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セディの視察5

お立ち寄りくださりありがとうございます。かなり長めです。申し訳ございません。

翌朝、4家族がそこには集まっていた。

彼らはひとまず父の領地で職を手配する予定だ。彼らと川を渡る間、ピーターはずっと見送っていた。


待ち構えていたこちらの村長は、新しく来た家族たちを一先ず僕たちが泊まった集会所へ連れて行った。

歓迎会を予定しているらしい。子どもたちは御馳走という言葉にはしゃぎ、大人たちは目を赤くしていた。

明るさが漂う一団を見送った僕たちは、やや暗い思いで塀を眺めた。

「この塀の補修はどうなるのでしょうねぇ」

「領主の館に戻ったら、説得します。それでも動いてもらえないなら、父に動いてもらうしかないでしょう」

噂を聞きつけて難民が大量にこの村に押し寄せてくるかもしれない。

父から許可を得たのは昨日1日だけだ。塀を直す必要があった。

僕は溜息を吐いた。辺境伯からの手紙の返事は来なかった。今回の第一の目的であった辺境伯の「治癒」は失敗だったかもしれない。


そのとき、大きく空間が歪んだ。

咄嗟に皆で結界を張る。

空間から、銀の光とともに、5人の男と、強力な魔力を溢れさせているハリーが現れた。


「補修は今日から始まるだろう」

辺りに沁みこむ声が響いた。

返事は直接来たようだ。

5人の男は、以前に櫓を建設した職人の弟子たちで、辺境伯が職人に紹介を頼み時間がかかったらしい。

ブレスター伯は動いてくれたのだ。

ハリーの治癒の効果だろうか。


「伯に会えば分かるだろう」


ハリーは呟き、塀を見た。


「ふむ、補修には時間がかかるだろう。しかしお前の壁は溶けかかっているな」


確かに即席の氷の壁は、川の流水と気温で溶けかかっていた。


「川から離れて作ればよいのだ」


ハリーは片手を上げ、事も無げに僕の作った壁の軽く3倍は厚い壁を岸に作り上げた。

川と大気中の水から作り上げたようだ。

自分の修行不足を目の当たりにしたが、後ろでトレントとアンディの溜息が聞こえたことを考えると、それだけではないらしい。

ハリーにかかると、不可能という言葉が遠い世界の言葉になってしまう。

僕も溜息を吐きたかった。



それから、5人の職人と有志の村人たちの手により、急ピッチで仮の木の柵が作りあげられた。

真新しい柵は僕の背丈の倍はあり、その威圧感は対岸との隔たりを強調していた。

櫓がない今、川向うは全く見えない状態になった。

あの村との交流が再開されるのはいつなのだろうか。

柵はそれが容易くはないことを突き付けていた。

後味の悪い砂をかむような心地がずっと僕に付きまとっていた。


もっと善処があったのではないか


自分の力のなさを象徴する柵を目に焼き付けていた。




辺境伯の館への帰り道は、早かった。

ハリーが転移で運んでくれたのだ。

フィアス国からの4家族も含めての大人数の転移だったが、「この距離なら特に問題はない」

との言葉どおり、危なげなく転移した。

もう、感覚が麻痺して、それもハリーならありだろうという思いが湧いていた。


挨拶のため、ブレスター伯の部屋へとハリーの後について廊下を歩く。

行合う使用人たちが、皆、心を込めてハリーにお辞儀をしているのが見て取れた。

ハリーはこの短期間で彼らの信用を勝ち得たらしい。

部屋に入ると、ブレスター伯はまだベッドでの出迎えだったが、一人で体を起こせていた。

執事は一歩離れた場所で控えている。

執事には笑顔すら浮かんでいた。

どうやら、ハリーの治療は功を奏したらしい。


「よくお戻りになられた」


ブレスター伯はこちらにしっかりと視線を向け、太い声で出迎えた。

ベッドに在りながら、伯のその声は伯の回復を確信させる自信と威厳に満ちたものだった。


「ご回復を心よりお祝い申し上げます」

「私のなすべきことを思い出させてくれたことに、心からの感謝を申し上げる」


伯は頭を下げた。

慌てる僕を遮り、後ろに控える緊張を隠せない様子のフィアスの家族たちに伯は続けて声をかけた。


「あなた方の苦境を思い至れなかった。我が領地で過ごす希望があれば、職を探すことを保証しよう」


どよめきが起こった。

ここより遠い父の領地より、少しでも元の村に近い方が彼らには心強いのかもしれない。選択肢が増えることは素晴らしいことだ。どちらがいいかゆっくりと彼らに決断の時間を与えたい。村を出る決断は1日しか時間を与えられなかったのだ。今後は焦らせたくはない。


