入学式の朝
間野服飾専門学校の入学式は都内のホテルで行われる。そこに、直行直帰が今日の予定だ。だから、今朝はゆっくりでよかったのに、トニーがその辺の時間を良く分かっていなくて、朝早くに起こされた。トニーもいろいろあったから仕方ないか。
「千里、入学式に遅れるよ」
「やばい」
その声を聴いてあたふたしたけど、まだ、8時過ぎだった。
「入学式は10時からよ。トニーは、朝ごはん食べた?」
「ラウンジでね。でも、コーヒーぐらい付き合うよ」
まいったなーと、それなりの恰好をして玄関を開けた。トニーは、ビシッとスーツを決めていた。
「ちょっと覗かないでよ」
「いや、4万円のアパートってどんなところかなと思って」
「ちゃんとしたマンション見つけたから、後で、教えるわよ。だからいいでしょ」
1年ぽっきりって言う契約ではあるが、本当に雲泥の差なのだ。
「幾らだい」
「月6万で、40平米。2DKよ。リチャードも来るんでしょ」
「すごいね。何とかなる。それでここは?」
「だから、女の子の部屋は、覗かないの」
そうかなと思っていたけど、トニーは、あゆのことを知らなかった。あゆは、私と同じ専門学校に通い、妖精カフェの精霊界側で修業をしている人。私にとって、とっても大事な親友なのだ。
「そうなんだ。じゃあ、あゆも迎えに行こう。ご両親に挨拶しないといけない」
「あゆも守ってくれるんでしょ」
「当然さ、だって千里と一緒にいるんだから」
本当だ、こう言う所って騎士らしい。アクアの言う通り、トニーは、騎士かもしれない。
あゆに電話すると、「うちで、朝食、食べなよ」と、言ってくれた。ラッキーな入学式の朝になった。
涼夏堂は開店前、裏木戸から、お邪魔した。最初に出たのがあゆのお母さんの美代さん。私が外人を連れて来たので、ビックリしちゃって、ご主人を呼びに行った。
「あゆー、なんで、美代さんに言ってくれなかったの」
「だって、トニーは、もう、朝ごはん食べたんでしょ」
「お邪魔します」
私の後ろから細長いのが、にゅっと現れた。栗色の髪で、英国人らしくスーツをビシッと決めている。
「えっと、ハワイユ?」
「あゆ、それ、カタカナになってる」
「だって、急に英語なんて話せないよ」
美代さんがご主人と、もどってきた。
「お父さん、風硝石、風硝石」
「だから、蔵を探さないと見つからないって。日本に来たんだ。相手が日本語で話せばいいんだ」
わーー、ご主人、強気って言うか江戸っ子。
「ぼく、日本語話せます」
「い、いらっしゃい」
「そうなの!」
日本人は、こういう時、慌てるのだ。
「トニー・マーティンです」
おっかなびっくりの平賀家の面々。あゆも含めて、みんな同じ感じて引いていたが、トニーが日本語を話せると聞いて、いきなり馴れ馴れしくなった。
「なーんだ」
「だから、このままでいいって言ったろ」
「トニーさん、上がって、挨拶は、それからでいいでしょ」
リビングで挨拶になった。トニーは英国で、由緒正しい魔法使いの家柄。平賀家も、日本で由緒正しい魔法使いの家柄。どちらも、相通じるものがあるみたいで、すぐ打ち解けた。落ち着いたところで、美代さんが私の朝食を準備してくれた。
「それで、トニー君は、どうして日本へ」
「千里の騎士をするためです。千里を守りながら魔法の修行をします」
「あゆも、トニーが守ってくれるんです」
「守るって、用心棒のことかい」
「お父さん、言い方が古い」
「私って、魔法が全然ダメじゃないですか。一人前になるまで、トニーが守ってくれます」
「騎士の務めを果たします」
「それは、それは、よろしくお願いします」
「親友のリチャードも千里の騎士に選ばれました。3ヶ月後に来ます。二人で、あゆと千里を守ります」
「あらあら、過保護ね。そんなこと言うのアンナさんでしょう」
美代さんが私の朝食を持って来てくれた。
「アンナに修行してもらいます。ぼくとリチャードは、精霊界に行けません。守れるのは、東京だけです。でも修行して、精霊界にも行きたいと思っています」
「いいこころがけだ。あゆ、東京に帰ったら、トニー君と千里さんを案内して差し上げなさい」
「そうする。その時、また、ウィンディたちを呼んでいい?」
頷くご主人。
「さきに、風舞の着付けよ。他のも一通りおさらいするからね。ごめんね二人とも、今日明日、あゆは、ここで着付けの修行をするの。明日は、日曜でしょう、ビシビシ行くから覚悟しなさい」
「うぇ~」
「私も、後学のために見学したいです」
「じゃあ、今日の午後そうする?妖精カフェは、大丈夫?」
「千里、ぼくのアパートは?」
「そうだった、明日の日曜日に、お邪魔します。日曜は、精霊界側が休みですから、忙しくないです。トニーは、さっき見たマンションでいいんでしょ」
「契約まで付き合ってほしい」
そんなわけで、どんどん予定が埋まっていく。そのたびに、火岩石が、私のお風呂が遠のく。
入学式。思った通り、トニーがみんなより頭一つ抜けて背が高い。女子がトニーのことをひそひそ話しているのを痛いほど感じる。私と話をするとき、ちょっと覆いかぶさるように話しかけてくるので、多分、私も違う意味で注目されていると思う。
ま、いっか
念願の服飾の勉強ができる。校長先生の話を聞きながら、胸をワクワクさせた。




