マスターの実力
その間も、ものすごい火竜弾がダニエルを襲っている。それを見たウィンディが切れた。
「千里、ダニエルさんを助けに行くよ」
「でも!」
「まだ、私が、店長代理よ。みんな行くわよ」
「京爺ごめん」
そう言ってホムラ王子を京爺に抱かせた。京爺は、片目でアンナを見ながら、右手では、早く行きなさいと指示。「こりゃ、大人しくせんか」と、一緒に行きたがる王子を抱きしめた。
アンナが、私たちに気づいたのは、ずいぶん後だった。それぐらい二人は重症だった。
ジャッキーは、しょぼくれているホグナスをいたわっていたが、フィーリアに状況を聞いて、情報屋根性がふつふつと沸いた。
「フィーリア、みんなを録るわよ。大スクープね」
フィーリアの九つ目の目が開かれた。ジャッキーは、これらフィーリアが映す映像を光豆に録画。戦場を注視しだした。
「さっき、ウィリアムのバブルウォールを見ていましたわ。防御は、任せてください」
アクアが、防御に意欲を燃やした。
「みんな、ケガしないでね」
「千里は、パトーナムで、私たちを守るのよ。ここは、カフェじゃないから思いっきりやっても大丈夫」
過日、私は、パトーナムを練習していて、カフェを壊しそうになった。
「サラ?どうしたの」
「ぼく、もう我慢できない。ウィンディ、ぼくの声を拡声して。火トカゲに文句言いたい」
「分かったわ」
魔術教団側からしたら、可愛いのが、林からひょこひょこ歩いて出てきたように見えたので、誰も注視していなかった。その女の子が、信じられない声を発した。
「あーあー、火トカゲたち、聞こえる。こら、なんで、悪いやつに味方するの?許さないんだから。サラ・サラマンダーが命じる。精霊界に帰りなさい」
周りにいた人たちは、火山が大爆発してドッガーンと言っているように感じただろう。城にいた火トカゲたちは、ふわーーーんと、霧散して消えた。精霊界に帰ったのである。力を失った魔術師たちは、脱力感に我を失った。
「モバイ様、火トカゲたちがいなくなりました」
「なんだ、あの小娘は。死ね、『ライトニング』」
モバイ・カーが、巨大な雷を地にはわせた。これは、クロウ校長やダニエルを巻き込む大きさ。
「千里!やっちゃいなさい」
「パトーナム」
実は、カフェが壊れるといわれて詠唱呪文を覚えさせて貰えなかった。
クロウ校長たちの前に、一瞬モバイが作ったバリヤーより数倍大きな範囲の光の壁が立ち上がり、雷を霧散させた。
「私ってやっぱり下手だ。すぐ消滅しちゃうし、パトーナム、でかくない?」
「上手くなったんじゃないかな。練習していた時は、下手でよかったよ。カフェが壊れなくて済んだもん」
「そうじゃないわよ。適当な大きさにできないと、これからも使えないわよ」
ヒイラギと、ウィンディが感想を述べる。
戦況を見ているサラが叫んだ。
「敵が城壁にいるから、こっちが不利なんだよ」
そう、サラが言うから、ウィンディとヒイラギが競うように、城壁の敵を倒そうと魔法をかけた。
「分かったわ、風化の魔法で、城壁を砂にする」
「どんでん返しの魔法で、城壁をひっくり返した方が早いよ」
二人とも、同時に魔法をかけてしまった。一挙に崩れる城壁。敵は、なす術がない。
「あのう、皆さん。ウィリアムのように火炎弾が当たっても、バブルが割れないのですが、どうしましょう」
「まずいよ。城側にバブルを流してよ」
サラが慌てる。
「どこがウィリアムと違うのかしら。でも、もう、敵の攻撃は止みましたし、空中に留め置くこともないと思います」
「いいから、バブルを城に落として。じゃないと、被害が広がって、マスターに怒られる」
ウィンディまで慌てた。
「では、そうしましょう」
アクアのバブルは、はじけると、とんでもない衝撃波を生む強力な攻撃魔法だった。ドガドガ、ドカーーンと、爆弾のように城に降り注ぐ大量のバブル。それが、城を壊しても降り続き、がれきの上にドドドドドドっと、はじけて、城は、跡形もなくなった。
あーーーーーー、やっちゃった
アクア以外全員そう思った。
戦闘は一瞬で片付いた。あっけにとられる両陣営。
ただ、その中で、モバイ・カーだけは、憤っていた。モバイが持っているヘイズストーンが、黒いオーラを渦巻きだした。
「みんなどこかに飛んでしまえ。デメンション」
黒い空間がぽっかり開き、一番近くにいたクロウ校長やクリスを飲み込もうとする。
いつの間にかマスターが、私の横にいた。
「ウィンディ、抗風でクロウ校長たちを守ってくれ。千里は、パトーナムの範囲をイメージしなさい。ここにいるダニエルさんとみんなを守るんだ」
「マスター!」×5
「みんなよく頑張ったね。ぼくがアンナに謝るよ。アンナの説得は、任せなさい」
「はい、マスター」×2
そう言って、信じられないぐらい大きくなった黒い空間に飛び込んで行った。後ろで、「あなた。博史さん!」と、大声をあげているアンナの声が聞こえる。ウィンディと私は、魔法を詠唱した。
「抗風」
「パトーナム」
抗風で、クロウ校長たちは、暗黒空間に引きずり込まれなくなり、パトーナムで、ダニエルさんと傍に居る私たちは、光の壁に守られた。
博史は、今まで抑えていたオーラを全開にした。青金に近い青く暗いオーラが膨らむ。
「常夜、ルーバ」
そして、時限魔法を唱えた。オーラが手のひらに凝縮される。
「博史さんダメーーーー」
アンナの叫び通り、博史は、暗黒空間に引きずられて、飲み込まれる寸前だ。
「波っ!」
その暗黒空間の入り口に、次元の波が水滴を落としたように広がった。
「ハーーーーーー、狭」
その暗黒空間が瞬く間に狭くなっていく。博史は止めに「パオ」と言っていたが、その時、異空間に通じる暗黒空間は見えなくなっていた。
博史は、空間を閉じると同時に、ものすごい勢いで、モバイカーのところに行き、目の前に立ちふさがった。
「オオウミ!」
モバイは、虚勢を張っているが、その目は恐怖に歪んでいた。
博史はモバイを無言でにらみ、顔をぶん殴る。更に、馬乗りになり、何発か殴り、後は、平手打ちをしながら、「これは、先輩の分だ」「これは、ドラグニスさんのだ」と平手で、ほほをたたきだした。
京爺がこれを見て「上々」と言っていた。ぎゃう?と言って京爺を見るホムラを連れて、サラのところに歩き出した。京爺は、「アンナも来んかい」と、あっけにとられているアンナの背中を押した。




