紅アゲハの異界に入るには
マグマだまりの岩盤の下は、天井こそ高くないけれど、やはり広々としたところだった。ここから、地下に向かって洞窟の支流がたくさんある。その支流が行きつくところに、さらに大きなマグマだまりがあるのだろうが、そこに水が流れ込まなければ、大きな噴火は、なかなか起きない。だから、ヒイラギには、ここがとても良い土地に見える。
「ここ、いいところだよー」
ヒイラギは、この広い空間をふよふよ飛び回り始めた。
「思ったより乾燥していますわ」
「火岩石がいっぱいあるんだよ。温泉作り放題じゃないかな」
「いいですわね」
「土の妖精たちは、まったり系の人が多いじゃない。入植したら、スパもいっぱいできるんじゃない」
「いいよね、それ」
「紅蓮洞スパ、いいですわー」
ウィンディたちが、女子話に花を咲かせている。この時、私は、火龍王様に後押しされて、紅アゲハの次元門を見つけていた。
「あそこ。あそこに、下に降りる道がありますよね。その途中」
― あれか、あの赤い膜。妖精の大きさしかないな。しかし、千里も、この中に入れたい。手伝ってやるから、次元門を広げてみろ
「でも、それじゃあ、私の大きさの人が、通れるようになってしまいます」
― 大丈夫だ。龍王城で、紅蓮洞に入ること自体も管理するし、次元門だぞ。早々ここを通れる者は、おるまい。とにかく行ってみるぞ
私は、サラを掌に乗せて、ずっと火龍王様と話をしていた。紅アゲハの次元門が近い。それに気づいたヒイラギが、岩盤の下の空間をふよふよしながら戻ってきた。紅アゲハの次元門を超えると火龍王様のアシストがなくなる。みんなちょっと緊張した。
紅アゲハの次元門は、薄っすら紅色に光って見える。しかし、直径が25センチほどで、妖精が通れる大きさしかない。
― 千里、サハテは、知っているか。サハテの異次元空間を次元門に重ねると、門が広くなるのだ
「サハテですか!」
「うぇーー、サハテなんだ」
「火龍王様、もし、千里がサハテを発動したら、竜族だって通れる次元門になってしまいます」
「その前に、ここが崩れるんじゃないかな」
「危険ですわ」
以前サハテを発動した時、地面がえぐれて、その土砂が亞空間に消えた。あの土砂、何処に行ったんだろ。
― 魔法詠唱しないでやればよいであろう。どうだ、出来そうか
「ずっと、エクスペクトを詠唱しないで発動させていますから、同じ感じでやれば、出来ると思います」
「なんだかドキドキしてきた」
「ちょっとやめてよ」
「千里、命を預けますわ」
「土遁の準備するから」
― こら、千里にプレッシャーをかけるでない。大丈夫だ、魔力の流れを見てやる。まず、手のひらを紅アゲハの次元門にかざすのだ。そして、その膜に触れるようにして、膜に波紋与え、それを広げるようにするのだ。
「サハテをそんな感じで扱えばいいんですね」
― サハテを一度は、発動しているのだ。感触は分かるな。まず、紅アゲハの次元門に触れてみろ
サラが私の左肩に乗った。私は、エクスペクトを止めて、手のひらを広げた。まるで水面に手の平を近づけたような感触。張力で、次元門が自分の方にせりあがってきた。
「次元門を感じます」
― それに自分のサハテをぶつけるのだ。波紋が起こるほどだぞ
私は、マスターが、モバイカーの暗黒空間に引きずり込まれながら、その空間に干渉した時のことを思い出した。
「波っ」
紅アゲハの次元門は、大きな水滴が、落とされたように、波打った。
― そうきたか。波紋をおこすのは、そこまでだ。ここからは、サハテ空間を思い浮かべろ
紅アゲハの次元門に起こった波紋は、津波のようにその空間を押し広げていく。
― 手を放せ、千里
「成功よ」
「青い光が、紅の膜に干渉していましたわ」
「ふう」
「よかった」ヒイラギは、土遁の構えを崩した。
「私、魔法が成功したのって、ヒイラギと腐海をクロロ藻で蓋した時以来かも」
― そんなことないぞ、ホムラを見つけてくれたではないか
「そうだよ」
この後、みんなで、私の魔法修行の話になった。パトーナムの時は、カフェを壊しそうになったし、エクスペクトの時は暴発。すっごいダメダメなので恥ずかしい。だけど、今日は、成功した。火龍王様は、興味深そうにその話を聞いてくれた。
