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セディの視察2

お立ち寄りくださりありがとうございます。随分、更新が遅くなり申し訳ございません。

「おぉ、久しぶりだな。太ったんじゃないか?」

「幸せ太りと言えよ。羨め、独り者」

魔法使い二人は、肩を叩きあって再会を喜んでいる。



トレントは視察に出てから、別人のように口が動くようになった。

視察といっても限られた日数でしらみつぶしに見て回ることもできない。辺境領に住んでいる魔法使いを訪ねて、魔法使いから辺りの状況を訊くことになった。

魔法使いは医者と薬師の役割も果たしていることが多い。住んでいる地域の情報が自然に入りやすい立場だからだ。

もちろん、道中は自分の目で街の様子を確かめる。

幸い、今のところ街も畑も異常は見られない。

街で開かれていた市も活気があったし、人々の顔も明るいものだった。

畑は収穫間近で実りの穂が重そうに頭を出していた。恐らく豊作だろう。

今まで会った3人の魔法使いからも、特に問題があるとの話はなかった。

亡くなられたご嫡男を惜しみ、領主様の病気を気にする領民が多いという話は3人の口から語られた共通した話だった。


20歳という若さでありながら、ライアンというその嫡男の手腕は素晴らしいものがあったらしい。

よく視察に回り、領民の声を拾い上げ、解決に向け尽力していたそうだ。

この村にたどり着く前に村と村の中間にあった井戸もこの尽力の賜物だった。

商人たちが井戸で憩い、宿もできていた。

領民が期待していたのも頷けた。加えてかなりの美形だったようで、女性の人気は絶大だったそうだ。

領主の気落ちは必然だったかもしれない。


今の4人目の魔法使いのあの様子からも、恐らく問題は報告されないだろう。

少々領主が崩れても、これまでの施政で築いた基盤が盤石で問題が出ないのだろう。

あの使用人たちの暗さは、これまでの素晴らしい領主が崩れたことがなかったためだろうか。

僕は安堵の息をつくと、トレントは戻って来て馬にまたがった。

「いやぁ、今までどおりでしたね。何事もなくて良かったです。さて、いよいよ最後の一人に会いに行きましょう!いやぁ、問題が一人で助かりましたね!」

 

今、何と?


