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僕のお姫様  作者: 七島さなり
四章 それぞれの一歩
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4.告白

「ごめん。ありがとう、凉那」

 それからしばらく、涙が枯れるまで泣き続けた花楓は落ち着いた声でそう告げる。

「うん。……腫れるかもしれないから後でちゃんと冷やして」

 既に腫れぼったい瞼を覗き込みながら凉那が応えた。

「うん」

 花楓は拭いきれなかった涙を袖で擦りながら頷く。

 そこで花楓の物ではないすすり泣きが聞こえて二人で肩を震わせた。

「誰か居るの?」

 庇うように花楓を抱き締めた凉那が声をかける。

 すると降参と言うように手を上げた一ノ瀬が姿を現した。

「一ノ瀬?」

 凉那が困惑したように眉を寄せる。

 それを尻目に一ノ瀬は足ですすり泣きの元凶を小突いた。

「もう、さっくん……」

「うう……ごめん……」

 するとぐずぐずと鼻を鳴らした堂抜も姿を現す。

「堂抜まで……」

 目を見開いた凉那に対して花楓が控えめに声を上げた。

「わ、私が頼んだの」

 気まずそうに顔を俯けながら続ける。

「やっぱりいざとなると怖くて、協力してくれた二人に、ここに居てほしいって……」

「そう……。そっか」

 凉那は少し複雑そうな顔をした。一ノ瀬が何かを言おうと口を開くが、結局何も言えずに口を閉じる。

 彼女は一度瞼を落とすと口元に小さな笑みを浮かべた。

「二人とも、ありがとう」

 それはあまりに突然で堂抜と一ノ瀬は呆然と顔を見合わせる。そして言葉の意味をようやく飲み込めた後で小さくハイタッチをした。

「あー、でも、本当に良かったぁ……」

 それから堂抜はその場にしゃがみ込むと感慨深く呟く。

「安心するのはまだ早いかも」

 すると花楓がふと思い出したようにそう零した。

「もう一個、凉那に言わなきゃいけないことがあるの」

 凉那は首を傾げる。堂抜と一ノ瀬も困惑したような顔で花楓を見た。

 花楓は近くに置いていた鞄の中身を漁って瓶を取り出す。それは堂抜から取り上げたままの惚れ薬だった。

「これ、堂抜が持ってたやつ」

「惚れ、薬?」

 凉那はそれを受け取ってラベルの文字を読み上げる。

「み、宮間さん!?」

 正直すっかり存在を忘れていたそれ。堂抜はいきなりのことで驚嘆した。涙もすっかり引っ込んでしまう。

 対して凉那はますます困惑したように眉をしかめた。

「偶然見つけて、私、凉那に使うつもりだと思って今まであいつのこと監視してたの」

「私、に?」

 瓶と花楓の顔を見比べて信じられないという顔をする凉那。

「でも大丈夫だったから……。それは凉那にあげる」

 そしてそう言うと花楓は凉那の後ろに回り、堂抜の方へと向き直らせる。

「私はもう行くけど、何かあったらいつでも連絡して。いつでも聞く。と、友達、だから」

 それからべっと堂抜に向けて舌を出すとぱたぱたと小走りで教室から出て行った。

 自分も走っているじゃないか、とは言えない。

 しかも気付けば一ノ瀬の姿も消えており、教室には堂抜と凉那だけが取り残される。

 重苦しい空気の中、先に口を開いたのは凉那だった。

「……本当なの?」

 それは静かな声で、いつもと変わらないように聞こえるのに、なぜだか責められているような気持ちになった。

「ごめん……」

 堂抜は言い訳もせず静かにそう呟いた。

「そう……」

 そして再び沈黙が降りる。

 堂抜が凉那の方を盗み見ると彼女は感情の窺えない表情で惚れ薬の瓶を眺めていた。

 気まずいことこの上ない。思わず花楓に恨み言を言いそうになる。

「……いらないのに」

 すると凉那がそう言った。

「え?」

 堂抜はその顔を呆然と見る。

 罵倒されるかもしれないと思っていた。

 しかしそんなことはなく、凉那は僅かに口元に笑みを浮かべている。

 当然ながらそこに非難の色はない。

「そ、れは……」

 どういう意味か。聞きたかったけど声は出ない。

 頭の中でぐるぐると言葉が巡る。

「堂抜」

 そうして何も言えずにいると凉那が近付いてきた。

 その手に惚れ薬の瓶はない。どこにやったのか、とかそういうことも言えないまま、堂抜はただ凉那を見ていた。

「私は……」

「ま、待って」

 逸る鼓動を押さえながらようやくそれだけ口にした。

 凉那は言われた通りに口を閉じる。

「げ、幻滅してない?」

「してない」

「最低なやつだって思わない?」

「思わないよ」

「酷いやつだって、思わない……?」

「それは……堂抜次第」

 悪戯っぽく微笑みに鼓動が一つ、大きく跳ねた。

 堂抜は声を詰まらせて自問自答する。

 ここで思いを伝えなければ自分は卑怯な方法で彼女を手に入れようとした『酷いやつ』だ。

 そうは、なりたくない。

 深呼吸を繰り返す。心臓はいつまでもうるさくて収まる気配がない。

 それでも頭は少しずつ冷静になっていく。

 今なら言える。堂抜は大きく息を吸った。

「姫が、好きです。僕と付き合ってください」

 凉那は少し頬を染めながら嬉しそうに笑った。

「はい、喜んで」

 その瞬間、気付けば彼女を抱き締めていた。

「ほんと、何やってんだろ、僕……」

 と震える声で呟く。

「堂抜?」

 凉那はそっと堂抜の背を撫でる。

「姫、本当に僕で良いの?」

 その温もりを確かに感じながら、堂抜は頼りなさげにそう言った。

「……うん」

「本当に?」

「本当に」

「……そっか」

 堂抜はぎゅっと凉那の体を抱き込む腕に力を込めた。

「ありがとう」

 そう囁いていつも通りの情けない笑顔を浮かべる。

 凉那は赤い顔を隠すように堂抜の胸に額を当てた。

「堂抜」

「ん?」

「私も、好きだよ」

 言うのと言われるのとではこうも違うらしい。

 それを改めて実感した二人はお互いに顔を真っ赤にしながら笑い合った。

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