである。
自らを律し、自ら学ぶ。
この事こそ彼らが成長するためのカギである。
感情を制御できない者に波動の習得は難しい。
ジェズはこめかみをヒクつかせていたが、やがて落ち着いたのか口を開いた。
「リューシャンは自分が王になるために戦っていたんじゃない。太祖チャン・ジーを王にするために戦ってたんだ。」
「私が質問しているのはその先の事です。」
目線を上げよ、とニン老師は質問の手を緩めない。
これは試験であって試験ではないのだとニン老師は思っている。
今この少年に必要な歴史理解を、問答によって引き出すことを目的としている。
「ジョー王国が誕生したのは、リューシャンが奔走して味方勢力を集めたためであり、彼の仙力がイン王国の巫術を破ったためであり、彼が作った軍隊がイン王国軍を打ち破ったためです。」
ニン老師はじっとジェズを見る。彼の瞳ににじんでくる理解の色を見ている。
「十中八九までが彼の功績であり、多くの味方がジョー王国でなく彼に従っていました。イン王国を滅ぼした後、なぜ彼は自らの王国を望まなかったのでしょうか?」
リューシャンは手を伸ばせば、王座がその手に届いた。なぜそうしなかったのか。
少年は顔をこわばらせ、怒ったように下を向いた。
「そんなこと知らねえよ・・・」
ニン老師は思わず笑い出す。
「それではあなたを落第させるしかありません。簡単にあきらめず、自分なりの答えにたどり着きなさい。」
聞いていた試験とは違う。
「俺は諦めたとは言ってない。」
この試験では覚えてきたことをしゃべるのではない、と老師は言っている。
覚えてきた歴史の事実の中から、自分なりの答えを見つけろと。
老師との言葉の応酬に、ジェズは体術のようなぶつかりを感じた。
少年の目の色が変わった。
「結構です。では質問に答えて。」
少年は真剣な面持ちで、虚空を見つめてブツブツと何やらつぶやいている。
「何のため・・・何のために・・・」
少年は自らの感情を制御しつつある。
ふと少年は口を開いた。
「老師、リューシャンはきっと、王のためだけに戦ったのではない。」
「おや、今度はそうなったのね。じゃあ何のため?」
「それを考えている。」
ニン老師は興味深げに尋ねた。
「先ほどとは少し考えが違ってきたようね。では答えを出す前に、あなたがなぜ考えを変えたのかを聞かせてちょうだい。」
するとジェスは心外だというように文句を言った。
「老師がそうじゃないというから、俺は別の方向から考えたんじゃないか。」
ニン老師は静かに言う。
「考えを変えたことを咎めているのではありません。正しい方向へ進んでいるかどうか、あなたの考えの道筋を知っておきたいだけです。」
「俺は・・・リューシャンが王のためだけに戦ったというなら、それはつまり自分のためだけに戦ったことに等しいと思ったんだ。」
少年はたどたどしくも、自分の言葉で語っていた。
「王が偉くなることで自分も偉くなれる。もしリューシャンがそう思ったのなら、自分が王になろうとも思ったはずだ。でもそうではなかった。」
ニン老師はふむと頷く。
「結構です、続けて。」
「いやだから考え中で・・・」
ジェズは困ったように、自分の鷲鼻を指でかいた。
今考えを述べたように、少年は歴史から拾い上げた目の粗い情報から、帰納的に答えを導き出そうとしていた。
これは彼がまだ学習していない、理術的アプローチと言っていい。
彼女の質問自体がすでに歴史の問題を超えたものであったため、少年は歴史の枠を超え思考を広げている。
「老師わかった。」
思考の闇の中で、ジェズは何かを捉えた。
それは歴史の学習の中で覚えた、知識の隙間にあったものだ。
「リューシャンは自分と王のためだけじゃない、戦いをなくすために戦っていたんだ。イン王国が滅んだあとで自ら王座を望めば、戦いは続くことになる。だから彼は王座を望まなかった。」
ニン老師は大きく頷き、ジェズに語りかけた。
「開祖リューシャンは平和を愛する人であったと言います。ジョー王国軍のすべてを掌握しながら、イン王国に勝利した後すぐに武器を置いたのは、人々が傷つくのを恐れ、これ以上の戦いを望まなかったからでしょう。」
ジェズの顔は喜びに輝いていた。
答えにたどり着いた喜びだろうか?むしろ偉大な始祖の心情を、覗き見ることができたという事が、嬉しかったのではなかろうか。
「ジェズ、貴方の回答は合格に値します。」
それを聞いて彼は立ち上がる。
「ホントか老師!やったぜ合格?」
「それでもジェズ・ジャン、覚えておきなさい。」
ニン老師は厳しい顔のまま話を続ける。
「この世に怒る戦いの多くは、『戦いをやめさせる』という大義名分のもとに行われます。このことはとても見栄えよく人の欲望を隠し、侵略を容易にさせるのです。」
ジェズは立ち上がったまま、老師の言葉を聞いている。
「人の欲望は底が知れず、欲望を持った人が数多く集まれば、聖人といえどもそれを抑えるのは至難。」
自らを律する、自ら学ぶ。学舎の魂がジェズに教えを与えている。
「だからこそ開祖リューシャンが武器を置いたことは、歴史的な偉業と言えるのです。『建国史』は戦った開祖公を称賛するものですが、戦わなかった開祖公を称賛しておりません。」
ニン老師も立ち上がった。
これが試験終了の合図である。
「あなたは開祖公の後を継ぐ人々として、正しく歴史を理解していなければなりません。開祖公はこの国を作ったから偉大なのではない。この数百年にわたる平和を築いたからこそ偉大な人なのです。」
少年は答えにたどり着き、師は一段上の道を示した。
次代の国の礎を共に作り上げるためである。