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10年ぶりに……

10年ぶりに帰郷したら初恋の人が悪女(笑)になってたんだがどうしてこうなった

作者: 燦々SUN

※短編『10年ぶりに光を取り戻した男とその妻がラブラブ過ぎてどうにかしてほしい』の続編で、『10年ぶりに光を取り戻した~』シリーズの第4弾です。

「若旦那様、そろそろ着きますよ」

「ん……」


 御者の声に目を開けると、馬車の窓から、10年ぶりに訪れる故郷の町を囲む外壁が見えた。


「懐かしいな……」

「へぇ。10年ぶりでしたっけ? なんでまた急に故郷に帰ろうと思われたんで?」


 思わず口から零れた呟きに反応した御者が、何気ない様子で質問を投げかけて来る。

 俺はそれに対して、本心の一部で答える。


「なに……俺ももう22になるからな。いい加減親父の元を離れて、自分の力を試したくなったのさ」

「ははあ、なるほど。それはご立派なことで」


 御者はあっさりと納得したようで、頷きながら「それに比べてうちの息子は――」などと言い始めた。

 それを適当に聞き流しつつ、俺は改めて故郷の町を眺めた。


 先程言ったことは決して嘘ではないが、どちらかというと建前という側面が強い。

 俺の今回の帰郷の一番の目的。それは、かつて俺の純情を踏みにじった女を見返すことにある。


「待っていろよ……ファリン」


 そして外壁を潜り、俺は生まれ故郷である町に帰り着いた。



* * * * * * *



 俺の名はアレク。

 王都に本店を構えるマレーン商会の会長の長男であり、後継ぎでもある男だ。

 俺はこの度親父の元での修業を終え、生まれ故郷であるこの町の支店に、支店長として配属されることになった。


 馬車で大通りを進むと、その支店は間もなく見えてきた。

 その門前に乗り付け、店の中に入ると、すぐに見知った顔が出迎えてくれた。


「おお、お久しぶりです。アレク坊ちゃま」

「久しぶりだなイサント。ただ、もうアレク坊ちゃまはやめてくれ」

「これは失礼しました。支店長」

「今度は他人行儀過ぎだ。若旦那でいい」

「はい、若旦那様」


 イサントは17年間に渡ってこの店の支店長を務めていた従業員で、俺にとっても旧知の間柄だ。

 しばらくは新任の俺の補佐として残ってくれるが、引継ぎが終わったら本店に異動することになっている。


「若旦那様、実際の勤務は明日からです。折角の帰郷ですし、本日は町の様子でも見回ってみては?」

「そうだな。そうさせてもらうか」


 そう言うと、俺は店を出て夕暮れの街に繰り出した。




「おお~、この店まだ残ってたのか」


 大通りを歩きながら、自分の記憶の中にある大通りと照らし合わせる。

 そうやって当時のことを懐かしんでいると、俺の視界に1人の女性が映った。



 ドクン



 自分の心臓が大きく脈打つのを感じる。


 波打つ長い赤髪に勝気につり上がった緑色の目。

 赤く分厚い唇に、その下にあるチャーミングなホクロ。

 背は高く、女性らしい起伏に富んだ魅惑的な肢体を持っている。


「あいつだ……」


 10年の時を経て少女から女性へと成長しているが、その容姿には当時の面影がはっきりと残っている。

 胸に苦い思い出を抱えていながらも、それでもイイ女だと認めざるを得ない程度には、魅力的な女だった。


「……っ!!」


 予期せぬ遭遇に、10年前の苦い記憶とその時に植え付けられた弱気な自分が首をもたげる。



 今から10年前、俺はあの女と……ファリンと付き合っていた。


 ファリンはその当時から可愛く人当たりも良くて、周囲にいた同年代の男の大半は、ファリンのことが好きだったと思う。

 俺もその例に漏れずファリンのことが好きで、ある日意を決して一世一代の告白をした。


 初恋相手への人生初の告白は「いいよ」の一言であっさりと受け入れられ、当時の俺は喜びのあまり天にも昇る気分だった。

 しかし、それも告白の1週間後に行った初デートまでだった。


 今の自分から考えれば稚拙という他ないが、それでも当時の俺が必死に考えて組んだデートプラン。周囲の年上の従業員に教わった紳士的な振る舞い。

