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入国

お立ち寄りくださりありがとうございます。お読み下されば幸いです。

その知らせは城の空気を一変させました。

東の国境近くの結界に反応があったという知らせでした。

とうとうこの知らせが届いたという思いです。

幸い地域の人々に被害はなかったそうですが、どこまで被害を出さないまま敵が進んでくるか油断はできません。


殿下のお披露目まで後二月を切っています。

もう二週間たてば、招かれた外国の要人が入国し始めるのです。

要人の方々が入国なさる際、国境から警護を付ける手はずにしているため、早くから入国が始まることになったのです。

セディはこの入国の準備でかなり時間を割かれていました。

入国の順序、護衛の手配、ルートの決定、殿下の出迎えの方法などを各所と詰め合わせていました。

誕生日を過ぎたころから、一緒に登城できる状態ではなくなってしまい、セディの過労が心配です。

シャーリーには「夜に忍んで会ってきては」と熱く勧められているのですが、一時でもセディの休息の時間を減らしたくはありません。

たまに、城で出会う度に腕輪に魔力を注いでいますが、治癒では追いつかないのでしょうか、セディの顔には疲労がはっきりと浮かんでいました。

実際に敵が侵入したことで、新たな調整が必要となるでしょう。ますます心配です。


もちろん、セディだけでなく魔法使いも新たな対応をすることになりました。

敵の侵入に合わせて、見回りも二人一組から三人一組へ変更し、警戒を強めつつ、頻度を上げています。

私は、ダニエル先輩とエレンさんとの組です。

今日のところは、王都には侵入がないようです。

私たちはお店で買った飲み物を飲んで、休憩をすることにしました。

広場の噴水に三人で腰かけます。

ふと、カップを握るエレンさんの手首に視線が行きました。


「エレンさん、教えていただきたいことがあるのです」


エレンさんは、くるりと私に振り向いて、美しい紫水晶の瞳に私を映してくれます。今日も格好いい美しさです。疲れた心身が癒される気がします。

続きを視線で促されました。恥ずかしくて続きがなかなか出てきません。

「あの、好きな人に…、」

エレンさんだけでなくダニエル先輩もジュースを飲みながらこちらを向いて続きを待っています。

「私に手を出してもらう方法を教えてください!」

恥ずかしさのあまり遠回しな言い方ができませんでした。

エレンさんの目がこぼれんばかりに見開き、ダニエル先輩はゴフリとむせています。

私はエレンのさんにしがみついて、訴えました。


「後先を考えられない程、み、魅力を感じてもらわないとだめなのです」


そうでなければセディを苦しめてしまいます。思い切るなら、毒を食わば皿まで、です。

とことん、何もかも忘れるほど魅力を感じてもらわなければいけません。

エレンさんは額に手を当て、目を閉じて、「疲労のあまりシルヴィアちゃんが壊れた?」としばらく呟いていましたが、再び私に向き直ってくれました。

先輩はむせ続けています。


「私に訊こうと思ったのは、これのせいかな?」


エレンさんは手首の「誓いの印」を指さしました。

その通りです。エレンさんは、滅多にないことですが、ご主人の方以外からも印を受けているのです。いつもその身に2種類の魔力が微かに流れています。

二人もの方から深く思われているエレンさんなら、と思ってしまったのですが、


「ごめん、シルヴィアちゃん。私は自分から迫ったことがないんだよ」


あ…


もてる方は違います。そうですね、確かに必要がないのでしょう。

私は納得しながらも、落胆を隠せませんでした。

申し訳なさそうに眉を下げたエレンさんを見て、私は慌てて別のことを訊いてみました。


「あの、どうして手首の方からの誓いを受け取ったのですか?」


苦笑いしながらもエレンさんは答えてくれます。

「まぁ、彼が誓いたいと言ってきたことも理由になるけれど…」


手首に視線を落としました。

「これは一時の気の迷いで相手につけられるものではないじゃない?

魔力を分け与える、――魔法使いにとっては命の一部を分け与えるものだ。

そこまで思ってくれるなら、

――答えることはできなくても、受け止めることはするべきだと思ったんだ」


ああ、やはり素敵な方です。「惚れてしまいそうです!」とエレンさんに抱き着きました。

エレンさんは笑って抱き留め、私の髪を撫でてくれます。


そして、ウインクしながら私の顔をのぞき込んで付け加えました。

「まぁ、他にも理由としては、彼は、ダニエル君ぐらい魔力の強い人でね、印を返してくれる相手に出会ったとしても、大丈夫だろうって気持ちもあったんだ」


なるほど、確かにそう思えば安心です。

ですが、可能性は限りなく低いでしょう。

叔父様ぐらいの魔力の持ち主なら、二つ、三つ、いえ四つぐらいでも余裕なことでしょうが、普通の魔法使いでは、長以外で二つの印をつけた人は聞いたことがありません。

それだけ印は負担のかかるものです。

長も、想いを交わした相手以外は、忠誠を誓う陛下へ職務上のいわば義務として付けるのです。

ですから、エレンさんの手首の方も、一生の想いを捧げていらっしゃるのでしょう。



「ご主人は、その印についてどうおっしゃったんですか」

ようやくむせたダメージから立ち直った先輩が尋ねました。


エレンさんは再び笑い出しました。

「青くなって、私に印を受け取ってくれと迫ってくれたよ」

「ふふふ、ご主人はのんびりなさり過ぎたのですね」

「ははは、確かにね。でもそれは私にも言えるかもね」


色々葛藤があったでしょうに、エレンさんは朗らかに笑っています。

本当に素敵な方です。私はもう一度ぎゅっとしがみつきました。

先輩が「なるほど、早い者勝ち、やった者勝ちか」と呟いているのが聞こえます。それは少し違うのではと思いましたが、黙っていました。


今から思えば、この一時はとても眩しく温かいものでした。

その後の見回りで、和やかな休憩を取ることは出来ませんでした。

結界の反応は驚くべき速度で王都へ近づいてきたのです。




お読み下さりありがとうございました。次回は順調に進むと殿下が登場します。

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