― 皆良いか。お前たちが次元門を超えると、わしは、アドバイスできなくなる。それでも支援できることがある。わしは、サラが記憶したばかりの事なら少しだけ見ることが出来る。それを龍眼で、家臣の測量士に見せることもそうだ。だから、サラは、紅アゲハの異界をその目に焼き付けろ。その広さもだ。他のものは、紅アゲハの次元門がどのくらいの数があるか確かめろ。その先を覗くことは、するでないぞ。危険を冒すな。そして、繭を三つ持ち帰るのだ。そのとき、紅アゲハが攻撃してくるやもしれん。だから、それを一人でやるなよ
これを聞いて、ヒイラギとウィンディが次元門。私とアクアが繭の採取に決まった。そしてサラは、紅アゲハの異界を見て回ることになった。
「みんな、一緒に行こう」
私の手の平に、サラとウィンディ。右肩にアクア、左肩にヒイラギが乗った。
「ここにも、奈落の底があるんじゃない」
「千里、止まらないでくださいね」
「やっぱりドキドキする」
「みんな、行こう」
私たちは、紅アゲハの次元門を超えた。
「眩しい!」
「ここ、人間界だよね」
「天井があるよ。地中だよー」
「なんて広さなんでしょう」
紅アゲハの異界。それは広大な地下世界だった。
「ウィンディ、空気は?、風の通り道はどう?」
「感じるわ。でも一回、サラを通して見た方がいいと思う」
「賛成。全体像を見たい」
「アクア、水は、ありそう?」
「ありますわね」
「そりゃそうだよ。こんなに、甘い匂いがする草が茂っているんだよ」
遠くには森も見える。私たちは、それらを見下ろす丘の上に立っていた。まるで、竜の町の跡のような広さ。しかし、そこに、遺跡の跡を伺うことはできなかった。
「これじゃあ、全てを探査するのは無理ね」
「サラに、ここの全体を見てもらって、火龍王様に、地図を作成してもらうのが一番いいよ」
「本当にそうね」
「あっ、紅アゲハ」 サラが指さす。
みんな、紅アゲハを初めて見た。紅アゲハは、とても怖がりだと聞いていたが、慌てて逃げる様子もなく、普通の蝶のような感じで、眼下の森に向かっていく。
「ちょっと。みんな、追っかけない方がいいよ」
「だって、繭だけでも、持って帰ろうよ。後を追えば、産卵場所に行くに決まってる」
そう言って、サラも、私の手から飛び立った。
そして、みんな、私から随分離れたところで、失速した。みんな、頭を抱えてげんなりした顔をしている。
「みんなー、どうしたの」
みんなは、勢いよく飛び出した。私は、ぷかぷか浮くだけだから追いつけない。
「ノックおじさまが言っていた異音よ」
「ウェー」
「頭が痛いよ」
「我慢は、できるのですが。初めての体験ですので・・・」
「ウィンディ、対処できない?」
「ずっとはきついよ」
「お、お願い」
「無理!王室付きの魔法士に、来てもらうしかないわ」
「やっと追いついた。みんな大丈夫」
私は、みんなを抱きかかえた。
「うん?」
「耳鳴りがしなくなりましたわね」
「千里ありがとう。何かした?」
「違うわ。千里のオーラの中に入ったからよ」
「わたし、何もしていないよ」
「千里のオーラは、闇と光のオーラ。パトーナムかサハテが、私たちを、この異音から守っているのではないかしら」
アクアは、扇子を広げて本気モードに入っていた。
「そうかも、ご先祖様は、この謎が解けなくて、この異界を封鎖したんだよ。精霊界の4大属性じゃあ、この異音の謎は、解けなかったのよ」
「これじゃあ、健康被害が出るよ」
「もしかして、息吹の蓑衣で、頭を覆うと、いいんじゃない」
「ウィンディ、冴えてる。紅アゲハが、平気なんだからそうかも。サハテだよ」
「じゃあ、ここは、黒龍王様の居城があったところかな」
私たちは、何億年という月日を感じて、この絶景を見回して立ち尽くした。
「こんなに広いんだよ。紅蓮洞の次元門を見失わないよう、やっぱり最初は、サラに、異界の全体を見てもらお」
みんな私に賛成してくれた。サラに、この空間を見てもらう前に、ヒイラギがぽつりと言った。
「さっきウィンディが言ってたことって、最初はそうだって思ったけど、それは、ご先祖様も考えたんじゃないかな。だから、息吹の蓑衣があるんだよ。でも、ここに入るのをやめたんだよ」
「大丈夫よ。今度は、千里がいるんだよ」
「サラ」
「そうよ。私たちを信じなさい」
「ウィンディ」
「じゃあ、やりましょう」
私たちは、サラの背中を押した。