 準備に1週間を費やし、満を持して挑んだ初デート。

 しかし結果は無残なものだった。


「思ったよりもつまらなかったわ。別れましょ」


 デートの最後に告げられたのは、その一言。

 それだけ告げて、ファリンは俺から去って行った。


 あまりの衝撃に一瞬呆然とした後、慌ててその背に追いすがって何が悪かったのかと聞けば、「根本的に女の扱い方が分かっていない」と突き放された。

 その言葉は、まだ小さかった俺の心に深く突き刺さった。


 結局そのまま別れてしまい、ファリンはその2週間後には別の男と付き合っていた。

 そしてその時になって、俺はファリンが男をとっかえひっかえしてはこっぴどくフッている悪女だということを知った。

 そうして俺は、純朴な少年としての純情と1人の男としてのプライドを踏み躙られ、逃げるようにして王都に修行に向かったのだ。



(落ち着け……俺は昔の俺とは違うんだ)


 あれから10年。

 父親の元で様々な経験を積み、紳士的な振る舞いも身に着けた。

 身だしなみにも気を遣うようになり、今では貴族様とだって堂々と渡り合えるようになった。

 王都では女性経験もそれなりに積んだし、自信もある。

 もう「女の扱い方が分かっていない」などとは言わせない! 一流の紳士になった俺であの女を見返してやる!


(よしっ! 行くぞ!)


 ふっと鋭く息を吐き出しながら自分自身を鼓舞すると、俺はファリンに近付いた。


「やあファリン、久しぶりだね」


 柔らかな笑みを浮かべながら、そう話しかける。


 この身に纏う、一流のみが身に付けられる服に装身具の数々。

 市井ではあまりお目に掛かれない紳士的な立ち居振る舞い。


 並の女性なら、声を掛けられた自身の幸運に目を輝かせるであろう振る舞いは出来た……と、思う。


 だが、ファリンの反応は予想以上に鈍かった。


「……誰よアンタ」


 こちらを振り返ることもなく、怪訝そうな流し目で俺の方を睨んでくる。

 その冷たい視線に内心動揺しつつ、しかし表に出すことはなく笑顔で続ける。


「ほら、アレクだよ。マレーン商会の息子の。ついさっき久しぶりに帰郷したんだ」

「アレク? …………ああ。随分と久しぶりね。……それで? 何か私に用?」

「は、ははっ、つれないなぁ。久しぶりの再会だっていうのに。どうだい? これから食事でも。他の知り合いの近況も聞きたいしね」

「ごめんなさい。これから用事があるのよ。それじゃ」

「あ……」


 こちらの誘いに一切応じることなく、面倒そうに髪を払うと、ファリンは去って行った。

 あまりの取り付く島もない態度に、去り行く背中に掛ける言葉もない。


(ちっ……まあそう上手くはいかないか)


 どうやらそう簡単には誘いに乗ってくれないらしい。

 そんなにあっさりなびくほど安い女ではないと言いたいわけか。


 だがそれでいい。

 それでこそオトし甲斐がある。

 あの高飛車な悪女を今の俺の全力で以て虜にし、その上で捨てる。


 そうして初めて、俺は過去の自分を脱却することが出来る。

 本当の意味で新しい自分に生まれ変わるために、俺はあいつを見返してやるんだ!



* * * * * * *



 ……そう決意したのが昨日のこと。


 現在俺は、昨日失敗した食事の誘いに成功していた。

 ファリンと2人きりで、この町一番の高級料理店の個室で食事をしているのだ。


 ……そこまではいい。俺の計画通りだ。

 だが、問題は……


「うぅ~~~ミリアのぶわぁか~~。わらしを置いて1人で幸せになっちゃってぇ~~。ぬぅあ~にが『ファリンは結婚しないの?』よぉ~。わらしだってぇ~……わらしだってねぇ~! 結婚れきるんならしたいあよぉ! れもマトモな男が寄って来ないろよぉ~~。男とのマトモな話し方もわかんらいし……。えぇ~~? 自業自得う~~? わかってるらよーー! 仕方ないれしょ~~? わたしはど~せ、どぉ~~っせ! いき遅れのいったい女れすよぉ~~だ! ふんっ!」


 俺の正面でくだを巻いているこの女の訳で……。


 誰だお前は。どうしてこうなった?



