紅蓮洞の紅アゲハ
週末 精霊界 妖精カフェ
午後になり、カフェも暇になった。ここからは、東京側が忙しくなる。学校の基礎授業は、金曜までで、後は、自分で授業を選べる。授業を多くとることもできるし、基礎授業だけで単位を取る自信があるのなら、別の授業を取らなくてもいい。私は、バイトがあるので、土曜は、授業を入れないようにした。そうすると、土曜は、カフェに一日居られるし、日曜は休むこともできる。
「は~~~」
「お疲れ様ね。自分の部屋で休んだら?」
「サラ待ちなんです。火岩石の相談がしたくて」
カウンターの中の椅子に座って寝そべると、カフェ側に自分は見えなくなる。私は、グデーとそこに寝そべった。コップ洗いに戻ってきたアンナがそれを見て、大変ねと、ちょっと同情してくれた。
この1週間、色々あったのだ。ほとんど、トニー絡み。毎朝迎えに来るし、東京が不案内だからと、カフェが引けた後、私だって不案内なのに、夜の東京を案内させられた。二人で、随分、珍道中したと思う。あゆが東京に帰ってくるまで待てばいいのに、なんか、生真面目。私なんか、終電ギリギリになって、何度か銭湯に行きそびれている。だから、精霊界側の私の部屋に、お風呂がほしくて仕方ないのだ。
トニーは、お台場じゃなく、六本木が気に入ったみたい。どっちの店も、魔力がないと見えない看板がかかっていた。お台場は、レストラン。六本木はバー。お酒飲をまないのに、変なの。
学校では、トニーの奴、案の定注目の的。一緒にいる私も、女子に目立ってしまって、いろいろ聞かれて、やっかみ言われて、結局トニーは、私の旦那と言うことで落ち着いた。その方が、いろいろ面倒が少ないと思ってそうした。アンナは、トニーの修行を見なくてはいけない。
「トニーは、東京になれた?」
「マスターに、黒龍王の遺産の話をしてもらって、『今は安全だから、アンティークのお店のバイトと、東京に慣れなさい』って言ってもらったでしょう。六本木に、魔法使いのコミューンを見つけたから、独自情報を得られるようになりたいとか言って、今晩から、一人で徘徊するみたい。だから、来週からは、朝から、追い掛け回されることは無くなると思います」
「徘徊って・・六本木の魔法使いのコミューン? 世界を放浪している魔法使いが、寄り集まっているお店のことかしら」
「占いのお姉さんがやっているバーなんですけど、外人ばっか。そこが気に入ったみたいです」
「ふうん、博史さんに、変なのがいないか、見に行ってもらうわ」
「京爺が、わしも連れて行けってうるさいんじゃないですか」
「サイモンもね。人間界になれるのにちょうどいいかも。トニーに案内させるわ」
「はーー、夜中に歩き回ったの、少しは役に立つんだ」
「サラたちが来たわよ。カフェラテ作って持って行ったら?」
サラとアクアが、ふよふよ カウンターにやって来た。サラの部屋で、これから作戦会議をする。火岩石がある洞窟は、エリシウム山にある。紅蓮洞は、龍王城の近くだ。
私は、自分の部屋に、バスルームを作る決心をした。バスタブは、ウィンディに手伝ってもらって、桜の木を成長させながらバスタブにする。水道管は、京爺が世界樹を使って作ってくれている。シャワーは、バスタブさんを使って作る。全部生きた状態で定着させる予定。バスタブさんは、外に出ている管から葉っぱを生やして、太陽の光を受けるみたい。私がお風呂に入るたびに私の魔力を受けて、ちょっとづつ成長する。イメージ的には、盆栽みたいな感じかな。時期になれば花も付けるし実もなる。
実は、京爺に泣きついて、ちょっと助けてもらった。水のプールは、元々作ってもらっていたんだけど、それとは別に、お湯槽を作ってもらった。そこに火岩石を置く。火岩石に魔力を送ると、火岩石を置いた水槽がお湯になる。蛇口とシャワーはアナログ。マスターに取り付けてもらう。これで、念願のお風呂が出来上がる。水はずっと、プールから。お湯用の水槽に流れているので、使えばそれだけ水が、足される。使い終わると、お湯がプールの水に押されて熱が抜けていく仕組み。
サラの部屋には、妖精用だけど温泉がある。乾燥しているサラの部屋をアクアが嫌ってつけたものだ。ここに、火岩石が使われている。私は、火岩石を目に焼き付けて、トレジャーハントする。
サラの部屋に行くと、アクアがすすっと、温泉の方に流れた。やっぱり、ちょっとしけっている方が落ち着くみたい。アクアが、ここにずっと魔力と水を送り続けているので、沙羅曼蛇が、天然温泉として利用している。沙羅曼蛇が、アクアにお礼を言っていた。
「二人とも、カフェラテとケーキは私のおごりよ。だから、火岩石ゲットを手伝って」
「紅蓮洞ってエリシウム山の溶岩流後の洞くつでしょう。私は、その気だよ」
「わたくしは、ちょっと苦手ですわ。でも、面白そう。冒険ですわね」
「サラ、龍王城の人は良いって言ってくれた? マスターは、火竜が許可してくれるのなら、洞窟に行っていいって」
「条件付き。おじさまも行きたいって。もちろん、ぼくが龍眼を付けるだけだよ」
「火龍王様も同行するの?」
「その方が安全なのでしょう」
