セディの視察1
お立ち寄りくださりありがとうございます。タイトルの通り、セディ視点です。
この柵が僕の今の実力なんだ。
僕は、背丈の倍はある真新しい柵を睨み上げていた。
2週間前。
僕は昨夜から浮かれていた。どうあがいても隠せなかったから、素直に認めよう。浮かれていた。
昨夜の手紙で、シルヴィが帰省することを知ったからだ。
シルヴィの母上、エリザベス様が、何と出産されたのだ。おば様は早くに結婚されていたとはいえ、およそ10年ぶりの出産でありシルヴィも心配して治癒石をよく送っていたようだ。
その甲斐あってか、ご無事に出産され、子どもも無事にこの世にやってきた。
男の子だった。名前はまだ付けられていない。
お祝いに駆け付けた時、その小さな体にしっかりと爪まであることに驚いたものだ。
シルヴィと同じ血を引くと思うと、目を閉じたこの赤子も可愛く思える。
僕はすでに3回も赤子を見るため侯爵家に立ち寄ったのだけど、残念ながらいつも寝ている顔しか拝めていない。まぁ、寝顔も可愛いのだが。
ともかくシルヴィも弟に会うために、帰省することになったのだ。
そして、今日。
ハリーがいきなり城の僕の部屋に訪れた。今日もその性格に似合わず、空気を清める美しさだ。
「ブレスター辺境伯の具合が良くないらしい。私が見舞いに行いくことになった」
確か、嫡男が流行り病で亡くなられてから、伯自身も体調を崩したと聞いている。
見舞いという形の治療だろうか。
恐らくは伯の周囲の体面を慮って言葉を替えたのだろう。
そう考えている間に、ハリーが淡々と続けた。
「お前の父親から『私の名代として、嫡男であるそなたも同行するように』と言付かった」
「見舞い」に信ぴょう性を持たせるため、表立っては僕が赴き、同行者にハリーがいるという形にするのだろうと思いつつも、別のことに気を取られていた。
心なしか、ハリーの口角がわずかに上がった気がする。長年の付き合いがなければ見落とすぐらいわずかだったが。
あれは嫌な笑みだ。気のせいだと思いたい。
「明日、出発だ。期間は2週間ほどだ」
気のせいではなかった。このままでは、明日帰ってくるシルヴィに会えない。
断固として抗議しようとすると、深く染み入る声が甘い餌を示した。
「伯の館は、学園から馬車で半日ほどだ。上手くいけば、向こうで会えるだろう」
瞬時に計算してしまった。
馬車でブレスター家まで往復して4日。学園までは往復1日。自分が治療するわけでもなく「見舞い」にそれほど時間は取られないだろう。こちらに残るよりもシルヴィに会える日が長くなる。およそ5日はシルヴィに時間を割けるはずだ。
僕は餌につられることにした。
――甘い言葉には釣られるな――これが、今回の旅で学んだことだった。
やはり、浮かれていたのが原因だったのだろうか。
僕はハリーの言葉を一つ聞き逃していた。
「上手くいけば」とやつは確かに言っていたのだった。
4頭立ての馬車で急いだお陰で、ブレスター辺境領には2日弱で着いた。
順調だ。5日が6日になるかもしれない。
今回の旅行の人員は、ハリー、ハリーの助手の魔法使いトレント、チャーリーと僕の4名だった。
4人もいたが、馬車でも1泊した宿の食卓でも、会話はほぼなかった。
僕は、会話というもののありがたさを知った。つまらなくてもあった方がいいものだ。
しかし、チャーリーが無口なことには驚いた。
僕の剣の指導の時には淀みなく語っているのだが。剣以外の話はしないのだろうか。
いずれにせよ、そんな強行日程で着いた目当てのブレスター家は、先ほどまでの会話のない馬車がましに思えるほど、暗い雰囲気に覆われている気がした。
すれ違いお辞儀をする使用人たちの顔まで暗い。腑に落ちない気もした。
嫡男の死、領主の病で使用人たちがここまで暗くなるものなのだろうか。
通された伯の寝室で、伯は執事と思われる男性に支えられながら上体を起こした。
驚きを顔に出さないよう必死に無表情を取り繕った。
確か50歳になったところと聞いていたが、痩せこけ目は窪み、しわも深く刻まれている。
70と言われても納得しただろう。
何より、目に輝きも力もない。
川を挟んで領地を接するフィアス国との戦の後、継いだばかりの荒れた領地の立て直しに成功し、その名を広めた伯とは思えなかった。
「私ごときのために、高名なハリー殿を遣わしてくださったこと、御父上、宰相にお礼を伝えて下され」
絞り出された声が、痛々しかった。
「お言葉承りました。ハリーの見舞いがお体に合うことを祈っております」
そう挨拶を返しながら、密かに、伯は治療を望んでいるのか疑問に思っていた。
ハリーは早速治療に入るらしい。
伯の部屋を辞して、用意された部屋に向かう途中、久しぶりの感覚が襲った。
『領地に問題がないか見て回れ』
シルヴィが殿下を治癒した時以来、ハリーが頭の中に直接語ることはなかった。
歩調を乱さないように注意しつつ、かすかに溜息をついた。
確かに、この様子なら視察が必要だろう。
ハリーのやつは、きっと見越していたに違いない。「助手」のトレントはハリーを手伝わず一緒に部屋から辞している。
僕用の助手だったらしい。
餌につられて騙された。全く腹立たしい。
肝心なことを話さない姿勢はあの頃のままだ。
そういえば、力が付き次第、あいつを叩きのめす計画を出会ったときに打ち立てていた。
今回がそのときかもしれない。
あいつの笑う気配が、頭の中に響いてきた。
僕はベッドに置かれた枕に拳を打ち込んでいた。
何が何でも、一目でもシルヴィに会って見せる。
お読み下さりありがとうございました。このセディの話はゆっくり更新していく予定です。よろしくお願いいたします。