聖龍王は実在人物
紅アゲハの異界は、広いところで直径30Kmもあった。初めて私たちだけで、周辺把握をした時は、浅草橋が、せいぜいだった。初めて俯瞰した浅草橋は、直径1Kmの円の中に納まる。その時から比べたら、私たちもずいぶん成長したと思う。
それでわかったことは、森の木の中に、空気発生器じゃないかと思われるぐらい空気を発生させている樹が有って、それによって対流が生まれ、異界の岩盤の亀裂から空気が逃げている状態だとわかった。地下水は、いい感じの量しか流れていない。だぶん、この近くに本流があるんじゃないかとアクアが言っていた。
紅アゲハの繭は、この森の中心に集中していた。あのノイズに守られるように、さなぎたちが集まって羽化を待っている状態だ。
これらの情報をもとに、妖精の間で画期的なことが行われようとしていた。私たちの情報は、火龍王様を通して土の妖精王、ヒース王に伝わった。逆にヒイラギによって、ヒイラギのお父さんからも。それで、かねてからの予定通り、4大妖精を集めた会議をしようと言う話を各妖精王に持ち掛けた。妖精王たちはこれを了解した。紅アゲハの異界は、とても魅力的な所だった。それで、一か月後に、妖精会議を開くことになった。まだ一月先の話だが、逆に言うと、準備に一月しかない。
土の妖精ヒース王によって、4大妖精王が、空中庭園に集まって、世界会議を開催する。土の妖精ヒース王、風の妖精ナウシカ女王。火の妖精アゴン王、水の妖精リバイ王が一度に会する。それに伴い、各政府高官会議、インテリジェンス会議、各学術会議など、とても大掛かりな会議が模様される。
この時、浮島群は、まだ、森の大樹の上近くにある。森の大樹には、外交官たちの評議会議場があるので、この会議場にも人が押し寄せてくる。ここは、学術会議がメイン。妖精カフェは、その会議に出席する人達の休憩場所になる。マスターは、ターシャとサーシャにお願いして、この会議中、臨時のアルバイトをしてもらうことになった。まだ、1カ月も先の話なのに、妖精カフェも臨戦態勢となる。
こんな大変な時に、私たちはそれまでに、紅ガラスの衣を完成させて、紅アゲハの異界に再トライしなくてはいけない。これが成功しないと、大半の調査団が、ノイズに苦しむことになる。私たちは、色々な人に、カフェの仕事そっちのけで、紅ガラスの衣制作をしなさいと言われた。そこは、クリスタ先生に庇ってもらった。みんな、まだ学生だし、未成年なのだ。このようなプレッシャーには、クリスタウオールがあるけど、やることは、結局変わらないかな。がんばろ。
4月中旬 精霊界 妖精カフェ
「これでよしっ、どうだ、みんな」
妖精カフェ、奥のカウンターの上に、ターシャとサーシャが舞っている錦絵のコピーが、ドーンと、飾られた。
これを描いた絵師のヤタが、額縁制作を終えて、カフェに飾りに来た。なんだかとっても誇らしい。世界会議に向けてバイトの研修に来ているターシャとサーシャも絵を見上げて、とても嬉しそうだ。
「すごいわね。この絵の中の人が、直接給仕してくれるんでしょう。みんな、ものすごく喜ぶわ」
風の国の誇りだとウィンディの鼻息が荒い。
「ヤタさん、お弟子なんも、お茶を飲んで行ってください」
アンナが、早速おもてなしをしている。私たちは、みんなで、少しずつお金を出し合って、ヤタにご祝儀をあげることにしている。それに、アンナも、ターシャ、サーシャも、涼夏堂さんもかんでくれて、全部で、1万ルピーになった。本当に安い値段で仕事を引き受けてくれたと思う。ウィンディが、それを渡すことになっている。ヤタは、座っていたのに立ち上がって、頭を下げていた。
「ヤタさん、遅い大入り袋でごめんね。はいこれ」
ガタン
慌てて立ち上がったから、お弟子さんがびっくりしている。