* * * * * * *



 ―― 3時間前


 仕事を終えた俺は、昨日に引き続き、夕暮れの町を散策していた。

 そして何気なく立ち寄った路地で、壁に手をついて苦しそうにうずくまる女を発見したのだ。


「あの、大丈夫ですか?」


 もしや急病人かと思って慌てて駆け寄り、そこでその女性がファリンであることに気付いた。

 一瞬眉間にしわが寄りかけたが、顔を上げたファリンを見てすぐに気を引き締める。


 ファリンは一見して顔色が悪く、片手で胸を押さえながら今にも倒れそうな表情をしていたのだ。


「……君か。大丈夫かい? 人を呼ぼうか?」

「……いいえ、大丈夫よ。別に病気とかじゃないの」

「だが、そんなに苦しそうにしているじゃないか。無理はしない方がいい」

「本当に大丈夫なの。ただ……ちょっとデスゾーンに特攻して、心のライフをごっそり持って行かれただけだから……」

「は?」


 よく分からないが、要は別に体調不良という訳ではなく、単に心にダメージを負っているだけ……ということなのだろうか?


 戸惑いながらもどうしたものかと見守っている内に、ファリンはふらつきながらも立ち上がった。

 素早くその体を支えつつ、俺は一瞬迷ってから、ファリンを誘うことにした。


「何か辛いことがあったのかな。俺でよかったら話くらい聞くよ? 昨日は断られてしまったけど、よかったらこれからどうだい?」

「別にアンタに……」


 そこで言葉を切ると、ファリンは溜息を吐きながら思い直したように言った。


「……そうね、それもいいかも。今日はもう飲まないとやってられない気分だわ……」

「……そうかい? じゃあ行こうか」


 そうして、俺はファリンと一緒に食事をすることになったのだ。



 食事をしながら酒を飲んでいると、やがてファリンがぽつぽつと語り始めた。

 それによると、どうやらファリンの親友が懐妊し、今日はそのお祝いに行ってきたところだという。

 そこで親友夫婦のラブラブっぷりをこれでもかというほど見せつけられ、独り身の自分の寂しさを刺激されてしまったらしい。


 あれだけ異性にモテまくっていたファリンが独り身だということは、特に意外でもなかった。

 ファリンは1人の男に囚われるような女ではないと思っていたし、むしろ男を手玉に取って貢がせるタイプだと思っていたからだ。


 だからむしろ意外だったのは、ファリンが自分が独り身であることを気にしているということだった。


(こいつにも結婚願望があったのか)


 そんなことを思っている内に、段々とファリンの目がわり始めた。


 おや? と思った時には時すでに遅く、次の瞬間にはファリンが机に突っ伏しながら猛烈な勢いでくだを巻き始めていた。


 はい、回想という名の現実逃避終わり。



* * * * * * *



「おい、大丈夫か?」


 あまりにもあんまりな様子に、紳士的な振る舞いも忘れてつい素で話し掛けてしまう。


 しかし、ファリンは俺の変化に気付いた様子も……いや、そもそも俺の声自体が聞こえている様子もなく、ぶつぶつと1人で呟き続けていた。


「らんなのよ……。相談したその日の内にぜぇ~んぶぶちまけて上手くいってたとか……。ウィルもウィルよ。あの肖像画の山見せられて引かないとか神なの? あんなホラー見せられて愛が深まるとか意味わかんないれしょ……」

「……ダメだ。全く聞こえてない」


 誰か人を呼ぼうかと思ったその時、突然ファリンがとんでもない爆弾発言をした。


「ふふふ~~わらしはどぉ~せころまま処女拗らせて1人で生きていくのよぉ~。ふひひっ、男を弄び続けたバカ女にはお似合いの末路ねぇ~~」

「……はあっ!?」


 今……なんて言った!?

 処女? ……え? 冗談だろ?


 こいつは……ファリンは、男をとっかえひっかえして、散々貢がせてはこっぴどくフッている悪女ではなかったのか?


