武術と文術
香港の情報入ってこないのは心配ですね…。
ジェズとアモンは無事大同学舎の生徒となり、翌日の授業から早速出席することとなった。
学舎の教室棟は敷地の中央にあり、最も大きな建物でもある。その東側には屋外の鍛錬場があり、正門である東門に面している。
宿舎は屋内道場を挟んで教室棟の西側にある。ダロンとアモンは宿舎を一緒に出ると、ぶらぶらと道場を過ぎて教室棟へ向かった。
2人とも真新しい胴着を着込んでいる。ジェズは黒、アモンは昨日のダロンのように黒い胴着と白い褲子だ。
「砂版は持ってきてる?・・・うん、大丈夫だねー。後は何の準備もいらないよ。」
ダロンは教室で二人を出迎えると、それだけを確認した。
砂版は文字の学習に使う道具で、木で作った薄い板枠によく洗った砂を敷き詰めて使われる。指で文字を何度も書いては消し、覚えるまで続けるのだ。
「大同学舎では午前中に文術を、午後から武術を学ぶ。これは1年級も2年級も同じだ。」
リイファがボソリと説明してくれる。
「昼の食事の後に座ってしまうと、眠くなって寝る生徒が続出するらしい。」
「昼にも食事が食えるのか!」
ジェズはご機嫌だ。一般的に食事は1日2回というのがこの時代の習慣である、
「豆の煮物が多いがな・・・」
「なんだリイファはあの豆が嫌いなのか?あれは美味いじゃないか?」
昨日の夜にそれを食べたばかりのアモンは、彼女が不満そうにそれを口にするのがイマイチ理解できない。
「・・・で、大同学舎には書が膨大な数管理されてて、この書は閲覧するのにニン老師の許可が必要になる。試験前の期間なんかほとんど予約で見れないから、興味あったら普段から読んどくといいっしょ。」
書が好きなガンゾが教えてくれた
ジェズは全く興味なし、だがアモンは目をキラキラさせて聞いている。
「膨大な蔵書・・・」
「お前昔っから書が好きだよな。あんな邪魔くさいものないが面白い?」
「書を読んでその面白さがわからん奴に、口で説明してわかるわけがない。」
書は木簡に記されるため、その嵩が巨大なものになる。
ティエル=ジャン家にもそこそこの蔵書があったがジェズは近寄りもせず、小さいころからアモンが読ませてもらっていた。
1年甲級の文術師範は、1年級主任師範でもあるニン老師だ。
彼女は60歳を過ぎているはずだが、立ち居振る舞いに衰えなど微塵も感じさせず、かえって生徒たちより若々しく見える。
「入学が遅れて多少学習に影響あるだろうけど、焦る必要はありません。むしろ基礎を飛ばしたり疎かにせぬように。これは武術においても同じことですよ。」
彼女は二人に注意を促すよう言った。
そうして挨拶もそこそこに授業を始める。
ニン老師は自身で工夫した大きな砂版を教室の前列におき、生徒たちに前に来させては皆の前で字を書かせる。
この砂版にはちょっとした文章も書けるので、そのまま歴史を教えるときにも活用される。ニン老師が文章を書き、それを生徒に読ませていくのだ。
この砂版は大同学舎の全ての師範にいきわたっており、中身の濃い授業を実践させている。
「いやーやっぱり難しいな!老師が何言ってるのかが分からない!」
そう言いながら笑顔で食事をするジェズ。
「それにしちゃあ楽しそうだよねー。」
「ああ。皆で授業を受けるっていうことが楽しいな。」
横でアモンはぐったりしている。授業中のほとんどすべての時間を、ジェズの質問対応に追われていた。
「けどね、ジェズ。午後は少し注意しておいた方がいい。」
「あ?」
ジェズはダロンを訝しげに見る。
「義父から聞かされてるんだ。武術師範の一部は、ジェズが大同学舎へ入学することに反対だったらしい。」
「ふうん・・・」
興味を示さないジェズは、ガンゾの黄色い坊主頭をぐりぐりして遊んでいる。
ガンゾは真剣に逃げ出そうとしているが、リーチの違いから反撃もできていない。
「ジェズ、ダロンの情報は間違いない。気を付けて。」
リイファも真剣な表情で言うが、ジェズはへらっと笑って言う。
「ニン老師も言ってたろ?基礎を疎かにはできないよ。」
午後の授業は屋外の鍛錬場で行われる。
武術では大刀術・剣術・体術を学ぶが、このうちの大刀術に関しては型を覚えることが中心となる。
