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妖精カフェ  作者: 星村直樹
息吹の蓑衣
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トニーの試練

 入学式前日


 今日は、あゆが一時帰京する日。ここのところ、いろいろあったので、あゆの修行ができていない。京爺が言うには、もう一週間かかると言っていた。あゆは、明日の入学式と入学初日の授業は出るのだけれど、実家の都合で、1週間。学校の休みとしては、5日間休むことになった。これを学校側に申請して、精霊界にまた、帰って修行をする。



 東京側に、あゆのお母さん、美代が来ていた。涼夏堂の主人、12代目、平賀伊右衛門は、「修行が終わるまで、帰ってこなくていい」と、言った。

 お母さんの美代は、そんなのお構いなしに、妖精カフェに来て、あゆを迎えた。そして実家ではしないでねと、あゆに断って、お父さんの胸中を吐露した。


 あゆのお父さんは、あゆが、「擬人化人誕生祭の巫女装束を担当するとは、我が平賀家の誇りだ」と、ご先祖様と酒を飲むと言って、毎日仏間で晩酌しているそうだ。あゆは、「お父さんらしい」と、言っていた。


「うちの人って、『あゆは、修行が終わるまで、帰ってこなくていい』って、言いながら、帰ってきたら、巫女装束の着付けをちゃんと教えたいって言ったり、火龍王様の産着の評判を聞くんだと、ニコニコしているのよ。言っていることが矛盾していることに気づいているのかしらね」


 あゆのお父さんのことをよく知っているマスターやアンナ。見送りに来たウィンディが、ニコニコ顔で対応した。


「美代さんが、ご主人に話を合わせてあげているのでしょう」

「ご主人、優しいから」


「ホムラの産着なんですけど、ナウシカさまが、素晴らしいって褒めていましたよ」

「そうそう」

 ウィンディ同様、私もそうだと、あゆを持ち上げる。


「本当!うちのに、晩酌を1本余分に付けてあげようかしら」

「お母さん、お父さんを甘やかせすぎ」


 みんなで笑った。


 翌日の7日土曜が入学式で、月曜が授業初日。あゆは、初授業に出た後4日休んだ後日。土日もあるので6日あるのかな、月曜までに、次元門を通れるように京爺に修行してもらう。後は、私のアルバイトのように、東京と精霊界を行ったり来たりする予定だ。


 あゆは、美代さんに、「向こうで足りないものなかった?」と、聞かれながら、親子で帰った。



 今晩は、美代さん以外に、東京のカフェに、もう一人お客さんが来る。トニー・マーティンは、マスターに生命の緑石を使いこなすところを見せて、私の正式な騎士として認めてもらう。その試練に、私も立ち会うことになった。風の魔法なので、アンナも、ウィンディも立ち会う。夕飯は、その後、大海家のリビングで、みんなで食べる予定。これにトニーが加わるかどうかは、魔法の出来次第と言うことになる。


 トニーは、流ちょうな日本語を話す。アンナが日本人だったのでアンナの謎を解くために必死で勉強した。


「こんばんわ」


「やあ、来たね。試練の審判は厳しくやるからね。落ちても、恨まないでくれよ」


 そう言いながらマスターは、握手して、トニーをカフェに迎え入れた。


「よろしくお願いします」


 ひゅーひゅー「そんなに緊張していたら、魔法を失敗するわよ」


「えっ」


「風の音が聞こえたのね。頑張って修行していたのよ、あなた」

「ウィンディが頑張ってって言っているのよ」


 トニーは、風の妖精の声が聞こえたことに気をよくした。ウィンディのおかげで、緊張がほぐれたようだった。トニーは、気を取り直して、アンナと私とも握手して、息をいっぱい吸い込んでカフェに入った。花冷えの時期、コートを私が預かり、アンナが、カフェの中央にトニーを導いた。



「宝石貨は、持ってきたかい?」


「風の妖精の宝石貨を持ってきました」


 それを見たマスターが、トニーに、風の魔法を教えたバスク魔法学校のクロウ校長と、それを支援したドリア先生が、とっておきの宝石貨をトニーにあげたんだと、こりゃ参ったねと、苦が笑いをした。


「こりゃすごいね。この宝石貨は、ナウシカ女王が即位したときの記念貨だよ。もったいないから取っておきなさい。代わりに、これを提供しよう。それとも、持参の宝石貨で、試練に臨みたいかい」


「いいえ、大海さんの宝石貨で試練を突破して、この宝石貨を我が家の宝にしたいです」


「よく言った。じゃあ、この紫のを使いなさい」

「はい、生命の緑石よ。がんばって」

 アンナがニコッとして、生命の緑石を渡した。アンナが優しい顔になっている。どうやら、マスターが、トニーに、気ごころをくわえてくれたらしい。


 小さなガラスの器に置かれた紫の宝石貨。これを見たウィンディが、私に指示して一緒に戸締りをした。どうやら、成功すると、この植物、光るらしい。カフェも薄暗く調整された。


