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小さな光

お立ち寄りくださりありがとうございます。今回はセディ視点です。やや長めです。申し訳ございません。

それは、頭の中に新鮮な空気を一瞬送り込まれたような心地だった。


――「あいつを、あいつの努力を、馬鹿にするなっ!!」


怒りを帯びた魔力とともに投げつけられた言葉は、世界との膜を貫いて僕を揺さぶった。

衝撃とともに、記憶の中から何かが浮かび上がりかけたが、

こちらを見据える黄色の鋭い鷲の目に意識が囚われ、その何かは消えてしまった。

その鷲の眼差しは、シルヴィへの想いをはっきりと現していた。





ようやく仕事に切りが付いた時には、もう夜中になっていた。

日付も変わり、シルヴィの誕生日は過ぎてしまっていた。

せめて途中で抜けられればよかったのに――、

いや、彼女を一目見て再び仕事に戻る自信はなかった。

早く仕事を片付けられなかったことが失敗だろう。

溜息を吐きながら、いつものように静まり返ったシルヴィの寝室へ転移した。

部屋の明かりは落とされ、シルヴィの穏やかな寝息だけが響いている。

プレゼントの箱を枕元にそっと置いた。

おめでとう、シルヴィ。

言えなかった言葉を、心に呟いた。


「お嬢様は、ずっと待っておられました。私どもに気を遣って寝ることになさったのです」


固い声が背後から聞こえた。

安易な約束をした僕を責めているのだろう。

謝罪の気持ちも込めて、シャーリーに頷いた。

腕輪から放たれるほのかな光で、いつものようにシルヴィの寝顔を見る。

頬に涙の痕が見えた。


「誕生日に、悲しませてしまった」


まだまつ毛に残る雫を拭いたくて、指を伸ばしかけ、手を止めた。

いけない、触れてしまう。

衝動をやり過ごそうと、手を脚に戻すと、背後で溜息が聞こえた。

「たまには起きているお嬢様をご覧なさい」

固い声と一瞬の魔力の放出を残して、シャーリーは部屋から下がった。


同時に、シルヴィの身体がピクリと動き、次の瞬間、彼女は起き上がった。

薄明りでも見ることのできる波打つ白金の髪と見開かれた薄い青の瞳。

瞳が合った瞬間、僕は体温が上がった気がした。


「来てくれてありがとう。寝てしまってごめんなさい」

白金の魔力を立ち上らせ、花がほころぶような笑顔を浮かべてくれた。

ああ、この笑顔を久しぶりに見ることが出来た。僕の一番好きな笑顔だ。

心の奥底の方で喜びが沸き立つのを微かに感じた。


「誕生日に間に合わなくて、ごめん」

この笑顔を久しぶりにしてしまって、ごめん。

言えない言葉を飲み込んだ。笑顔を消したくはなかった。

シルヴィは首を振って、僕に手を伸ばした。


咄嗟に結界を張って、それを遮る。

手を宙に伸ばしたまま、シルヴィは呆然と固まった。


「シルヴィ、違うんだ。」

結界を解き、必死に思いを取り出す。


「僕は、君に触れたくて仕方ない。自分が恐ろしくなるほど君に触れたいんだ」

穏やかに寝ている君を、いつも力の限り抱きしめたかった。

君の寝顔を目に焼き付け、この欲を何とか抑え込んでいた。


「だけど、今の僕は、君に触れることはできない。絶対に触れてはいけない」

シルヴィの瞳に疑問が浮かんだ。


僕は息を吸い込んで、歪な自分を取り出した。

「今、少しでも君に触れれば、僕は自分を、狂った自分を抑えられない。ずっと腕の中に君を閉じ込めて、離さない」


「何もかも投げ出して、ずっとこの腕に閉じ込める。君が生きていることを感じるために」


君の温もり、息遣い、鼓動を、全て常にこの身に感じて、生きていることを確かめたい。

この欲に僕は抗えなくなる。

シルヴィは一瞬浮かべた悲しそうな表情を、目を伏せて隠し、僕の腕輪に微かに魔力を送り込んだ。

いつもこうやって魔力を送り込んでくれていたのだろうか


「セディ、もう少しだけ話をしてもいい?」

躊躇わず頷いた。このまま会えない日がまた続くのは、辛かった。

シルヴィは笑顔を浮かべ、薄めの球形結界を僕に張った。

そして背中を向けて結界に持たれながら床に座り込んだ。

彼女に倣って僕も背を向けて座り込んだ。


「ふふふ、結界越しですが背中合わせです」

「そうだね」


僕は結界に頭を持たせかけた。結界は弾力を持ち、頭を柔らかく受け止める。僕には到底真似できない繊細な技だ。

――「国で2番目の魔法使い」

確かに納得させられるものがあった。


「ダニエル君と会ったよ」

「先輩も言っていました。『とてつもない努力を積み重ねたやつだな』とセディを褒めていました」


忘れることのできない彼の叫びが鮮やかに脳裏に浮かびあがる。

――「あいつを、あいつの努力を、馬鹿にするなっ!!」


突然、あのときつかみ損ねたものが、はっきりと蘇った。


――『セディの前で暴走はしません。二度と』


学園の最後の試合で、シルヴィは確かに思念で伝えていた。


「シルヴィ、一つ教えて欲しいことがあるんだ」

「何なりと」


「学園でのダニエル君との最後の試合の時」

シルヴィの肩が揺れたのが結界越しに伝わった。思わず振り返った。

シルヴィの身体が強張っている。そっと結界越しに白金の髪を撫でながら続けた。


「あのとき、暴走しないと思念を送ってくれたね。その後の術に何か計画があったの?」

彼女は首を傾げた。

「計画とは言えないかもしれません」


彼女によく似合う柔らかな声は、笑いを含んでいた。

「あれで駄目だったら叔父様にお任せしようと思っていたの。叔父様に甘えてしまいました」

ああ、確かにダニエルは正しかった。

シルヴィは自分の限界を見極めていたんだ。

彼女の柔らかい笑い声が僕の身体に染み込むようだった。


不意にシルヴィは振り向いた。僕と目が合ったことに驚いたものの、すぐに強い眼差しを僕に向けた。

「セディ、叔父様に甘えてでも、どうしようとも、暴走は避けます」

彼女は少し切なげにふわりと笑った。

「私が暴走したら、セディはまた連れ戻そうとしてくれるのでしょう?」

彼女は目を伏せ、胸の前で手を握りしめた。

 「幼いころ、暴走した後に叔父様に言われたの。セディも…、セディも暴走させるところだった、と」

最後は声が震えていた。慰める間もなく、彼女は再び僕の瞳を捉えた。


「だから、セディ、私は暴走しません。絶対に」


心の奥に光が走った気がした。


「シルヴィ、結界を解いてくれるかい?」


シルヴィは首をかしげながらも、すぐに解いてくれた。

きっとこれなら、光を感じた今の自分なら、抑えられる。

そう唱えながら、僕はそっと柔らかい白金の髪を一房掬い上げた。

シルヴィが息を呑んだのが分かった。

だけど、僕はそのまま髪に口づけた。

唇に触れた柔らかい感触は、全身を駆け巡る。

ゆっくりとその感触を手離し、顔を上げるとシルヴィの頬は染まっていた。


「シルヴィ。そんな顔をされると、昔の僕でも君を離したくなくなってしまう」


白金の魔力を立ち上らせ、耳まで赤く染めたシルヴィを見て、僕は口角が思わず上がるのを感じながら転移した。




お読み下さりありがとうございました。

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