剣術と体術では一対一の立合いが毎授業の終わりに必ず行われるので、授業の時間は防具の着用が必要になる。
この防具には動物の皮が用いられることが多く、牛革・鹿革などが一般的だ。
武術の授業も男女の区別なく行われるため、1年甲級の20名ほどは鍛錬場の同じ場所に集まっている。
武術師範のタン老師が険しい顔で注意を促す。
「すでに諸君が入学して3か月ほどが過ぎ、最もレベルの低いものでもそれなりに技術の進歩がみられる。しかしこの時期になって新たに生徒が入ってきた。」
タン老師はジェズとアモンをギロリと睨みつける。
「この二人を諸君と同列に扱うのは難しい。基礎から学ぶために、2人には別途指導を行う。いいな!」
「好きにしな。」
二環北軍団のツートップは余裕だ。
「貴様ら師範に向かってなんだその口のきき方は?」
「ふん、あんたら師範は上等な人間だというのか?だが俺の知っている限り、優れた人というのは自分を偉く見せようなどとは思わぬ人たちだ。あんたのような人とは少し違う。」
「師範であるワシを愚弄するか!その態度から改めた方がよさそうだな・・・」
タン老師はジェズに近寄ると、その腕をぐいとつかみ、
「体術の稽古をつけてやろう。こっちへ来い!!」
そのままジェズを連れ、鍛錬場の中央へ歩き出した。
甲級の生徒たちはザワつくが本人は平気なものだ。
「師範が相手してくれんのかー、がんばんねえとなあ。」
「アモンちょっと・・・大丈夫かアイツ。」
ガンゾはビビリながらアモンのくせっけ頭をモシャる。
「へーきだ、だからモシャるのはやめれ。」
「タン老師は体術だけで見れば、武術主任のゾウ老師にも引けを取らぬ強者だ。いかにジェズといえど・・」
リイファも寄ってきて心配そうにつぶやく。
「大丈夫だっつうの!お前ら2人してモシャるのはやめれ!!」
「あははー、2人とも心配いらないと思うよー。」
アモンの頭に触るスペースを見出せないダロンは、羨ましそうに2人を見ながら言う。
「いつでもかかってこい。」
タン老師は円形の闘技場中央で、腰を低く構える。
「よしいってみようかあ!!」
無造作にジェズはとびかかる、と見せてくるりと回転し膝へタックルする。
こんな動きは常識的体術の型にはない。
「うぎゃあああ!!」
あっさりタン老師の巨体は地面へ崩れ去る。
「あーあれ膝逝ってるか?」
ダロンが顔をしかめながら言う。動きが自由すぎて予測できない。
「はいここ!」
うつ伏せになったタン老師の首に、後ろから腕をまわして豪快に締め上げる。
「・・・が・・あ・・」
「こんなもんで理解できたかな?俺の強さは?」
リイファとガンゾが唖然と見守る中、アモンは当然だろとつぶやく。
「アイツの体術の師匠は、ティエル族の勇者で5年前の国王杯優勝者だぞ。武仙でもない限り簡単に戦える相手じゃない。」
「どーりで。しかも彼、身体強化術使えてるらしいよ。」
「し、身体強化術う?!それってもう道士クラスじゃない!!」
ダロンの後ろからひときわ高い声で驚いたのは、2年甲級で学生代表のイェン・ズウだった。
驚こうとした3人は、虚を突かれてあっけにとられてしまう。
「・・・イェン・ズウ、あなたがなんでここにー?」
「っべつに何でもないわよ!!騒がしかったからまたあんたらが何かしてるかと・・・じゃあね!!!」
すっ飛ぶように教室棟へ消えていく後姿を、4人は唖然として見送る。
「あのひと何なんしょ?しかしダロン!!それってすごすぎっしょ!!」
「・・・普通じゃない。身体強化などこの年で発動できる者を見たのは初めてだ・・」
「さすがにそれは俺も初めて聞いたぞ・・・ダロンはなぜそれが分かるんだ?」
驚きも3者3様である。
「義父さんがジェズの戦う姿を見ていてね・・・義父さんには見えるんだよ。そういうのが。」
「随分ざっくりした説明だな・・しかしあれどうするよ?」
授業開始から一刻立つかどうかという時間で、師範がKOされる異常事態が発生した。
「まずかったか?」
「マズいわ!!!!!」
ちょっとバツの悪そうに言うジェズに、クラス全員から思いっきりツッコミが入ったのは当然である。
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