「普通、あんな狭いところ。竜族は、入れないからね。楽しみだって言ってた」
そこに、ヒイラギがやって来た。親に言われて作ることになった土の妖精至宝の服、息吹の蓑衣の素材が、どうやら、ここに有るかもしれないとのことだった。
「みんな、もう、集まっていたんだ。サラ、紅アゲハの噂は、本当だった?」
「うんうん、そうみたいだよ。良かったね」
「何の話ですの」
「私が作る『息吹の蓑衣』の話。素材に、紅アゲハの幼虫の繭がいるのよ」
「ぼくが、紅蓮洞に行きたいって言ったから、リザード親衛隊の人が見に行ってくれたんだよ。その時、洞窟から一頭、紅アゲハが出てくるところを見たって」
「なるほどですわ」
「やった。後は、紅アゲハが通る次元門が見えると、蝶の巣に行けるってことだね」
「千里がいるから行けると思うよ」
「その話は、初耳よ。詳しく話して」
「アクアが説明してあげてよ」
「仕方ありませんわね」
アクアが扇子を広げて、本気モードに入った。考え込むときは、扇子で半分顔を隠し、話すときは扇子を外す。アクアは、トラングラー魔法学園一の秀才なのだ。温泉の横に座って話し出した。
「実は、紅アゲハと言うのは、謎の多い蝶です。過酷な環境を生き抜いている蝶の中でも一番古い蝶ですので、息吹の蓑衣の素材になるわけですが、その生態は良く分かていません」
「地中の蝶って言うのは間違いないよ」
「そうですわね」
アクアは考えをまとめるためにちょこっと扇子で隠れたが、すぐ扇子を開いて話しだした。
「どれぐらい古い種族かと申しますと、先史代、千里の世界で言う中生代には、化石があります」
「中生代って、虫と恐竜の時代だから、そうかも」
「問題は、生態です。紅アゲハは、異次元に幼生を隠します。ですから、その繭は、人目に触れることがありません。しかし、次元を超える人というのは、何時の時代でも現れるものです。その異次元空間から、紅色の繭を持ち帰ったのが、土の妖精、中興の祖といわれた、イーシュ・ドヴェルグその人なのです」
「私のご先祖さまだよ」
「ふ~ん、じゃあ、紅アゲハって、すごい希少種ってことじゃないの?。繭を持ち帰ってもいいのかな」
「それは大丈夫だよ。紅アゲハが飲む蜜って、千日草だもん」
「千日草自体が希少種だから、増えすぎても、淘汰されるだけだよ」
「精霊界の千日草よね、ちょっと興味ある」
「紅アゲハの異界に入ったとき、異常に繭があったら、逆に、大量に、持ち帰らないといけません。ドヴェルグ王の日記にそうあります。大量発生は、良い知らせの時も、悪い知らせの時も起きています。良い知らせの時は、土の世界が大繁栄しました。千日草も、多く茂ったそうです。しかし、悪い知らせの時は、大災害を予見させました。千日草が、多く繁殖しなかったのに、そうなったときは、特に繭を間引かなければいけません」
「どんな大災害だったの?」
「火山の爆発だよ。それも規模が、壊滅的って言って、その火山の近くの人は助からない被害が出たんだよ」
「紅アゲハも、種の保存にのっとって、大量に卵を産んだのでしょうが、食べ物がありません。間引いた方が、自滅しなくて済むので、子孫を多く残せるのです。逆に千日草が多く茂ったからと言って、翌年もそうなるとは限りません。やはり、自滅を防ぐために間引くのが一番なのです」
「持ち帰っていいのね。ちょっと安心した。それで、紅アゲハの異界ってどんなところ?。入り口見つかるかな」
「薄紅色らしいよ」
「ほら、妖精カフェの次元門の色って薄黄色でしょう。あれが赤い色だと思う」
「ヒイラギの持っている伝承が正しいのでしょうね。異界の中の話は、ドベルグ家にしか伝わっていません。わたくしからは、以上です」
アクアが扇子をたたんだ。
「それで、ヒイラギ、中はどうなっているの?」
「うーーん、ねっ。お父様に聞く?」
「そうすると、ドベルグ家が付いてきそう」
「でも、異界だと、おじ様との通信が切れると思う」
「お母さまに聞けばよろしいのでは?」
女が強い水の国の文化だとそうなる。ヒイラギのご両親は、ずっと一緒にいるからどうかな。
「おじさまに聞いてみるけど、災害の予見に使えるんだったら、ちょくちょく見に行ったほうがいいよ。ドヴェルグ家なら、許可が下りるんじゃないかな」
みんなサラの意見に賛成した。ウィンディも含めて、ドベルグ家に遊びに行くことになった。
明日の日曜日は、4月15日。旧暦の2月30日にあたる。天空園で、擬人化人誕生祭がある日だ。毎年やっている祭りだけど、4年に一度、盛大になる。その年は、3日続くそうだ。今年は、普通の年なので、明日だけ。私たちにとっては、ブティックデビューの日。紅蓮洞の火岩石と紅アゲハの話は、翌週に流れた。
最初、私たちのお店の名前を決めようと言う話があったけど、妖精カフェの大看板があるじゃないと言う話になり「ブティック・妖精カフェ」と、奇をてらわない名前にした。涼夏堂さんみたいに有名になるといいな。擬人化人誕生祭は、あゆの勧めで、涼夏堂さんの浴衣で行くつもり。でも、浮島って、高原のようなところだから、夜は寒い。その辺は、しっかり準備していくことになった。




