教主モバイ・カー
ロンドンから、北東に北上すると、村が寄せ集まってできたような町がある。そこから更に東の畑しかないようなところを抜けて海に出た辺りに小さな古城がある。以前は、広大な土地を持っていた荘園主だったが、没落。それでも、この古城の主には、食べていけるだけのジャガイモ畑がある。それも、人に任せて、細々とやっていた。
モバイ・カーは、一族の当主になったが、家の財産は、魔法アイテムにつぎ込んで、ほとんど残っていない。今は、リザード魔術教団の上納金が、頼りだ。それも、そんなに大きな額ではない。
モバイは、薄暗い部屋で、紅茶を飲んでいた。彼の唯一の楽しみだ。彼は、暗い部屋を好む。それは医者に言われたせいもあるが、光に自分をさらすのが嫌だと思っているからだ。暗闇はいい、自分を隠してくれる。
まさか、黒鉛門を精霊界側で閉じられようとは・・・・
これでは、火龍王のタマゴを盗んだ意味がない。竜族同士が戦争になれば、必ず、自分たちの拠点にできる土地が生まれる。自分は、精霊界に行けないが、火とがげと契約した魔術師なら入り込める。そう思って、暗雲晶を大枚はたいて買った。狙い通り、黒鉛門を開く事ができたのに、いったい向こうで何が起こったのか。
何人も、魔術師を送り込んだのに、誰一人として帰ってこない。
「モバイ様、黒鉛門は、不吉な門になりました」
側近中の側近、ギーブル・ダハーカが、モバイ・カーの横に立って、進言する。
「分かっている。これでは、戦争が起きても意味がない。新たな次元門の捜索は、どうだ」
「火の国の次元門は、グリーンランドの黒鉛門しかありません。他属性の種族の情報を集めているところです。蛇に関わりがある一族は、土属性です。そこが、有力かと」
「わかった。この宝石貨をアイテム屋に出してくれ。当分の経費になるだろう」
「ありがとうございます」
黒鉛門に、教団の信徒が5人も飲み込まれた。教団は、秘密教団で、人数を絞りに絞っていたのが裏目に出た。全部で、22人しかいなかったのに、5人も失踪した状態になった。
今年卒業したバスク魔法学校の生徒の勧誘は、ドリアに邪魔された。
「ドリアの奴、薬学室で、薬草をこねているだけの能無しかと思っていたが、火トカゲを2匹も使役しているギーブルを追い返すとは、手ごわい。ふふへっ、私の敵ではないがな」
モバイは、独り言を言いながら紅茶を飲む。これはいつもの癖だ。学生のころ話し相手が極端に少なかったので、こうして独り言ばかり言っていた。
その少ない友達もほとんど殺した。そして、その友達の後輩、日本人の、何と言ったかな、奴の性で、貴重なアイテムが消耗してしまった。ヘイズストーンは、我が家の家宝だったが、今ではただの石になってしまった。
魔力が弱い者が、アイテムを使うと、そのアイテムに残留している魔力を全部使ってしまう。これをモバイが使えるようになるためには、長い時間、魔術師に預けておかなくてはいけない。
もう、過去の自分を知る者はいない。自分が通っていた精神科医まで殺してしまったが、問題ないだろう。子供のころから通っていて、一度も暴露されたことはないが、医者は、私のことを知りすぎた。モバイは、この薄暗がりの中で、また何かぶつぶつ言いだした。
この古城を見上げている若い女性がいた。
ジャッキーは、土属性の魔法使い。蜘蛛のフィーリアを使役している。アメリカの大物情報屋、ドナルド・ドリトルから依頼を受けてここにいる。ドリトルから話があったとき。知り合いの蛇使いの一族が、リザード魔術教団から、アプローチを受けていると話し、この仕事を手に入れた。ドリトルからは、この仕事のリスクを十分に話してもらった。それでも、自分を売り出すために、そのリスクを冒すと彼に断言した。
「フィーリア、ごめんね。危ない仕事をさせちゃって。絶対、火トカゲに見つからないでね」
ツツッ
ターゲットの一人、ギーブル・ダハーカが出て行った。一番危険な奴がいなくなった。
ジャッキーに促された蜘蛛のフィーリアは、ススっとジャッキーの肩から降りで、カー家の古城に向かった。
フィーリアは、この古城の結界が見える。空間連鎖の五次元膜だ。フィーリアは、8つの目だけではなく、真ん中に、大きな縦長の目を持っている。これが、五次元膜を見抜く目だ。入り口にあたる、表門から入るのなら、この結界は関係ない。そうでない場所から入ろうとすると、外に追い出される仕組みになっている。だが、五次元が見えるフィーリアには関係ない。難なく、この城に入り込んだ。
蜘蛛は元々大人しい生き物である。危険察知能力も優れている。石畳を這うように音もなく進める。その方が、歩くのが早い。しかし、ここの天井は高い。もし、火トカゲが、城を巡回していたら、床は目立つ。天井を進むことにした。
「ホグナス、ホグナスはいるか」
「ただいま旦那様」
下男のホグナスは、背骨を陥没骨折してから、とても丸まった姿勢をしている。自分の火トカゲを見て可愛がっていたが、旦那様に呼ばれた。
「ロイ、いつものように城の巡回を頼む」
ぴぴっ、ぴぴー
「お前がなにを言っているのかわかればな。警告音はいつもので頼むだ」
ピピッ
警告音は、とても高い音を発することになっている。
フィーリアは、その会話を聞いて、物陰に隠れた。今の会話から、ここにいるホグナスは、ターゲットであるこの城の主人の元に向かうのは明白だ。フィーリアは、下男のホグナスの後をすぐにでも追いたかった。ただ、今は危険だ。火トカゲがいる。
そんなことをしていたのに、すぐに、下男が向かった先が分かった。
ピシッ、ピシッと、馬用の鞭でホグナスをたたく音が聞こえる。
「呼んだらすぐに来いといつも言っているだろう。何をしていた」
「許してください旦那さま。ロイに、城の巡回を頼んだんです」
本当は、呼ばれたのを聞いていたが、その後、ロイを可愛がっていた時間が長かった。
「ばかものが、紅茶のお代わりをくれ。今度はすぐもってこい」
ホグナスは、モバイをイライラさせるが、紅茶だけは美味しい。
「もちろんです、旦那様」
そう言いながら、ここをすぐに動こうとしないホグナスに、モバイは、鞭を振り上げる仕草をした。ホグナスは、ビクッと、頭を守る姿勢をとりながら、慌てて、この部屋を出て行った。
「バカ者が、なぜ、我が家は、ああいうのしかいない」
また、モバイの独り言が始まった。ホグナスは、慌ててこの部屋を出て行ったため、扉が少し開いていた。フィーリアは、ここから、ススっと、この部屋に侵入した。そして、天井裏に抜ける穴を見つけてそこに隠れた。
「あの役立たずが。火龍王のタマゴも役に立たなくなった。いっそ食べてしまおうか。そうすれば、私の魔力が上がるかもしれない。いやいや、土の国の次元門が見つかるかもしれない。もう少し様子を見るか」
フィーリアにとって聞きづてならない独り言だ。もう少しこの場に居たい。そのためには、巡回している火トカゲが厄介だ。フィーリアは、蜘蛛の巣を警報装置のように天井裏に張り巡らせて、火トカゲを警戒することにした。