 ひゅーひゅー「準備終わりました」

「頑張って」


 トニーは、祖父のダニエルから受け継いだクルミの木のタクトを取り出して、魔法詠唱を始めた。左手に持った生命の緑石から、右手のタクトに光が流れ出す。その光はまた、生命の緑石に戻って、その光の輪の流れを強くする。


「命集めし宝石よ。風に運ばれ、地を寝床に、ここで苗木とならん。天よりの火かり、流れくる水によって命を解き放たん。バイオコーラス、アウレア」


 トニーがタクトを振ると、生命の緑石とタクトを行き来していた光が、シャワーのように、紫の宝石貨に降り注いだ。


 ぴゅー「成功ね」

「もう分かるんだ」


 私たちは、オーラが見える。トニーの魔力の流れが美しい。


 紫の宝石貨は、小さなガラスの器いっぱいに根を張り巡らせ、どんどん成長する。固いつぼみが先の方に見えるようになり、やがて、つぼみが膨らんで開花した。


「あっ、分かった。リンドウね」


 紫の花は、鈴のような形に開花して頭を垂れた。ここは室内で、風などないのに、ふっとリンドウが、風に揺れ、光り出す。花がポーっと優しい紫色に光り出した。しかし、花の中には、力強い光を宿している。


「見事!」


「天空園のリンドウね」

 天空園は、この時期、このリンドウで埋め尽くされる。夜は、幻想的になるそうだ。


 ひゅひゅー「力強い光よ」

「綺麗」


「みんな、いいかい」


「合格よ」

 ひゅー「大成功ね」

「私もやりたいかも」


「千里君は、この範囲に収まるように魔法を発動できるよう修行だね。じゃないと、花が咲いても、周りが腐海になっちゃうよ」


「うっ」


 マスターが、トニーに振り返った。魔法が成功したのに、緊張して、じっと花を見ている。


「トニー君、今日から、君をうちのお客さんとして認めよう。生命の緑石を買うかい?」


「ありがとうございます。でも、買うのを待っていただけますか。あの300万は、自分のお金ですが。今回、そのお金は、この1年の日本の滞在費に使いたいです」


「偉いわ」

「いいだろう。この品物はキープしよう。いつでも買いにいらっしゃい」


「あなた」

「そうだったね。トニー君、ここで働かないかい。アンティーク家具の荷物運びが、欲しかったところなんだ。そろそろ、こっちの商売にも身を入れたくてね」


「本当ですか」


 ひゅーひゅー「私は歓迎よ。千里もいいでしょう」

「うんうん」


「ありがとうございます。でも、ぼくは、千里の学校に一緒に通おうと思っています。騎士としての務めを果たしたい」


「どうせ千里君も、学校が終わってから、ここでバイトだから、同じ動きをすればいいんじゃないかな」


「そう言うことでしたら、よろしくお願いします」


「えー、学校に来るの?目立たないようにしてね」


「任せてくれ」


 なんか心配


 風変りでも、普通なら、変な外人で済むはずなんだけど、トニーは、背も高いし、それなりにイケメンで、日本語もペラペラ。学校にいるだけで超目立つこと、間違いないわ。


 トニーは、東京に来たばかりで、今日はホテル。学校の方は、入学手続きを終えていて、入学式にも出席すると言う。この後アパートを探すわけだけど。う~ん、トニーから言わせたら当たり前なんだけど、私のアパートのそばに引っ越す気みたい。なんか先が思いやられる。


「日本のことは、良く分からないんだ。アパート探しを手伝ってくれるだろ」


「千里君、そうしてあげなさい」


「マスターが、そう言うなら」


 実際は、世話のかかる騎士様なのだ。アパート探しの時は、あゆも誘おう。


 アパートに帰って、ネットで不動産を調べてみると、結構1年契約のマンションがいっぱいある。値段も、正価の半額近く、運が良かったら、ちょっとした家具までついている。


 安いのに、私のアパートと、環境が雲泥の差だわ。京爺に泣きついて、精霊界側の部屋の環境をよくしよう。あゆやクリスさんも泊るんだから、お風呂ぐらい必要よ。


 ・・・でも、なんか大変なこと言ってたなー。


 火岩石という、魔力を送ると水をお湯にするアイテムがあるそうだ。天然温泉になるの間違いなしのアイテム。妖精カフェの雑貨店で買うと、1年分のバイト代が飛んじゃいそうな値段がする。だから、自分でトレジャーハンティングするしかない。なんだかとっても大変そう。でも、お風呂がほしい。せめてシャワー。最初はバスタブかな、ウィンディに頼も。勢いが縮んだところで寝てしまった。

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