表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/40

試験と器②

「自ら王国を望む・・・って自分が王様になろうってことか?何言ってんだリューシャンがそんな真似するわけねえじゃんか!」


ジェズはぶっきら棒に吐き捨てた。

仮にも自国の英雄にして自分の先祖である。

リューシャンが自分の王に対して、弓を引くことなどありえない。


「ジェズ、それは答えになっていません。答えにしたければ『なぜそんな真似をするわけがないのか』を客観的事実を基に説明しなければなりません。」


ニン老師は注意深くジェズの顔を観察しながら言った。

試験部屋の格子窓から差し込む午後の日差しは、彼の特徴的な顔だちに更に陰影をつける。

ジャン家の血を受け継ぎながら、明らかに西方の血が混じる少年。


この少年が『波動』の素質があることは、既に学長から聞かされている。

子の素質を持つ少年たちが、感情面では起伏の多い傾向を持つことが、彼らの経験上明らかになっている。


今では優等生であるダロンも、幼いころはひどい癇癪持ちであった。

この傾向が出るのは一定の期間のみで、後は収まることも分かっている。だが発現する年齢と長さは人によって違う。


ジェズも明らかにその傾向がある。しかも進行形である。

これを抑制できなければ、人間としても仙力(センリー)使いとしても大成することはできない。


この学舎の根幹である精神を『自律自学』と呼ぶが、これは主に波動の素質がある子供たちに向けたメッセージである。

自らを律し、自ら学ぶ。

この事こそ彼らが成長するためのカギである。

感情を制御できない者に波動の習得は難しい。



ジェズはこめかみをヒクつかせていたが、やがて落ち着いたのか口を開いた。

「リューシャンは自分が王になるために戦っていたんじゃない。太祖チャン・ジーを王にするために戦ってたんだ。」


「私が質問しているのはその先の事です。」


目線を上げよ、とニン老師は質問の手を緩めない。

これは試験であって試験ではないのだとニン老師は思っている。

今この少年に必要な歴史理解を、問答によって引き出すことを目的としている。


「ジョー王国が誕生したのは、リューシャンが奔走して味方勢力を集めたためであり、彼の仙力がイン王国の巫術を破ったためであり、彼が作った軍隊がイン王国軍を打ち破ったためです。」


ニン老師はじっとジェズを見る。彼の瞳ににじんでくる理解の色を見ている。


「十中八九までが彼の功績であり、多くの味方がジョー王国でなく彼に従っていました。イン王国を滅ぼした後、なぜ彼は自らの王国を望まなかったのでしょうか?」


リューシャンは手を伸ばせば、王座がその手に届いた。なぜそうしなかったのか。




少年は顔をこわばらせ、怒ったように下を向いた。

「そんなこと知らねえよ・・・」


ニン老師は思わず笑い出す。

「それではあなたを落第させるしかありません。簡単にあきらめず、自分なりの答えにたどり着きなさい。」


聞いていた試験とは違う。

「俺は諦めたとは言ってない。」


この試験では覚えてきたことをしゃべるのではない、と老師は言っている。

覚えてきた歴史の事実の中から、自分なりの答えを見つけろと。

老師との言葉の応酬に、ジェズは体術のようなぶつかり(・・・・)を感じた。


少年の目の色が変わった。


「結構です。では質問に答えて。」

少年は真剣な面持ちで、虚空を見つめてブツブツと何やらつぶやいている。

「何のため・・・何のために・・・」


少年は自らの感情を制御しつつある。


ふと少年は口を開いた。

「老師、リューシャンはきっと、王のためだけに戦ったのではない。」

「おや、今度はそうなったのね。じゃあ何のため?」

「それを考えている。」


ニン老師は興味深げに尋ねた。

「先ほどとは少し考えが違ってきたようね。では答えを出す前に、あなたがなぜ考えを変えたのかを聞かせてちょうだい。」


するとジェスは心外だというように文句を言った。

「老師がそうじゃないというから、俺は別の方向から考えたんじゃないか。」


ニン老師は静かに言う。

「考えを変えたことを咎めているのではありません。正しい方向へ進んでいるかどうか、あなたの考えの道筋を知っておきたいだけです。」


「俺は・・・リューシャンが王のためだけに戦ったというなら、それはつまり自分のためだけに戦ったことに等しいと思ったんだ。」

少年はたどたどしくも、自分の言葉で語っていた。


「王が偉くなることで自分も偉くなれる。もしリューシャンがそう思ったのなら、自分が王になろうとも思ったはずだ。でもそうではなかった。」


ニン老師はふむと頷く。

「結構です、続けて。」

「いやだから考え中で・・・」


ジェズは困ったように、自分の鷲鼻を指でかいた。

今考えを述べたように、少年は歴史から拾い上げた目の粗い情報から、帰納的に答えを導き出そうとしていた。


これは彼がまだ学習していない、理術的アプローチと言っていい。


彼女の質問自体がすでに歴史の問題を超えたものであったため、少年は歴史の枠を超え思考を広げている。


「老師わかった。」

思考の闇の中で、ジェズは何かを捉えた。

それは歴史の学習の中で覚えた、知識の隙間にあったものだ。


「リューシャンは自分と王のためだけじゃない、戦いをなくすために戦っていたんだ。イン王国が滅んだあとで自ら王座を望めば、戦いは続くことになる。だから彼は王座を望まなかった。」


ニン老師は大きく頷き、ジェズに語りかけた。

「開祖リューシャンは平和を愛する人であったと言います。ジョー王国軍のすべてを掌握しながら、イン王国に勝利した後すぐに武器を置いたのは、人々が傷つくのを恐れ、これ以上の戦いを望まなかったからでしょう。」


ジェズの顔は喜びに輝いていた。

答えにたどり着いた喜びだろうか?むしろ偉大な始祖の心情を、覗き見ることができたという事が、嬉しかったのではなかろうか。


「ジェズ、貴方の回答は合格に値します。」


それを聞いて彼は立ち上がる。

「ホントか老師!やったぜ合格?」


「それでもジェズ・ジャン、覚えておきなさい。」

ニン老師は厳しい顔のまま話を続ける。

「この世に怒る戦いの多くは、『戦いをやめさせる』という大義名分のもとに行われます。このことはとても見栄えよく人の欲望を隠し、侵略を容易にさせるのです。」


ジェズは立ち上がったまま、老師の言葉を聞いている。


「人の欲望は底が知れず、欲望を持った人が数多く集まれば、聖人といえどもそれを抑えるのは至難。」


自らを律する、自ら学ぶ。学舎の魂がジェズに教えを与えている。


「だからこそ開祖リューシャンが武器を置いたことは、歴史的な偉業と言えるのです。『建国史』は戦った開祖公を称賛するものですが、戦わなかった開祖公を称賛しておりません。」


ニン老師も立ち上がった。

これが試験終了の合図である。


「あなたは開祖公の後を継ぐ人々として、正しく歴史を理解していなければなりません。開祖公はこの国を作ったから偉大なのではない。この数百年にわたる平和を築いたからこそ偉大な人なのです。」


少年は答えにたどり着き、師は一段上の道を示した。

次代の国の礎を共に作り上げるためである。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