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僕のお姫様  作者: 七島さなり
一章 変わらない日々
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1.懊悩

人物紹介


堂抜 咲麻

主人公。好きな人に好きな人がいるらしいことに悩んでいる。


一ノ瀬 大翔

主人公の友人。生徒会副会長。頼れるオネエ。

 昼休み。賑わう教室で堂抜(どうぬけ)咲麻(さくま)はふうと溜息を吐いた。


 彼には最近、頭から離れないことがある。


「さっくん、大丈夫?」


 気付けばその事ばかり考えており、友人である一ノ瀬大翔(やまと)に心配される程だ。


「うん。大丈夫だよ、ノセくん」


 申し訳なくて笑ってそう返す。


 なにかと世話好きな彼だが、こう言えば大概のことは「そう? なら良いけど」と気にしないでくれる。


 とはいえ、これは幼稚園の頃からの付き合いである堂抜だからこそ出来ることだ。


 仮に堂抜の悩みの原因たる彼女が同じことを言っても、絶対によしとしなかっただろう。


 また知らず知らずのうちにそのことを思い出して小さく息を吐く。


「本当に大丈夫?」


 耳聡い彼はまたじとっとした目で堂抜を睨んだ。


「もしかしてあの子のこと?」


 そしてその恐ろしい洞察力で悩みをぴたっと言い当ててみせる。


「ノセくんのそういうところ、本当に怖いと思うよ」


 その鋭さには戸惑うことが多い。


 昔からこういうところがあったから、きっと生まれ持った才能というものなのだろう。


 羨ましいと思ったことはない。堂抜はいつだって自分のことで精一杯だからだ。


「さっくんがわかりやすいのよ」


 一ノ瀬はそんな風に言って、なんでもないように笑う。


 それに対しては否定のしようもないので「まあ……」と曖昧に濁した。


 そのままこの話は終わりかと思ったが、顔を上げると一ノ瀬と目が合う。


 どうやら悩みを打ち明けるまでは終えるつもりはないようだ。


 堂抜は口を噤む。


 それからしばらくの間、口を開閉させるとようやく観念したよう呟いた。


「初詣でさ」


「……えぇ」


 話を促すように紡がれる相槌。聞き上手な幼馴染に舌を巻く。


「何のお願いしたかって話を姫としたんだけどさ」


 姫。堂抜が思いを寄せる彼女のあだ名だ。


 本名は姫野(ひめの)凉那(すずな)と言う。


 名字と生徒会長という立場から周囲に”姫”と呼ばれている。


 彼女自身はそのあだ名を快く思っていない。蔑称とまで言っていたことを知っている。


 でも呼べば呼んだでしっかりと反応してくれるので、堂抜も直すことなくそのままにしていた。


 そんな彼女と、一ノ瀬、生徒会の仲間三人、計六人で今年の初め。とある神社の初詣に出掛けた。


 そこは縁結びの神様が奉られているという、地元で有名な場所だった。


 そこで堂抜は凉那にどんなお願いをしたのかを聞き。


「良縁、ってそれだけ教えてくれたんだ」


 そして、短くそう告げられた。


「縁結びの神社で良縁? それって――」


「そうなんだよ!」


 食らい付くようにその言葉に答える。


「僕が考えすぎなわけじゃないよね?」


「……ひとまずはっきりさせておきたいんだけど」


 そして一瞬で意気消沈する堂抜に一ノ瀬は肩を竦めながらくすりと笑った。


「さっくんはスズのことが好きなのよね?」


「――うん」


 教室でなんて話をしているんだろう。そう思って今更ながら辺りを少しだけ警戒する。


 けれど、二人の話を聞いている人なんて居なかった。


「それはつまり、そういう意味で?」


「そうだよ」


 しつこく聞いてくる一ノ瀬に堂抜は失笑する。


 すると彼は「はあー」と深く息を吐いた。


「ノセくん?」


「なんでもないわ」


「?」


 空を仰ぐ友人を堂抜は怪訝そうな顔で見つめた。


「気にしないでちょうだい。ただの深呼吸よ」