僕は努めて穏やかに聞いてみた。

「問題が一人?」


トレントは鈍い人間ではなかったらしい。瞬時に顔色を変え、視線は僕から外された。

「あの、ハリー守護師から聞いていらしたのでは…」

僕は努めて穏やかな顔を作った。が、失敗したらしい。

「若様、旦那様から『いかなる場合でも抜刀させるな』と厳命されております」

チャーリーがようやく発言した。僕は再度穏やかな顔を作った。

「それで、問題とはどういうことですか?」

トレントは視線を辺りに彷徨わせ、やがて、肩を落として話し出した。


そもそも事の始まりは、残る一人の魔法使いから、ハリーに個人的に相談があったことだったらしい。

辺境伯領の隣国と接する地域に住んでいる彼は、学園でハリーと同期だったそうだ。

魔法使いの住む村に隣国から何度か集団が押しかけ、先月は物見櫓を破壊されたらしい。

今までは、物見櫓で攻撃を察知し、こちらも態勢を整える時間があったが、元の通りの堅牢な物見櫓を組み立てる技術が村にはなかった。

収穫の季節を控え、集団がまた押しかける可能性は高く、村長が領主に支援を要請したが病気の領主からは、なしの礫だった。

領主の館の使用人の顔が暗かったのはこのためかもしれない。

隣国との境の村からの要請、つまり、防衛上極めて重要な要請に、領主が気力を取り戻すことを期待していたのだろう。

この事態にすら動かなかった領主に、ある意味、絶望したのかもしれない。


ともあれ、村は領主の回復を待つ余裕はない。そこで、魔法使いはハリーに領主の病気を治してもらえないかと泣きついたらしい。

ハリーはこれだけのことを僕に隠していたのだ。


ハリーのやつ、絶対に、片が付いたら叩きのめしてやる


「若様、旦那様から『いかなる場合でも抜刀させるな』と厳命されております」

チャーリーは再び発言した。





そして、件の村にたどり着いた。

ハリーに泣きついた魔法使いが村の入り口で待ち構え、手を振っている。

トレントは馬を早掛けて、先に挨拶を交わし始めた。

単に少しでも早く待たせていた魔法使いと話したかっただけで、僕の隠しきれない不穏な空気から逃れたかったためではないと思いたい。

魔法使い、アンディは、訪れたのが僕たちだけだと知ると一瞬僅かに落胆の様子を見せたが、見事に抑え込んで、笑顔を向けた。

「よく来てくださいました。心より歓迎します」

「僕たちだけの視察で申し訳ありません」

支援どころか視察、それも領主の配下ではない人間の視察に、胸が疼いたけれど、アンディはにこやかに応じてくれた。

「とんでもない。動きがあっただけでうれしい状況なのです」

彼の純粋な気持ちが更に僕の良心の呵責を覚えさせた。その後、村長に引き合わされ、皆で物見櫓へと向かった。

確かに見事な作りだった。

川底が浅い部分に対応して石造りの塀が張られ、塀の高さは馬では超えられない高さにまでしてあった。

塀から少し奥まったところに櫓があった。しかし、肝心の上部が壊されている。

塀も櫓に近い部分は壊されていて、馬でなくても超えられる程の高さになっていた。

これなら、いつでも簡単に侵入される。

「一体、何でここまで壊したのですか」

「投石されたのです。何度も」

「怪我人は出ていないと聞いていましたが」

アンディは苦笑いを浮かべながら、頷いた。

「そうです。出ていません。夜に投石しているのです」

村長とアンディは代わる代わる説明を続けた。

フィアス国との戦争が終わって、年月が経ち、常駐の兵は配置されなくなっていた。

今まで、それで問題は生じなかったし、川を挟んだ近くの村とは交易もしていた。

それが、2年前に起こったフィアス国の内乱と追い打ちをかけるような凶作が状況を変えたのだ。

交易の品は質に衰えが見えるようになり、農作物は交易に全く出されなくなった。

村で飼われていた鶏や羊もどんどんと数を減らしていた。

そして、交易が成り立たなくなった頃、とうとう集団が襲い掛かるようになった。

「半年前までは、交易で交流があり、我々も顔なじみが出来ているぐらいでした。

護るためとはいえ反撃の攻撃をかけることは辛いものがあります」

村長は顔を暗くした。


それでも、彼らの収穫を守るためには、兵を早急に常駐させる必要がある。

僕は判断を下しながら、頭の片隅で渦巻く怒りを抑えるのに必死だった。


フィアス国はいつまでもたもたと乱れているのだ…!


あまりにも政情が不安定すぎる。フィアス国が弱いままでは、王妃の出自が侮られ、反王妃派がのさばったままだ。

もし、この辺境伯の民に死者が出るようなことになれば、王妃の出自が槍玉にあげられ、殿下の立場はまた悪くなる。

最早、僕にとって、辺境伯の体面を慮り一歩引いている問題ではなくなった。

父上はなぜハリーと自分を寄こすという、こんな消極的な行動に出たのだろう。

ハリーが辺境伯を治癒でき、辺境伯自身が解決すると確信しているのだろうか。

いや、そんな期待で計画を組む人ではない。

視察を待って、それから正式に動くというつもりなのだろうか。

父の、宰相の意図が読めず僕は戸惑った。


けれど、宰相の意図がどうあれ、恐らく王都に帰ってから動き出すのでは、いや辺境伯の領主の館に戻ってからでも、対応が遅すぎることは明らかだった。

今まで被害が出なかっただけでも、幸運だ。


僕は、対岸を見つめ肩を落とす村長に向き直った。


「私たちが泊まれる宿を紹介してもらえますか」






お読み下さりありがとうございました。まだ視察が続きます。更新はまた時間がかかると思います。重ねてお詫び申し上げます。

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