「お、おい! 今のはどういうことだ!?」


 思わずその肩に手をかけて揺さぶろうとすると、ファリンはそのまま椅子から転げ落ちそうになった。


「おいっ!?」


 慌てて引き留めようとするも、前かがみの体勢では踏ん張ることも出来ず、諸共もろともに倒れ込んでしまう。

 なんとかファリンが頭を打たないように腕を回したが、その結果、なにやら俺がファリンを押し倒してキスを迫っているかのような体勢になってしまった。


「ぅ……?」


 倒れた衝撃でファリンがうっすらと目を開け、俺を見上げた。

 その熱に潤んだようにとろんとした瞳に、思わず心臓が跳ね上がるのを感じる。

 その時のファリンは、それほどまでに色っぽくて魅力的だったのだ。


「……らによ。私を襲おうっての?」

「いや、これは……!」

「……いーわよ」

「……なに?」


 思わぬ発言に聞き返すと、ファリンは挑発的な笑いを浮かべて俺を嘲笑わらった。


「どぉ~せアンタもあれでしょ? 昔フラれた腹いせに私にふくしゅーしようってんでしょ? いいわよ、やれば? こぉ~んな拗らせ女で立つんならねぇ~~?」


 その馬鹿にしたような発言に、カッと頭の中が熱を持った。

 かつて目の前の女に受けた屈辱を思い出し、腹の底から暴力的な衝動が湧き起る。


「いいぜ……ヤッてやるよ……」


 そう吐き捨てると、俺はその衝動のままに、ファリンの首筋に口を近付けた。

 キスと呼ぶにはあまりにも荒々しいやり方で、ファリンの首筋に痕を付ける。

 上体を起こしてその赤い痕を確認すると、いいようのない達成感と高揚感が全身を包んだ。


 あのファリンを、屈服させている。

 かつて俺に屈辱を与えた女を、今は俺が支配している!


 自然と口元に強烈な笑みが浮かぶ。

 ふと見ると、ファリンは顔の上で両腕を交差して目元を覆っていた。

 そのせいで、今ファリンがどんな表情をしているか分からない。


「おい、こっちを見ろよ」


 気に入らなかった。


(今お前を支配しているのは俺なんだ! そのことをその目でしっかり確認しろ!)


 そんな荒れ狂う衝動のままに、ファリンの両腕を力任せに外させようとして――――


「ぐすっ」


 小さく、しゃくりあげる音が聞こえた。

 それと同時に、ファリンの両腕の下から透明な雫が床にしたたった。


「……」



 ……………………



 ……………………



 ……………………



* * * * * * *



「うぅ~~~~ん…………」

「おい、しっかりしろ。ほら、家が見えてきたぞ」


 俺は完全に潰れてしまったファリンを背負って、夜道を歩いていた。


 結局俺はファリンに手を出さなかった。


 べ、別に涙にほだされたとか……ましてやビビったとかではないぞ!?

 あれは……そう、俺は悪女のファリンを俺の魅力で虜にし、その上でこっぴどくフッてやるつもりだったんだ。

 だから、あそこで手を出したら俺の負けになると思ったんだ。……それだけだ!