 すると彼は眉間に皺を寄せて軽く手を振る。これはそれ以上の追及はするなという合図だった。


 その仕草が出るともう何を聞いても答えは返ってこない。


 堂抜は未だに釈然としない様子で首をひねっていたが、最後には諦めて首を元に戻した。


 それを見届けてから一ノ瀬は悠然と腕を組む。


「それで? さっくんは気が気じゃないわけだ」


 そう言って微笑んだ顔はどこか悪戯っぽい。からかわれているのがわかって堂抜は唇を尖らせた。


「僕、真剣なんだけど」


「わかってるわよ。ただ、ちょっと意外だったの」


 なんでも見透かす幼馴染。彼がその言葉を使う事はなかなかない。


「意外?」


「えぇ。まさかさっくんがそこまであの子の事を好きになるとは思わなかったわ」


 それが少しだけ誇らしくて堂抜は思わず身を乗り出した。


「なんでそう思うのさ」


「だってタイプと全然違うじゃない。今までは物静かで大人しめの子ばっかりだったのに」


「ん、まあ、そうかもしれない、けど……」


「あの子は確かに静かだけど、大人しい方じゃないわよ?」


「うん。でも、どうしてかな。僕もわからないけど、好きになってたんだ」


「それスズに直接言ってあげなさいよ」


 こういう話になると一ノ瀬は遠慮がない。堂々と自分の意見をぶつけてくる。


「む、無理! さすがにあの後じゃ、なおさら無理!」


「大丈夫よ。人の好意を踏みにじるような人じゃないってのはわかってるでしょ? 男の子なんだから根性見せなさい。当たって砕けろよ」


「砕けたくないんだよっ」


 無責任な発言に堂抜は他人事だと思ってと顔を逸らした。


「大丈夫よ。きっとね」


 だからそう呟いた一ノ瀬の顔が僅かに歪んだことに気づかない。そして、視線を戻すころには彼は何事もなかったような顔をしていた。


「そういえばあの子も不思議がってたわよ」


「え?」


「賽銭、五円玉二枚入れてたって。二枚入れたからって願いが叶いやすくなるわけでもないのに、なんて言ってたわ」


「それは……その、僕もしょうもないなとは思ってるんだけど、就職祈願と一緒にその良縁も、と思って……」


「欲が深いわねぇ」


 どうせわかっていたのだろうに、一ノ瀬は口元を綻ばせて堂抜を見る。


「からかわないでよ」


 こうなるととことんまで弄られる。堂抜はこの話はおしまいだと言わんばかりにきゅっと口を引き結んだ。


「ふふ、ごめんなさいね。こういう話をする機会ってなかなかないから、つい」


 楽しそうに弾む声が言う。


「ノセくんに相談した僕がバカだったよ」


 すっかりふてくされて堂抜はそう零した。


「あら、よく言うわ。今まで何度相談にのってあげたと思ってるの?」


「まあ、そうだけどさ」


 確かに一ノ瀬には何度も悩みを打ち明けている。


 その結果はいつも同じで、その度にもう相談しないと思うのだが、どうしてかついつい話してしまうのだ。


 堂抜が自分の学習能力の低さに打ちひしがれていると不意に一ノ瀬が後ろを振り返った。


 視線の先には掛け時計があり、昼休みの時間が残り少なくなっていることを告げている。


「それより、お昼、どうするの? 一緒に食べる?」


 一ノ瀬は手に持った花柄の包みを持ち上げて小首を傾げた。


 重量感のあるそれは彼が毎日手ずから作っているお弁当だ。


「あ、うん」


 それを見て堂抜も思い出したように鞄の中からお弁当を取り出す。ビニール袋に入ったそれはコンビニで買ったものだ。


「そう。じゃあ生徒会室に行きましょ。スズも居るでしょうし」


 堂抜が立ち上がるのを待って一ノ瀬はにやりと口端を持ち上げる。


 途端に顔が熱を帯びた。


 再び抗議の声を上げようと口を開く。


「ノセくん――」


 その時だった。


「ふざけないでくれる!?」


 突然、昼休みの喧騒を貫く怒声が響き渡ったのは。

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