「ウィンディさん、皆さん、ありがとうございます」
「ごめんね、気持ちだけよ」
「私はこれ。ヤタさんも甘党なんでしょう」
そう言って、私は、ケーキを山盛り持ってきた。いかつい外見と違って、ヤタは、甘党。後から立ち上がったお弟子さんの目から星がものすごくこぼれている。帰り際に、お土産に包んであげよう。
ヤタの接待をウィンディに任せて、私とヒイラギは、今一度、錦絵を見にカウンターに戻った。
「袖のワンポイントが生きてるね。どうする、絹糸の見本を雑貨店に置く?」
「当然よ。ここからは、大儲けだよ。たまたま京爺に言われて絹糸もガラスの糸も在庫がいっぱいあるもんね」
今回は、出費±0の儲けなし。値付けは、マスターに一任している。相当高額にすると言っていた。そうじゃないと、薄利多売になって、私たちが身動きできなくなるそうだ。
ヤタをみんなで見送りした後、入れ替わりに京爺が帰ってきた。ここ数日、聖龍王について、使える人脈を全部使って、精力的に調べていた。それでも、追いつかず、多くの学者に呼び掛けたようだった。
私とマスターが、駆け寄った。
「師匠!」
「京爺」
「すまん、早いのは分かっとるがいつものをくれ」
「千里君、頼む。私は、師匠の話を聞くよ」
私も一緒に聖龍王の話を聞きたかったけど、ウィスキーと氷を取りに走った。
「それで師匠、聖龍王の記事は見つかりましたか?」
「まあな。なんで、あんな分かりにくい暗号のようなことになっとるんじゃ。知る人にしか知らせない気満々じゃ」
「聖龍王の存在が発見できただけでも、凄いですよ。やっぱり天竺書庫に有りましたか」
「それがじゃ、どの巨大図書館にも存在した。誰が一体何の目的でというのも気になるんじゃが、問題は中身じゃろう。解明はまだ、入り口でな、千里に紅蓮洞に行ってもらう方が速そうじゃ。こっちもその方が、答え合わせをしやすいでな」
「私ですか?」
私は、ウィスキーと氷をたっぷり入れたアイスペールを持って、やって来た。おしぼりを渡すと、京爺は、顔まで拭いて、やっと落ち着いたという顔をした。
「考古学っちゅのは、証拠もそうじゃが検証できんといけん。図書館の本は、同じ人物が、仕掛けたものかもしれんじゃろ。千里が、紅蓮洞から『聖龍王』というキーワードを持ってきたから、みんなも盛り上がっとる。どうせまた、行くんじゃろ」
「京爺は、一緒に来てくれないの?マスターはダメだって言うの」
「それはそうだろ。ぼくのは、闇のオーラだよ。ノイズに抵抗できないよ」
「だ、そうなの」
「すまんのう、手を広げ過ぎた。学術会議も近いじゃろ。ちょっと身動きできん。ただな、ウィンディが言っっとった空気発生器のような樹のことは別じゃな」
「やっぱり世界樹の若木だと思いますか」
「なんちゅうか盆栽のようなもんじゃろ。本当は、樹齢何億歳も歳をとっておるかもしれん。下の枝を切ればすぐわかるが、国際法を突破せんとな。この間みたいに、偶々落ちていた枝を拾うのと訳が違う。樹齢何億歳かもしれんのじゃぞ、挨拶したいわい」
「確かに、興味あります」
「じゃあ、一緒に行ってくれるのね」
「今度な、今は無理じゃ」
私も学業があるし、そんなにあれから日もたっていないので、紅ガラスのローブ製作は進んでいない。今日、スタッフが集まる予定。裁縫のバイトの話は、一応、サラとアクアに、クリスタ先生にしてもらっているけど、考えさせてと言われて回答待ちの状態。カフェの給仕と違って、ハードルは低かったみたい。作業場から出ることはないし、技術も身に付く。
もう直ぐサラとアクアがやって来る。スタッフも、もう直ぐ集まる。
サラとアクアが、トラングラー魔法学園の寮生と一緒にやって来た。以前友達になろうと花薗寮で話しかけたルーと、アオイだ。ちょっとちょっといい予感。




