大失敗
サラとアクアとヒイラギに手を振ってお別れした後、また、元のお店に戻って研修を再開することになった。朝やった接客を復習した後、メニューに入った。ここは喫茶店なので、メニューは大した量じゃない。でも、自分で作らないといけないから、大変。
ドリップ式コーヒーや紅茶は何とかこなしたのだが、問題は、エスプレッソだ。エスプレッソは、カプチーノやカフェラテの原型だ。ここから自分でいれる。スチームミルクはさすがに機械だが、なら、全部機械にしてほしかった。
「ごめんなさい。実は、簡単なものなら、機械で全部できるのよ。でも、たまにしか来ないくせに、みなさんうるさいのよ。そう言う人は、顔を覚えるほどしかいないけど常連様。後は機械でいいわよ」
結局全部覚えないと危険だ。特に、エスプレッソだけ注文するお客さんは、豆にうるさいそうだ。エスプレッソは、私にとって濃すぎるので、試飲するのが大変。豆なんて全部真っ黒で、同じように見える。結局、覚えるのに、時間が、かかるとわかった。
「いざとなったら私を呼んでね。でもね、絶対モーリスさんは、自分で淹れてみろっていうわよ。自分好みの味を覚えさせたいのよ。私の時もそうだったから、千里も鍛えられると思う」
これが、妖精カフェの試練かなって思った。だって、エスプレッソって、炭の飲み物よ。そりゃあミルクをたっぷりいれたカフェラテは美味しいけど。
「ごめん千里。奥のお客さんに呼ばれたわ。せっかく千里がお店にいるし、お店の空気を入れ替えてね」
それは、窓を開けろということだったが、私は、玄関も空けてしまった。閉店しているお店の玄関を開けるのは、よいことではないと、後で、思い知らされた。特に、ここは、普通ではないものを売っているのだからなおさらだ。
玄関を開けていると、スーツに高級そうな外套を着ている二人のイギリス紳士が、流ちょうな日本語で、アンティークを見たいと言ってきた。
「よかった。今日は、お休みなのでしょう。店が開くとは思っていませんでした」
「いえ、これは・・」
「私たちは、今日、帰国なのです。どうか、品物を見せてください」
「あ、あの!」
私が、断る間もなく。二人は、さっさと入って、アンティークを物色しだした。紳士たちは、重そうな磨石を見ながら、失望している。
「やっぱり、田舎には、これと言ったものがないね」
磨石とは、石を研いで、石器の強度を上げるものだ。日本では、1万年前から使われている。
田舎って、ここは東京よ。そう言うのは、英語で話して私に聞こえない様にしてよね
そう思って、強引な二人にあきれて腕組みした。
砥石を見て何が楽しいんだか。イギリス人の考えることはわからない
「おおっ、なんだこれ」
「魔石だろ。やったな」
「店員さん、この魔石はいくらですか」
「300万じゃないですかね、ちょっと聞いてきます」
冗談のつもりで吹っ掛けて、舌を出しながら奥に磨石の値段を聞きに走った。値段を聞いたイギリス紳士は、頭を抱えて悩んでいるようだった。ざまあみろだわ。東京のことを田舎なんて言うからよ。
「Oh NO」
「何とかするよ」
アンナに玄関を開けちゃったと、謝り、磨石の値段を聞いた。
「いいわ、私が対応してあげる」
「磨石って言っても、石器時代の日本の磨石を再現したレプリカだから、3万でいいぞ。珍しい物が売れたね」
マスターは、大喜びだ。
しかし、店に帰ってみると、高級そうな服を着た英国紳士はいなくなっていた。かわりに、喫茶店のカウンターの上に、300万の小切手が置いてあった。アンナは、これを見て、真っ青になった。
「この小切手って、多分本物よ。こっち側には、魔法雑貨を置いていないはずなのに」
「すいません、300万なんて皮肉を言ったのは、私です」
「でも大金よ。そんな冗談を真に受ける人はいないわ」
私たちは、慌てて、磨石コーナーに走ったが、違和感がある物はない。
「その人たちは、どんなものを買っていったの」
「えっと、平べったい小さな磨石でした。でも、透明がかった緑色で、それで、宝石と勘違いしたんじゃないですか」
「平べったい緑の透明がかった磨石?他には?何でもいいから思い出して」
「透明がかっていたせいでしょうか、石の中に泡のようなものが見えました。もしかして、魔法アイテムですか」
「分からない。でも、300万も置いて行くなんて普通じゃない。私は、マスターに、このことを報告するわ。千里は、玄関を閉めてちょうだい」
私は、初仕事の日に、とんでもない失敗をしたのかもしれない。なんだか、ドーーんと、気が重くなった。
カウンターの中で、落ち込んでいると、マスターに付いて来てくれた京爺が、肩をたたいて元気づけてくれた。
「ほれ、落ち込むな。何も知らんちゅうのは、たいへんじゃの。お前さんが売ったのは、生命の緑石じゃ。こっちの値段で、300万ちゅうのは、牛6頭分ぐらいじゃそうだな。その数なら一家を支えることができる。そりゃあ魔法雑貨と思って買ったに違いない。値段自体は、正当じゃぞ」
「私、東京に出てきたばかりで、何も知らなくて。もし、悪い魔法使いに売ってたら、どうしよう」
急に涙が出てきた。
「心配すな。悪い魔法使いなら、そもそも金など置いて行かん。だからって、魔術師じゃあ、あれを使いこなせん。それ以外なら、問題ないじゃろが」
京爺は、泣いた私を心配したけど、私は、泣いて、すっきりした。
「千里君。今日は、帰りなさい。ゆっくり休んで、明日も10時にいらっしゃい」
「私、まだここで働けるんですか?」
「当たり前じゃないか。こっちの店に、魔法雑貨を置いていたのは、ぼくの落ち度だ。君の性じゃない。でも、ちょっと勉強が必要かな。店を手伝いながら、勉強しなさい。明日は朝からは、精霊界の方に来てくれないか。先に魔法のことを説明するよ」
「ゆっくりお風呂に浸かって休むのよ」
アンナも、早退に同意してくれた。
「しょうがないの。わしが、明日いいもんやるから、絶対来るんじゃぞ」
京爺・・・
ものすごく頭を下げながら、お店を後にした。番台のおじさんに裸を見られるのも忘れて、銭湯の1番風呂に入り、その日は、なんだか疲れて、すぐ寝ることができた。この後、お店では、アンティークショップの棚卸を徹夜してやったそうだ。東京側には、もう、魔法雑貨がないことが分かり、みんな、ホッとしたと言っていた。