彼らに時間を与えてほしい希望を伝えると伯も力強く頷き了承してくれた。

これで当面の懸案はなくなった。残るはやや個人的な相談だ。

僕は幾分落ち着いた気持ちで伯に話しかけた。


「伯に個人的な相談があります」

「セドリック殿には多大な恩がある。どうぞお話しくだされ」


「実は、ハルベリー侯爵家にこの度長男が誕生したのです。名前はまだ決まっていません。

あくまで伯にご了承いただければ―の話ですが」


僕は息を吸い込んだ。

「伯のご嫡男、ライアン殿のお名前を彼に頂けないでしょうか」


伯は息を呑んだ。

沈黙が部屋を支配した。


「今回の視察で、どの魔法使いからも、領民の皆さんがライアン殿を惜しんでいるという報告がありました。そしてフィアス国の村でもライアン殿の名声は届いていました」


後ろで頷く気配がしていた。

僕は伯の見開かれた目を今一度見つめた。その眼はもう輝きを失ってはいなかった。


「そのような素晴らしい人の名を頂ければ、息子の将来の希望となる、そのように侯爵は僕に伝えてきました」


シルヴィに手紙で弟の名前について提案したところ、侯爵は即断即決したようだった。

もしかすると侯爵はライアン殿の名声をご存じだったのかもしれない。


伯の瞳から涙が零れ堕ちた。

執事がそっとハンカチを差し出した。ハンカチを目に押し当てたまま、伯は答えた。


「申し訳ない。お恥ずかしいところをお見せした」


息を吸い込んで、ハンカチを放した彼の顔は晴れやかなものだった。


「ありがたいお話、侯爵にぜひお礼を伝えて下さい。ご長男は息子と同じ紫の瞳をお持ちと聞く。もう少し私が回復した暁には、何としても挨拶に伺いたい」


紫の瞳?

僕は3回もシルヴィの弟の顔を見に行って、まだ起きているところに出会えていなかった。

ハリーが見て、伯に伝えたのか?


『私は伝えていない。老いたとしても、病を得たとしても、伯の築いた情報網はまだ盤石なのだろう』


肩の力が抜けるようだった。さすが、戦後の領地の混乱を収めた領主だ。確かにまだまだ僕には遠い存在だ。

僕はゆっくりと上ってきた笑みを隠せなかった。


そして翌日、もう王都に戻る日だった。

4家族の結論は、一月後に、伯から伝えてもらうことになった。それまでの間、伯の館で働くそうだ。僕の予想では、このまま辺境伯領で新しい生活を始めるのではないかと見ている。頼もしい伯を間近に見れば、安心だろう。

ハリーは転移を行う場所を館の屋上にした。領地が一望できる高さがあり、見晴らしは素晴らしいものだった。

薄っすらと緑が豊かな場所が遠くに見える。方角から考えるとシルヴィのいる学園だ。

気が付けば眺めていた。

もうシルヴィは学園に戻っているはずだ。

一目でも彼女をこの目で見たかった。一言でも声を聞きたかった。


「転移させてやろうか」

耳を疑う言葉が投げかけられた。振り返るとハリーが表情のない顔で立っていた。

この甘い言葉の裏には何があるのかと身構えていると、

「捨てられた子犬のような情けない顔に辟易しているだけだ」

まさに辟易した顔に変わった。人外の美貌から、神の失望、といった風情が漂う。

そこまでひどい言われようは厳しいだろうと思ったが、ハリーの後ろのトレントが何度も頷いているのが見えた。

やはり彼とはじっくり話し合うべきだろう。

「若様、いかなる――」

「分かっている」


そう、分かっている。今回、シルヴィと会う時間はなかったことも。

また今度だね、シルヴィ。

「いつか、時間も日も気にせず、存分に会うから。絶対に」


くしゃりと髪をかき乱すように、頭を撫でられた。

「そろそろ、転移するぞ」

沁みとおる声は、心なしか優しいものだった。




そして二月後、僕は剣も使った魔法の訓練で、ハリーを叩きのめすという念願を果たそうとした。そして、あえなく骨を折ったとき、ハリーの魔力により、一瞬、彼女に会うことができたのだ。

痛みからも、時からも切り離された、夢のような一瞬だった。

――案外、ハリーにも優しいところがあったのかもしれない。

僕は少しだけハリーの良さを認めることにした。もちろん、いつか叩きのめす誓いはそのままだったが。



お読み下さりありがとうございました。長くなってしまいましたこと、重ねてお詫び申し上げます。

「セディの視察」予定より長くなってしまいました。

いずれ、簡略化したものだけを残し、シリーズ管理等で別の場所に書き加えた状態で移動させる予定です。


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