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


 ようやくたどり着いたファリンの実家。

 その扉をノックして声を上げると、しばらくして1人の少年が顔を出した。


 ファリンと同じ癖のある赤髪。この子は……そうか、ファリンの弟か。


「すまない。お姉さんと飲んでいたら、お姉さんが酔い潰れてしまってね」

「……そうっすか。どうも」


 そう言うと、弟君はファリンに肩を貸して立たせた。

 そしてそのまま家に入ると、こちらに目礼をして扉を閉めた。


「……ふぅ」


 一体何をやっているのか。

 自分で自分が分からなくなる。


 つい数時間前まで、俺はファリンに対して恨みにも似た負の感情しか抱いていなかったはずなのに、今は全く別の感情が胸の中を占めている気がした。

 その感情がなんなのか……分かる気もするが、気のせいだという気もする。


「……帰るか」


 俺もどうやらかなり酔っているらしい。

 少し夜風で頭を冷やした方がいいだろう。


 そう考えてきびすを返し、少し歩いたところで――背後から声を掛けられた。


「おい」


 はっきりとした敵意を感じる声に、頭の中に残った酔いがスッと醒める。

 振り返ると、そこにいたのはつい先程別れたばかりのファリンの弟だった。


「……何かな?」

「アンタあれだろ? 昔姉貴に泣かされた男だろ?」


 いきなり図星を突かれ、思わず眉がピクッと反応してしまう。

 そしてその反応だけで、彼にとっては十分だったらしい。


 苛立たし気に髪を掻きむしると、溜息混じりに言った。


「たしかに、姉貴が昔やってたことはクソだった。あいつがやったことを考えれば、そりゃあ恨まれんのも仕方ないと思うさ。でもな」


 そこで一息入れると、その姉と同じつり目をキッと鋭くしてこちらを睨んでくる。


「あんなんでも俺にとっちゃあ大切な家族だ。アンタが姉貴を泣かしたってんなら……俺も黙ってられないぜ?」


 どうやら弟君は、ファリンの顔に涙の跡があることに気付いたらしい。

 それに、もしかしたら俺が付けた首筋の痕にも気付いたのかもしれない。


「……」


 普段なら、俺は紳士的に謝罪をしてその場を立ち去っていただろう。

 しかしその時の俺は、ファリンに対して何もしなかった自分への言葉に出来ない感情が胸の中で渦巻いていた。

 更には酒が入っていたこともあり、妙に弟君の言葉にカチンと来てしまったのだ。要はただの八つ当たりなのだが。


「黙ってられない、ねぇ? 君みたいな子供に何が出来るっていうのかな?」

「……あ?」


 普段なら絶対にやらないだろう小馬鹿にした表情で、弟君の体を上から下まで眺める。

 すると、弟君はスッと目を細め、腰を落とすと右拳を腰だめに構えた。


「何が出来るか……試してやろうか?」

「へぇ? いいよ、先手は譲ってあげようじゃないか」


 年長者の余裕で、両腕を左右に広げる。


 荒事なら今まで何度か経験があるし、商会の後継ぎとして護身術だって習っている。

 年齢も身長も自分より下の相手に負けるつもりなど毛頭無かった……が、その自信は次の瞬間には吹き飛んだ。


「後悔すんな、よ!!」

「うぼほぉ!!?」


 一瞬にして懐に入りこまれ、鳩尾みぞおちに拳を叩きこまれた。

 そして反射的に腹の中のものを吐き出しそうになったところで、今度は顎をかち上げられた。

 そのまま反撃する間もなく壮絶なラッシュが叩き込まれる。


 これはダメだ。

 そう考えて一旦後ろに下がろうとするも、それは出来なかった。


 理由は単純、俺の足が地面から離れていたからだ。

 俺の体は最初の一撃以降、延々宙に浮かされたままラッシュを受け続けていたのだ。


 ハハハ、そりゃ後ろに下がれないよね~~アハハハハハハハががががががががががががががががががが



* * * * * * *



「ふぅ……。まっ、今回はこのくらいで勘弁してやるよ」


 数時間にも思える地獄の数十秒間の後、弟君はボロ雑巾のようになった俺を置いてその場を去って行った。

 なんなのあの子? ちょーコワイ。


 俺は震える両腕で体を起こすと、ふらふらと支店へと向かう。


(こ、今回はあれだ。油断して先手を打たせてしまったから負けたんだ。うん。最初から正々堂々と戦っていれば、一撃で俺が勝っていたさ!)


 全身を襲う鈍痛に脂汗を掻きながらも、自分自身に必死に言い聞かせる。

 そうでもしなければ、10年掛けて積み上げた自信やら何やらがあっさり崩れ去りそうだったのだ。


(今回は不覚を取ったが……次は負けない! 俺は変わったんだ! あの弟を下し、ファリンを俺のものにする! そうすれば本当の意味で俺は生まれ変われる。真の男になれるんだ!!)


 そう言い聞かせつつ店の中に入ると、店の片付けを指揮していたイサントがこちらを向いて目を丸くした。




「わ、若旦那様!?」

「ん?」

「し、死相が出てますぞ!?」

「……医者を……」




 ……どうやらまだまだ道のりは長そうだ。

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― 新着の感想 ―
こ、この拳擊は………! 全て急所に入ってやがる!?
[一言] この作品を10年シリーズで最後に読んだんですが一番好きです(笑) アレクがほだされていく様がにやにやしました(笑)
[一言] 弟頭悪すぎやろ運んでもらったのに喧嘩吹っかけるとか、事の流れってもんがあるんだから首突っ込まなくてもと思いました。
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