セディの視察4
お立ち寄りくださりありがとうございます。セディの視察がまだ続いてしまいました。申し訳ございません。
朝が来た。
予想通り対岸から攻め入られることはなかった。
しかし塀の被害は広がっていた。一か所は完全に崩れ、通り道が出来ていた。
――これはまずい。先方はどこまで待てるだろう。
思った通り、対岸では早速言い争う声がしている。
眠そうな目をしているトレントに振り返った。
「トレントさん、手紙の返事は来ましたか?」
「いえ、来るとしたら私のところに転移されますので、まだですね」
僕は溜息を零した。
そのとき、胸の治癒石が温かく振動した。
こんなときでも、嬉しさがこみ上げる。
早速中身を確認した。驚くほどありがたい内容だった。
手紙をできるだけ丁寧に畳んでいると、トレントが「まるで別人ですね」と呟くのが聞こえた。
一体、トレントの僕のイメージはどうなっているのだ。
少し苛立ちを覚えた時、再び治癒石が振動した。
もう1通送ってくれたのだろうか?
自分の鼓動が高まるのを感じた。
手紙は来た。だが、シルヴィからの手紙ではなかった。
父からの返事だった。
ハリーは返事の転移にわざわざシルヴィの治癒石を目印にしたのだ。
――ハリーのやつ、手の込んだ嫌がらせだな
トレントが後退るのを目の端で確認しながら、中身を確認した。
父からの承諾はもらえた。
少なくともこれで動き出せる。
僕は片手を上げ、川に向かって魔力を投げた。
川の水は魔力に応え、立ちあがり、薄いものではあるが氷の壁を作り上げた。
即席の防護壁だ。
「さすが、守護師の愛弟子ですね」
「この手がありましたか」
「魔力の使用について、旦那様は禁じていませんでした」
三者三様の呟きは聞き流して、対岸の音に集中した。
一瞬の沈黙の後、激しさを増した言い争いが聞こえる。
僕はチャーリーに剣を渡し、アンディに振り返った。
「対岸から、人一人を転移させることは可能ですか?」
アンディは意図が分からず不審そうな表情を見せたものの、頷いた。隣のトレントまでも頷いている。
「もちろん、この距離で一人ならお安い御用です」
「では、僕が炎を上げたら、転移で引き戻してください」
「え?」
僕は対岸へ転移した。行きだけなら自分の力で足りる距離だった。
ざっと見たところ、10人ほどの男たちが集まっていた。
一様に驚きに固まっている。どの男もやせ細っていた。
両手を上げて丸腰の状態を示したとき、空間が歪んだ。
「私も行くべきでしょう」
アンディが転移してきた。
アンディは男たちに顔を知られているのだろう。男たちのこわばりが解れた。
一人の矍鑠とした老人がアンディに話しかけた。
「アンディ、久しぶりだ。そちらは辺境伯のご子息かね」
「お久しぶりです。ピーターさん、ライアン様はお亡くなりになったのですよ」
男たちに動揺が走った。ライアンはここでも期待されていたのだろうか。
肩を落としたピーターを見つめながら、口を開いた。
「僕は宰相の名代、セドリック・アンドリュー・フォンドです。お見知りおきを」
ピーターが目を見開いた。名前から宰相の息子であることを知ったのだろう。
ピーターの目を捕らえた今が機会だ。
「後少し経てば、塀も櫓も修理されます」
まだ辺境伯からの返事はないが、いつかは修理させるのだ。全くの嘘ではない。
自分にそう言い聞かせながら、続けた。
「修理が終わればあなた方が村に入り込むことはできなくなる」
幾人かの男から殺気が、幾人かの男からは絶望が漂った。
息を少し吸い込んだ。
「村人に被害を出さなかったあなた方に明日のこの時間までの1日の時間を差し上げます」
ピーターの顔に疑問が浮かんだ。
白く濁りつつある灰色の瞳を真っ向から見据えた。
そして、父からもぎ取った承諾を彼らに伝えた。
「もし、あなた方がここでの生活を諦め、ウィンデリア国に住む決意をしたなら、我々はあなた方を受け入れることに決めました」
どよめきが起きた。
灰色の瞳からは涙が零れた。
「奪ったものではなく、自分で作り上げたもので生活していく誇りを持っているのなら」
幾人かが肩を震わせて、俯いた。
僕は決意を声に込めた。
「ウィンデリア国は敬意をもってあなた方を受け入れる」
ピーターは崩れ落ち、涙を滂沱していた。
自分の村人の飢えからくる苦しみの不満を何とか暴走しないよう、これまで懸命に説得していたのだろう。
交流のあった村人たちに被害を出さないよう攻撃を最低限に抑え、兵が派兵されるのをピーターは待っていたのだろう。派兵された一団に、ライアンが含まれることに賭けたのだろう。
彼なら自分たちの窮状に手を差し伸べてくれるのではないかと微かな期待を抱いて。
そんなピーターと、彼に従った村人たちに、あなただって手を差し伸べたでしょう?ライアン殿。
ピーターの背を摩りながら、僕はそう問いかけていた。
お読み下さりありがとうございました。