吟遊詩人はトニーと同郷
「ここです。リークスBAR」
「なるほどの、魔力が込められた字が看板にある。本当は、放浪リークスBARか、情報交換の場ちゅうことじゃな」
坂を下りてトンネルの方に向かい、路地を何本か曲がった奥まったところに、このお店がある。千里が道に迷ったから、偶々行き着いたお店だ。
チリリリン
路地の突き当りというこじんまりした感じの入り口の割には、中が広く、更に奥の方にVIP席があるようにうかがえる。しかし京爺とサイモンは、いつものカウンターを見つけて、嬉しそうにそこに座った。
「いらっしゃい」
「ママさんです」
「あら、坊や。また来たのね。お酒飲めないくせに、面白い?」
「わしゃ飲めるぞ」
「わしもだ、ウィスキーをロックでくれ」
この店を偵察してくれるんじゃないのかよ。まあいいか
「あなたは、ジンジャエールね。お客さんを連れて来てくれたんなら、いいわ」
「ママさんに、嫌な顔をずっとされていましたからね」
「そりゃそうよ、ここは酒場だもの。夕飯まだなんでしょう。何か食べていきなさい」
「じゃあ、何でしたっけ。肉を煮込んだやつ」
「もつ煮ね。分かったわ」
「わしもじゃ」
「わしもくれ」
ママは、まだ30代に見える。垢ぬけているのに、占いのごてごてした雰囲気を捨てないものだから、魔女っぽさの方が先に立つ。
トニーは、いつものカウンターの隅に座った。ここだと店内を一望できるし目立たない。この状態で、ママと仲良くなれれば最高だと思っていた。二人のおかげで、ママが自分を客と認めてくれたのは嬉しい。夕飯と飲み物で、2000円で済む。実際は安い店なのだ。
にゃーん
「あら可愛い」
「ママさんすいません。にゃんこ先生。出ないんじゃなかったんですか」
「にゃんこ先生って言うの!。にゃんこ先生も何か食べる?もつ煮でいい?」
にゃーーーん「ゴロゴロゴロ」
玉は、人たらしの猫なのだ。
「いいんですか」
「私の店よ。毎日連れてきなさい」
いきなり成果が上がった。にゃんこ先生の実力を読み違えていた。
食事を食べ終わるころに、別の客が、ここに置いてある縦型のピアノで演奏を始めた。ジャズで、この店の雰囲気に合っている。トニーは、自分の居場所を見つけたと思った。
にゃんこ先生は、ママに可愛がられている。サイモンと京爺も、第一目的を果たしたと、初めて、店を見回していた。第一目的、それは酒を飲むことだ。
「旅行者ばっかりじゃのう。こんな奥まったBARなのに、どうなっとる」
「人間界の魔法使いには、放浪者と言う人がいます。定住しないで、世界を彷徨っている人達です。彼らは、世界中の情報を共有しています。ぼくは、まだ誰とも友達になれていません。子供に見られているせいなんですが、ずっと通っていると、顔見知りになりますから。そのうち、独自情報が得れると思っています」
「良い心がけだ。ちょっとだけアドバイスをしてやろう。今、ピアノを弾いている彼は、吟遊詩人だ。吟遊詩人は、音楽で、情報を語る。曲には意味があるということだ。しかしだ、その内容を聞こうと思ったら金がかかるぞ。対策は、友達になることだ。こちらの情報を出して対等の関係になると、話が早い。京爺、吟遊詩人は、向こうと一緒だと言っていたよな」
「そうじゃ」
「話しにくい情報しか持っていないです」
「なあに、そんな話ばかりではないじゃろ。サイモン、あ奴に一杯おごろう」
「いいね。金は、京爺持ちだろ」
「どうせ、今日は、全部わし持ちじゃろ。分かった、トニーの名前で、ボトルを入れとくか」
京爺はママを呼んで、ボトルを入れていた。
「1万でいいんか。じゃあ、2本じゃ。トニーの名前で入れてくれ。一本は飲むぞ。ええ店じゃないか」
「京爺、他の酒も試したい」
「おっ、そうじゃの。わし、ジョニーウォーカー、ストレートで」
「わしは、オールドパー」
「トニー君。いいお友達じゃない」
「はあ・・。サイモンさん、演奏している人に一杯おごるんじゃなかったんですか」
「すまん」
そう言って、サイモンは、演奏者に、カウンターに来ないかと誘いに行った。
アンナと千里には、二人に、あまり飲ますなと言われている。今のところ、止められそうにない雰囲気。その上、一挙に店に食い込めそうなので、ちょっと見守ることにした。
「お招きありがとうございます。ボイルです。ボイル・ダーマット」
「イギリスの方ですね。ぼくは、バスク魔法学校出身です」
「私も3年いたのですが、こうして旅している方が性に合っています」
「ボイル君、店の雰囲気に合っていたぞ。後で、もう一曲聞かせてくれ」
「ほりゃ、リクエストのチップじゃ。今、ボトルを入れたんじゃ。飲んでいくじゃろ」
「遠慮なく」
京爺は、3000円渡していた。二人とも、酒を思う存分飲めているので、気が大きくなっている。いつもは、妖精カフェで、肩身の狭い思いをして酒を飲んでいるからなおさらだ。
しかし、一杯の酒だけで、相手の名前を聞くことが出来たし、同じ出身校の人だと分かった。普通に話をしているだけでもいいんだ。
さっきまで、ママと日本語で話していたのに、今は、英語で話している。ママも、ぼくたちが、魔法使いだと認識したようだった。自分は、母国語なだけだけど、京爺は日本人。サイモンに至っては国籍不明だ。
ボイルの話を聞いていて分かったことは、バスク魔法学校を卒業して5年。世界を放浪しだして3年だそうだ。今回は、アメリカから、日本に入ってきた。この後、東南アジアに抜けると言っていた。
母国の話だが、ぼくと京爺は、普通に話せるのだが、サイモンは、そんな作り話をしたらすぐぼろが出る。だから国籍不明のままでいる様だった。
「日本は、どこが見所ですか。私は、勉強不足のままなんです」
「そりゃやっぱり富士山じゃろ。お前さん風系じゃろ。あそこは地脈だけじゃないぞ。火も風も水も全部ある。風なんじゃが、登山するのが一番じゃ。まだ時期じゃないがな」
「じゃあ、ちょっと、長逗留しようかな」
「本当ですか。ぼくは、この店が気に入ったので、良く来ようと思っています」
「そうなのか? 京爺、ピアノもキープだ。後三曲は、トニーに聞かせてくれ」
「ええぞ、ほれ、1万じゃ。トニーを頼む」
「ありがとうございます。東京は、物価が高くて」
「あら、そのピアノの腕だったら、他の店も、使ってくれるわよ。吟遊詩人は、お店が気に入ると、時給も出してくれるわ。今日は1食おごるね」
ボイルにとって、ぼく達は、とてもいい客になった。ボイルは、ママに、他の店を紹介してもらっていた。後で、他の店の情報を聞こうと思う。これなら、ピアノ代や酒代を払ったかいがある。
帰りがけ京爺が、他店の情報は、4から5店だったら今日支払ったから、聞くだけで教えてくれると言っていた。いつ払ったんだろうと思う。サイモンが言うには、ボイルは、ぼくと同郷だし、年を聞いていただろ。「へえー学校を卒業したてなんだ」とも言っていた。吟遊詩人との付き合い方を聞いたら、ただで教えてくれると思うぞと言っていた。
それと、にゃんこ先生の人たらしというスキルがすごすぎる。いい先輩たちに恵まれたと思った。




